饗宴外交の舞台裏 (174)

“親日家”シラク元仏大統領が久しぶりに味わった日本料理と森伊蔵

執筆者:西川恵 2012年11月12日
エリア: ヨーロッパ

 パリの中心部8区の高級ブティック街、フォブール・サントノレ通りの一角にある日本大使公邸の中庭に、元フランス大統領のジャック・シラク氏(79)を乗せた車が滑り込んだのは10月2日の昼である。女性秘書のバレリー・テラノバさんに手を添えられて車から降りた同氏は、小松一郎駐フランス大使に迎えられ公邸に入った。内々の昼食会への出席だった。

認知症が進み、パーキンソン病の噂も

 シラク氏が公的な場に姿を現わしたのは久しぶりである。昨年12月、軽犯罪裁判所から、パリ市長時代に架空雇用での資金流用にかかわったとして執行猶予付きの禁固2年の有罪判決を受けた。公判中は「認知症の症状が進んでいる」として出廷を求められず、判決言い渡しにも姿を見せず、弁護士を通じて「私は無罪だが、これ以上、争う余力がない」との声明を発表した。
 その後、「パーキンソン病を患っている」などと報じられたが、小松大使の「午餐を差し上げたい」との招待に応じた。訪日回数は50回を超える親日家。日本文化に造詣が深く、大相撲のファンで、日本料理も大好物。日本への懐かしさもあったのだろう。
 シラク大統領時代(1995年-2007年)の日仏関係は幾つか懸案はあったが、親密だった。大統領は国際会議の場などで度々、日本の立場を擁護し、日本はこのフランスの助力を得て欧州外交の幅を広げた。大統領は2000年に沖縄サミットで来日した際、大相撲の優勝力士を顕彰する「フランス共和国大統領杯」を創設し、これは「日仏友好杯」と名称を変えていまも続いている。
 昼食会を開いた理由について日本大使館の広報担当者は「日本をこよなく愛していただいた方ですから」と語る。小松大使は着任して1年になるが、両国関係に尽くしてくれた同氏を忘れず、改めて感謝の意を伝えたいという考えがあったのだろう。

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執筆者プロフィール
西川恵(にしかわめぐみ) 毎日新聞客員編集委員。日本交通文化協会常任理事。1947年長崎県生れ。テヘラン、パリ、ローマの各支局長、外信部長、専門編集委員を経て、2014年から客員編集委員。2009年、フランス国家功労勲章シュヴァリエ受章。著書に『皇室はなぜ世界で尊敬されるのか』(新潮新書)、『エリゼ宮の食卓』(新潮社、サントリー学芸賞)、『ワインと外交』(新潮新書)、『饗宴外交 ワインと料理で世界はまわる』(世界文化社)、『知られざる皇室外交』(角川書店)、『国際政治のゼロ年代』(毎日新聞社)、訳書に『超大国アメリカの文化力』(岩波書店、共訳)などがある。
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