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馳 星周『蒼き山嶺』 
評者:香山二三郎(コラムニスト)

2018年2月18日
カテゴリ:
エリア: 北米 日本

公安刑事が雪の白馬岳へ逃亡
この冬に必読の山岳冒険小説

馳星周『蒼(あお)き山嶺(さんれい)』 光文社/1620円
はせ・せいしゅう 1965年北海道生まれ。横浜市立大卒。編集者などを経て、96年、新宿歌舞伎町を舞台にした『不夜城』でデビュー。近著に『神の涙』などがある。

 馳星周から登山を始めたと聞いたのは6、7年前のことだったろうか。サッカー以外、スポーツには興味がないと思っていた作家がストイックで過酷な登山に挑むとはどんな心境の変化かと興味深かったが、その後着実に経験値を増やし、自らの小説世界にも反映させ始めた。
 “山と神”をテーマに描いた長篇『神奈備(かむなび)』はその最初の成果であったが、本書では初めて本格的な山岳冒険ミステリーに挑んだ。舞台は北アルプス、残雪期の後立山(うしろたてやま)連峰だ。
 得丸志郎は元長野県警山岳遭難救助隊員。交番勤務を嫌って退職し、今は白馬村観光課の顧問として登山者が遭難しないよう監視に当たっている。彼はいつものように白馬鑓(はくばやり)温泉小屋近辺の様子を確認して下山途中、技術も体力もなさそうな単独登山者を発見するが、それは大学山岳部の同期、池谷博史だった。
 警視庁公安部に勤める池谷は暇な部署に異動したから鈍(なま)った体に活を入れにきたといい、得丸に白馬岳(しろうまだけ)までのガイドを乞う。途中で女性登山者の三枝ゆかりとの出会いもあって思いも寄らぬガイド行となったが、翌日、麓の遭難対策協議会と連絡を取った得丸は、東京の公安が来て、新潟、富山方面に向かっている者を捜しているのを知る。それを察した池谷は彼に拳銃を向け、自分を日本海まで連れていくよう命じる……。
 久しぶりに旧交を温めるはずのガイド行が一転して人質拉致事件へと転じる。池谷はだが、何を仕出かし何のために日本海へ向かうのかについては口を閉ざす。山岳ミステリーとしてはシンプルな展開といえようが、著者はそこに山岳部時代の回想も交えていく。得丸たちはのちに8000メートル級14座の無酸素登頂を目指し、ヒマラヤで遭難死した天才登山家・若林純一と同期だった。ふたりは持ち前の体力と根性で若林ともども三羽烏と呼ばれたが、内心では天才若林に追いつけない挫折感に捕われていた。得丸はそれでも登山をやめられない「山屋(やまや)」の気質そのままに生きてきた。
 得丸と池谷の再会は偶然にしては都合良すぎるようにも思われるが、本書はそんな登山者の熱狂的にして孤高の生きざまを描き出した宿命劇の様相も呈していくのである。
 むろん後半は池谷を狩る者も登場し、山岳冒険小説としても迫力充分の活劇シーンが繰り広げられる。これまでノワール小説の旗手として活躍してきた著者だが、そのスタイルともリンクした新たな作風の開拓に成功した。この冬必読の1冊だ。

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