中国スパイの送還も検討する米当局の憂鬱

執筆者:春名幹男 2010年9月20日
タグ: CIA 中国
エリア: 北米 アジア

 中国国家安全局(MSS)のある元スパイが米政府に対して政治亡命を申請して以来6年。米政府は申請に否定的な構えを示しており、10月4日に行われる次の口頭尋問が注目されている。却下され、中国に送還されれば、長期刑か死刑の宣告は必至とみられ、米情報関係者の間で話題になっている。
 李鳳智氏。1990年代に中国の大学を卒業してすぐにMSSに入局。2003年にはMSSから、博士号取得を目的に米デンバー大学に派遣され、留学した。しかし、留学してから中国共産党批判を始めたことから、中国に一時帰国した際にMSS当局から厳しい尋問を受けた。このため、デンバーに戻った後に、亡命申請を出した。
 その時点から、米政府・情報機関側との行き違いが始まった。彼は当初、自分がMSS要員であることを明かさなかったこともあり、申請は即却下された。2006年、申請を再提出、この時は自分の実像を明らかにして、米連邦捜査局(FBI)、米中央情報局(CIA)にも情報機関員としてのデブリーフィング(現状報告)を行ったという。
 昨年3月、李氏とインタビューした保守系紙ワシントン・タイムズは、李氏からの情報提供は重要だと強調した。
 しかし、米情報機関の中には、李氏は現実以上に自分のことを高く売りつけようとする、と李氏の価値に疑問を抱く向きもあり、申請は認められない状況、とも言われる。
 実は、この種の法的争いは、元ソ連国家保安委員会(KGB)スパイと米当局との間でしばしば起きている。しかし、中国人スパイの亡命申請をめぐる紛糾は珍しい。それだけ中国スパイからの申請が少ないわけだ。寛大に亡命を認めたら、中国スパイが米側に寝返る例が続出するのに、と批判する情報関係者は少なくない。
 

カテゴリ: 軍事・防衛
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執筆者プロフィール
春名幹男(はるなみきお) 1946年京都市生れ。国際アナリスト、NPO法人インテリジェンス研究所理事。大阪外国語大学(現大阪大学)ドイツ語学科卒。共同通信社に入社し、大阪社会部、本社外信部、ニューヨーク支局、ワシントン支局を経て93年ワシントン支局長。2004年特別編集委員。07年退社。名古屋大学大学院教授、早稲田大学客員教授を歴任。95年ボーン・上田記念国際記者賞、04年日本記者クラブ賞受賞。著書に『核地政学入門』(日刊工業新聞社)、『ヒバクシャ・イン・USA』(岩波新書)、『スクリュー音が消えた』(新潮社)、『秘密のファイル』(新潮文庫)、『米中冷戦と日本』(PHP)、『仮面の日米同盟』(文春新書)などがある。
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