国家に縛られず犯罪を裁く「普遍的管轄権」とは――マドリードを訪ねて

執筆者:国末憲人 2013年10月21日
エリア: ヨーロッパ 中南米
 今は一介の弁護士となったガルソン氏 (C)Fvmphoto for FIBGAR
今は一介の弁護士となったガルソン氏 (C)Fvmphoto for FIBGAR

 日本での犯罪は日本で裁かれるが、例えば米国での犯罪は米国で裁かれる。それぞれの国が国内の裁判管轄権を持つからで、国家主権と司法が密接に結びついている現代では、当たり前のように見える。

 しかし、ある国での犯罪が別の国で裁かれることも、ないわけではない。その条件や法理論は複雑だが、わかりやすい例が、ジェノサイドや、人道に対する罪の場合だ。

 これらの犯罪は国際秩序を脅かす性格を持ち、その影響は一国のうちにとどまらない。だから、犯罪者が処罰を免れてはいけないのだが、往々にして権力者自身や国家機関が手を染めており、その国の法制度で対応するには限界がある。だから、別の国家が、捜査や訴追に乗り出さなければならない――。このような考え方を、国家に縛られない管轄権であることから「普遍的管轄権」と呼ぶ。

カテゴリ: 政治 社会
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執筆者プロフィール
国末憲人 1963年岡山県生まれ。85年大阪大学卒業。87年パリ第2大学新聞研究所を中退し朝日新聞社に入社。パリ支局長、論説委員、GLOBE編集長を経て、現在は朝日新聞ヨーロッパ総局長。著書に『自爆テロリストの正体』『サルコジ』『ミシュラン 三つ星と世界戦略』(いずれも新潮社)、『ポピュリズムに蝕まれるフランス』『イラク戦争の深淵』『巨大「実験国家」EUは生き残れるのか?』(いずれも草思社)、『ユネスコ「無形文化遺産」』(平凡社)、『ポピュリズム化する世界』(プレジデント社)など多数。新著に『テロリストの誕生 イスラム過激派テロの虚像と実像』(草思社)がある。
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