日本軍通訳だった96歳の元ベトナム軍将校が語る日越秘史(下)
仏、米、中国と戦った祖国…老兵が願う「日越友好」

執筆者:吉村剛史 2025年8月13日
タグ: 歴史 日本
エリア: アジア
ハノイ・ベトナム軍事歴史博物館に展示されているベトミン軍兵士の「刺突爆雷」突撃像(筆者撮影)
現在、日本には多くのベトナムの若者らが技能実習生として暮らしている。外国人犯罪によるベトナムのイメージ悪化も懸念される中、かつて「次郎さん」と呼ばれた96歳の元ベトナム兵は「両国の若者に日越の歴史的絆を思い出してほしい」と語った。

激動の戦後を生き抜いた「次郎さん」との出会い

 最後に「歴史の闇に消える前に」との思いから、貴重な日越秘史を証言してくれた元ベトナム人民軍砲兵少佐、フィン・チュン・フォン氏(96)のことについても触れておこう。

 フィン氏との縁は筆者が新聞記者だった2008年夏に終戦関連記事でインタビューした小野田寛郎氏(1922~2014)の一言がきっかけだった。

 小野田氏は戦後29年間、終戦を信じずにフィリピン・ルバング島で「残置諜者」任務を継続した元陸軍少尉。インタビュー中に「同期の谷本君とベトナム独立」の話題が飛び出した。

「谷本君」とは、小野田氏と同じく諜報、遊撃戦術の教育機関・陸軍中野学校二俣分校の一期生で、鳥取県出身の谷本喜久男元少尉(1922〜2001)のことだった。「特攻教室」の教官を務めた猪狩和正元中尉と同様、戦後もベトナムにとどまり、クァンガイ陸軍中学で教官を務めた。

 谷本氏のベトナム戦記は拙著『アジア血風録』(MdN新書、2021)の中でまとめた。遺族から託された資料の中で、谷本氏が1996(平成8)年にクァンガイ陸軍中学創立50年式典に招かれ、当時の教官仲間と40年ぶりにベトナムを訪問し、通訳だった通称「次郎さん」ことフィン氏(日本軍警備隊には先輩通訳「太郎」氏もいた)との再会を果たしたこと、かつての4人の教官のうち唯一物故していた猪狩和正氏の代理で、次男の正男氏がこの式典に出席したことを知った。その後の正男氏との接触のなかで、フィン氏がいまもニャチャンで存命であることがわかったのだ。

 こうした縁で、筆者はコロナ禍が落ち着いた2022年5月に訪越し、ニャチャンでフィン氏に面会。高齢のため1日1時間の約束でインタビューを重ね、今年5月までの5回の訪越で計10時間以上取材し、今回の一連の証言を得た。

 日本軍特有のカミカゼ戦術がベトミン軍に直接伝授された「特攻教室」の存在は、現地でも知る人は限られており、日本ではまだ報じられたことがない。

採用時は給仕係、後に明号作戦にも参加

 フィン氏は1928年10月5日、ニャチャンの農家に生まれた。地元中学に2年まで在籍しフランス語を学んだが学資が続かず、1943年、ニャチャン市内のホテルに置かれていた日本軍警備隊の給仕係に採用された。日々の業務を通じて日本語を覚えていったが、給与はなく、寝食の保証が報酬だった。

 陸軍中野学校出身の情報将校だった谷本氏とは、ここで知り合った。明号作戦の準備期間中は「谷本氏が背広姿で三菱商事社員として情報収集活動を行ったのを覚えている」という。連れ立って南中部の高原都市バンメトートに出張し、資源買い付けなどを装ってフランス軍に関する情報収集を手伝ったこともある。

カテゴリ: カルチャー
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執筆者プロフィール
吉村剛史(よしむらたけし) ジャーナリスト、台湾・外交部フェロー(国立政治大学客員研究員)。元産経新聞台北支局長。日本大学法学部卒後、1990年、産経新聞社に入社。阪神支局を初任地に、大阪、東京両本社社会部で事件、行政、皇室などを担当。2006年~2007年、台湾大学に社費留学。2011年、東京本社外信部を経て同年6月から、2014年5月まで台北支局長。帰任後、日本大学大学院総合社会情報研究科博士前期課程を修了。修士(国際情報)。岡山支局長、中国四国(広島)総局長、編集委員などを経て2019年末に退職。以後、東海大学海洋学部非常勤講師や台湾電子メディアThe News Lens日本版編集長などを歴任。2025年1月から台湾・外交部フェロー(国立政治大学客員研究員)。主なテーマは在日外国人社会や中国、台湾問題など。著書に『アジア血風録 』(MdN新書、2021年)。共著に『命の重さ取材して―神戸・児童連続殺傷事件』(産経新聞ニュースサービス、1997)、『教育再興』(産経新聞出版、1999)、『ブランドはなぜ墜ちたか―雪印、そごう、三菱自動車事件の深層』(角川文庫、2002)、学術論文に「新聞報道から読み解く馬英九政権の対日、両岸政策-日台民間漁協取り決めを中心に」(2016)など。日本記者クラブ・外国特派員協会・日本ペンクラブ会員。ラジオ成田「台湾日本Radio Express」、動画番組「吉村剛史のアジア新聞録」「話し台湾・行き台湾」(Hyper J Channel)等でMCを担当。
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