松本清張や水上勉の推理小説には、戦後のどさくさの中、あえぐような貧困や忌まわしい過去から這い上がって生きるため、やむを得ず犯罪に手を染めていく人々が描かれた。やっと名声をつかみかけた時に、過去を知る人物が現れ、追い詰められた主人公は殺人を犯す。運命に弄ばれた主人公の境遇には、理由なき殺人が横行する現代と違って、どこか同情を誘うところがあったものだ。 現代ドイツの刑事ドラマには、日本の戦後のように時代に翻弄された犯人が、頻繁に登場する。たいていは、STASI(シュタージ)と呼ばれる旧東独の秘密警察に関係したものだ。たとえば、東西統一後に不断の努力をして成功し、人望をあつめ市長選に出馬した、旧東独出身者の前に、突然、脅迫者が現れる。市長候補はかつてSTASIに協力した過去があり、その秘密を知る脅迫者にゆすられ、口封じのために殺してしまう、というようなストーリーだ。

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