トランプの「グリーンランド併合」発言がもたらした揺らぎ(上):デンマーク国家が必要とするカップルセラピー
トランプ発言から6カ月
「グリーンランドの自治を尊重する」
「グリーンランド・フェロー諸島を含むデンマーク国家(Rigsfællesskabet)に対する友情や連帯を示す」
これらのフレーズは、2024年12月以降のドナルド・トランプ米大統領によるグリーンランド併合発言を受けて、内外の政治家や識者、活動家など多くの論者によって繰り返し言及されてきたものである(たとえば、Reuters 2025)。しかし、グリーンランドの自治や決定を尊重すべきだとする立場や、デンマーク国家への連帯や結束を支持する動きが多数確認される一方で、グリーンランド—デンマーク間の域内力学を、トランプ発言の文脈に紐づけて理解しようとする試みは、ほとんどなされてこなかった。グリーンランドやデンマークは、大国が触手を伸ばすときだけ、都合よく可視化されてきた。
私は、こうした現状において、グリーンランド史上もっとも注目を集めたといっていい2025年3月11日の自治議会選挙を目前に控えた頃、デンマークがグリーンランドとの関係において長年抱えてきた〈認知的不協和〉を主題とする文章を書いた(高橋2025a)。それは、2024年のクリスマスシーズンに再燃したトランプとその周辺の動静を、グリーンランドおよびデンマークの側から帰納的に描き出す試みでもあった。安全保障・資源開発・航路開拓といったトランプのグリーンランドに対する関心に注目が集まる一方で、両者の利害の視点が見過ごされていたことが、執筆の動機となった(この点については高橋2025bも参照)。
3月11日に実施された自治議会選挙の後も、速報的に同質のことを行なった(高橋2025c)。多くの論者が指摘していたように、議会選ではデンマークからの独立への道筋と進度が主題化した。しかし、選挙の帰趨を左右したのは、グリーンランドの主幹産業である水産業の構造改革をめぐる議論だった。高橋(2025a)と(2025c)とでは主語や焦点は異なるものの、トランプやアメリカの利害とは異なる、あるいは必ずしも重ならないグリーンランド—デンマーク当地の実態をつぶさに確かめようとする点で、一貫した問題意識に基づいていた。
本稿が対象とするのは、その後の展開である。私は、2024年12月の初動以降、2025年3月末に至るまでの推移をコペンハーゲンから観察し、さらに本稿の執筆時(2025年6月)にも同地に滞在する機会を得た。この滞在を活かしつつ、トランプ発言以降の時空の変遷を辿り、大国の、あるいはトランプ(陣営)の利害に覆い隠されがちな、デンマーク国家内部における節合と分節の動態を明らかにしたい。その上で、現在デンマーク国家で主題化する二つの論点を取り上げ、それらの展開可能性を素描することによって、国家のゆくえを展望する手がかりを得たい。
2024年12~2025年3月:揺らぐ
2024年12月の初動から2025年3月11日の自治議会選挙の前後にかけて、グリーンランドにとってデンマークは、その存在や影響力を出来るだけ排除しようとする対象だった。少なくとも手を取り合う関係にはなかった。グリーンランド自治政府首相(当時)のムテ・イーエゼは、2024年12月の会見で、強制避妊や強制移住など、過去にデンマークがグリーンランドの先住民に対してなしてきたことを「文化的ジェノサイド」と表現した。また、年始の挨拶に際しては、デンマークによる200年を超える植民地支配が、(1953年の憲法改正に伴い脱植民地化が果たされてもなお)今に至るまで継続しているという前提に立ち、そうした関係を断ち切る必要性を口にすることで、デンマークが抱える道義的な負い目に対して圧力をかける姿勢(moral blackmail)を示していた。
この限りではトランプ発言はグリーンランドにとって機会であると捉える見方も存在した。実際に、2025年1月末の世論調査では、グリーンランドの有権者497名の約半数が、同発言をリスクではなく機会と認識していたことが報告されている(高橋2025a)。こうした受け止めを背景に、グリーンランド側はアメリカとの関係深化に向けた協議を目的として、対話を促すための招待状をアメリカ側に送付するなど、可能な限り友好な関係を維持しながら、将来的な独立に向けた選択肢の幅を広げようとする姿勢を見せていた(KNR 2025a)。
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