中東―危機の震源を読む (28)

千年河清を俟つごときイラクの現状と曙光

 二〇〇七年に入って以来、中東を観察することを生業にしている人間にとってはいわば「凪」の状態が続いている。「中東情勢異状なし」――と一行で終わらせてしまいたくなることもある。もちろんこれはレマルクの小説『西部戦線異状なし』をもじった表現である。そして、前線では陰惨な死の光景が現出されているにもかかわらず、個々の死の持つ政治的な意味が弱まり、殺戮の合間に不思議な休息の瞬間が訪れる、という点でもレマルクの小説とイラクの状況は似通ってきている。一回のテロで数十人の死者がでることが、政治的にはほとんど意味を持たなくなり、ニュースとしても平凡な扱いしかなされなくなって久しい。

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執筆者プロフィール
池内恵(いけうちさとし) 東京大学先端科学技術研究センター グローバルセキュリティ・宗教分野教授。1973年生まれ。東京大学大学院総合文化研究科地域文化研究専攻博士課程単位取得退学。日本貿易振興機構アジア経済研究所研究員、国際日本文化研究センター准教授を経て、2008年10月より東京大学先端科学技術研究センター准教授、2018年10月より現職。著書に『現代アラブの社会思想』(講談社現代新書、2002年大佛次郎論壇賞)、『イスラーム世界の論じ方』(中央公論新社、2009年サントリー学芸賞)、『イスラーム国の衝撃』(文春新書)、『【中東大混迷を解く】 サイクス=ピコ協定 百年の呪縛』 (新潮選書)、 本誌連載をまとめた『中東 危機の震源を読む』(同)などがある。個人ブログ「中東・イスラーム学の風姿花伝」(http://ikeuchisatoshi.com/)。
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