トランプ式交渉術の限界を試す習近平、国内には「求心力」と「過信」の危ういバランス

執筆者:宮本雄二 2025年9月15日
エリア: アジア
80周年記念大会を中国国内の視点から眺めると、全く別の姿が見えてくる[天安門広場に到着した(中央左から右へ)ロシアのプーチン大統領、中国の習近平国家主席、北朝鮮の金正恩総書記=2025年9月3日、中国・北京。写真は9月4日に北朝鮮の朝鮮中央通信(KCNA)が公開](C)AFP=時事/KCNA VIA KNS
9月3日の抗日戦勝80周年パレードで、中露朝はトランプ式交渉術の綻びを誘っていたと言えるだろう。トランプ外交が地政学的考慮と価値観を放棄し、経済の利益主導で動くなら、この3国のリアリズム外交には歯が立たない。ただし、中国経済は依然として厳しい。記念式典は国内の求心力を高めるためにも重要だったが、党の政策には経済実態の「怖さ」から目を逸らさせる側面もあり、国民の過信が対日関係にも影響を及ぼす可能性がある。

 9月3日の戦争勝利80周年記念大会(正式名称は「中国人民抗日戦争及び世界反ファシズム戦争勝利80周年記念大会」)は、中国にとっても今年の最大の行事であった。天安門楼上に習近平主席とロシアのウラジーミル・プーチン大統領及び北朝鮮の金正恩朝鮮労働党総書記の3人が初めて一緒に並び軍事パレードを眺める姿は、やはりインパクトのある映像となった。ロシアとの緊密な関係や北朝鮮との関係改善を演出したし、これにイランのマスウード・ペゼシュキアン大統領も参加したとなると、反米、反西側陣営の形成か、と一瞬ざわめく。

 この演出は、米国の動きを念頭に置いたものであることは間違いない。中露朝ともに米国と緊張関係に あり、それぞれの理由から、この3国が接近していることを示せば、トランプ政権に対する交渉ポジションは強まる。逆にトランプ式不動産交渉術の限界が見えてくる。ロシアに対する圧力のためにインドには高関税を課し中国には課さず、しかもロシアに対し全面的に軍事協力を行う北朝鮮に話し合いのシグナルを送っていたのでは、この3国に足下を見透かされてしまうだけだ。この3国はあらゆる「利益」を厳しくバーターし合う徹底したリアリズム(現実主義)外交を貫いている。「経済」に特化したトランプ式外交では歯が立たない。米国外交にあった地政学的考慮と価値観を放棄した代償でもある。

中朝露の「緊密」演出にトランプはどう出るか

 中露朝は、米国と衝突することを避けながら三国関係を強化することに共通の利益を見出している。だが温度差はかなりある。それが、中露朝三国首脳会談の初めての開催ができなかった理由であろう。因みに中露とモンゴルは、この機会に7回目 の三国首脳会談を開いている。ロシアの本音は、露朝の軍事関係に可能な限り中国を巻き込みたいのだろうが、中国にその気は全くない。

 北朝鮮は、2022年に核実験をやろうとして中国との関係が悪化した後ロシアにすり寄り、24年には軍事同盟関係に入ったが、経済は完全に中国依存であり、中国との関係改善への動きは時間の問題であった。中国も、トランプ外交が北朝鮮に及ぶ前に北朝鮮と話し合える態勢をつくっておく必要はあった。中国にとってのボトムラインは、露朝の徹底的敗北は避けるというものだ。中国は米国との競争と対峙が長期間続くことを覚悟しており、対米関係上、この2国は、やはり役に立つカードなのだ。

 同時に中露朝3国に、トランプ式交渉術の限界を見定めたい気持ちもあったであろう。中国は、ドナルド・トランプ大統領と関税戦をやる気はなかったが、米国の圧力の前に膝を屈することは中国の誇りが許さない。そこで今回は十分準備して関税戦に付き合ったら、トランプ大統領は簡単に降りてきた。中国がレアアースの切り札を出したのであれば、米国は台湾カードという切り札で中国を揺さぶる手はあったのに、それを考慮した気配もない。この地域の平和のためには、これで良かったのだが、中国がトランプ式交渉術を試している気配は十分にある。今回の中露朝の緊密振りを示す賑やかな演出に対しトランプ大統領がどのように出てくるのか、しっかり観察しているはずである。

カテゴリ: 政治
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執筆者プロフィール
宮本雄二(みやもとゆうじ) 宮本アジア研究所代表、元駐中国特命全権大使。1946年福岡県生まれ。69年京都大学法学部卒業後、外務省入省。78年国際連合日本政府代表部一等書記官、81年在中華人民共和国日本国大使館一等書記官、83年欧亜局ソヴィエト連邦課首席事務官、85年国際連合局軍縮課長、87年大臣官房外務大臣秘書官。89 年情報調査局企画課長、90年アジア局中国課長、91年英国国際戦略問題研究所(IISS)研究員、92年外務省研修所副所長、94年在アトランタ日本国総領事館総領事。97年在中華人民共和国日本国大使館特命全権公使、2001年軍備管理・科学審議官(大使)、02年在ミャンマー連邦日本国大使館特命全権大使、04年特命全権大使(沖縄担当)、2006年在中華人民共和国日本国大使館特命全権大使。2010年退官。現在、宮本アジア研究所代表、日本アジア共同体文化協力機構(JACCCO)理事長、日中友好会館会長代行。著書に『これから、中国とどう付き合うか』『激変ミャンマーを読み解く』『習近平の中国』『強硬外交を反省する中国』『日中の失敗の本質 新時代の中国との付き合い方』『2035年の中国―習近平路線は生き残るか―』などがある。
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