嵐が来る前に何を読もうか

2024年 私の読書

執筆者:谷口功一 2024年12月27日
カテゴリ: カルチャー
 

 1998年、当時のアメリカを代表する哲学者リチャード・ローティは次のような〈予言〉をした。労働組合や賃金・雇用などについて真面目に考えようとしない文化左翼たちは、労働者たちからの手痛い反撃を受けることになるだろうと。彼らは狡猾な弁護士や高給取りの債権セールスマン、そしてポストモダニズムを信奉する大学教授たちの支配を終わらせてくれるStrongmanに投票したいと思うようになるだろう。そのような人物が大統領になった暁には、彼はただちに国際的な超大富豪(⁉)と手を結び、有色人種や同性愛者たちが得た利益は帳消しになるだろうとも。その時、エラそうに指図してきた大卒者たちに対する低学歴者たちからの怒りが、あらゆる形で噴出することになるのだ[*1]。

 それから19年後、ドナルド・トランプが第45代合衆国大統領に就任した。トランプ就任直後には左派からも深刻な反省が現れ、著名な思想家マーク・リラなどは先述のローティと同様、個人や集団の「差異」ばかりを強調する文化左派的な「アイデンティティの政治」を脱し、我ら「市民」としての国民共通の基盤を探ることを説いたりもしたのだった[*2]。

 しかし、バイデン政権の時代を経て「反省」は忘却された結果、カマラ・ハリスが担ぎ出されるに至り、今年、再びトランプが第47代大統領として帰ってくることが決定したのだった。そんな歳の暮れから新年にかけて読むのをお薦めしたい本を紹介しておこう。

 以上のような近年におけるアメリカの状況を歴史的に理解するために是非とも読んでおくべき一冊として、トランプ大統領出現以前に書かれた森本あんりの『反知性主義』を改めて挙げておきたい。この本は建国以来、定期的にアメリカに発生する信仰回復=リバイバル運動の姿を豊かな筆致で描き出したものである。リバイバルを駆動する「反知性主義」は、大学などの本来あるべき埒を越えたところで政治的な力を振るおうとする知性(知識人)に対する強烈な反発として、米国史において幾度となく噴き出してきた。今般のトランプ当選もまた、その定期的な噴出サイクルの一環として理解出来るだろう。また他方で、本書の中で描き出される宗教的覚醒(Awakening)にまつわる狂騒は、文化左派的な社会的正義戦士(Social Justice Warrior)――別名、「目覚めた者(Woke)」たちが、ポリコレやキャンセルカルチャーの実践を通じて執拗に道徳的な理非曲直を求める姿を彷彿とさせるものとして読むことも可能かもしれない。

 このような反知性主義の最近の発動として、コロナ禍の下でのマイケル・サンデルによる能力主義=学歴主義批判の叫びを挙げることが出来るだろうが、この点、わが国ではどうなっているのだろうか[*3]。そのことを考える上で尾原宏之の『「反・東大」の思想史』は東京(帝国)大学への対抗者としての諸大学の来し方をそれぞれに纏綿と描き出す形で、日本における学歴社会のありようを活写する傑作である。東大に対する憧れと憎しみがないまぜになった中、一抹のほろ苦い滑稽味さえ感じさせる一冊だ。この本と中学受験をテーマとしたマンガ『二月の勝者-絶対合格の教室』(高瀬志帆作、小学館、全21巻)と読み合わせるなら、〈勝者〉たちの行く末(末路?)と地続きに日本学歴社会の立体像が鮮やかに像を結ぶかもしれない。ただ、一点だけ申し添えておくなら、本書でもそうであるように、日本は正確には博士号の取得を頂点とするという意味での「学歴」社会ではなく、どこの大学を出たかという「学校歴」社会に過ぎず、その点が欧米ほどの極度の社会的分断が未だ到来していない原因なのかもしれないが。

尾原宏之『「反・東大」の思想史』(新潮社)

 凄惨な戦争と深刻な社会的分断、そして少なからぬ国々の議会制民主主義の機能不全などにまみれた暗澹たる一年であったが、そのような先行きほの暗い国際社会の中、われわれは、どう生きてゆくべきなのだろうか。ヒントを与えてくれるかもしれない一冊として、最後に先崎彰容の『本居宣長―「もののあはれ」と「日本」の発見』をお薦めしておきたい。これは「恋」についての本である。宣長畢生の仕事に『源氏物語』の解釈があるが、彼は「光る君」のデタラメとも思える性的放縦(色ごのみ)を描いたこの物語の中にこそ「もののあはれ」があると言う。恋のように「はかなくしどけなくをろかなるもの」としての「人の情」をありのままに描き出す物語(なかんずく歌)は、理非曲直を言い立て他者を断罪するような心のありよう(からごころ)を却ける。「いつはり」の物語に描き出された「そらごと」の人間関係――光源氏をめぐる恋模様のなかにしみじみとした「あはれ」を見いだすことこそが「まごころ」へと繋がってゆくのだ。本書はそのような「肯定と共感の倫理学」を宣長自身の人生における「恋」をスリリングに推理するところから始め、見事な形で描き切った一冊である。

 分断のなか互いに誹り合い否定し合うことばかりが目につく昨今、年末に放送される大河ドラマ『光る君へ』の総集編(受信料を払っていればNHKプラスで観られます)でも改めて鑑賞しながら、「あはれ」を感じ「まごころ」に思いをいたす歳晩年始を過ごしてみては、いかがだろうか。

先崎彰容『「もののあはれ」と「日本」の発見』(新潮社)

 

1:リチャード・ローティ『アメリカ 未完のプロジェクト-20世紀アメリカにおける左翼思想』晃洋書房、2000年(Achieving Our Country, 1998)
2:マーク・リラ『リベラル再生宣言』早川書房、2018年(The Once and Future Liberal, 2017)
3:マイケル・サンデル『実力も運のうち-能力主義は正義か?』早川書房、2021年(The Tyranny of Merit, 2020)

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執筆者プロフィール
谷口功一(たにぐちこういち) 東京都立大学法学部教授。1973年生まれ。東京大学大学院法学政治学研究科博士課程単位取得退学。著書に『ショッピングモールの法哲学』(白水社)、『日本の夜の公共圏』(編著、白水社)、『逞しきリベラリストとその批判者たち』(共編、ナカニシヤ出版)、『日本の水商売 法哲学者、夜の街を歩く』(PHP研究所)、『立法者・性・文明:境界の法哲学』(白水社)、訳書にシェーン『〈起業〉という幻想』、ドレズナー『ゾンビ襲来』(以上、共訳、白水社)他。夜のまち研究会代表。
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