引き裂かれた時を越えて――「二・二六事件」に殉じた兄よ

【特別連載】引き裂かれた時を越えて――「二・二六事件」に殉じた兄よ(4)青森・相馬町の浜から

執筆者:寺島英弥 2019年10月12日
タグ: 自衛隊
エリア: 日本
ありし日の対馬勝雄中尉(波多江さん提供)

 本州最果ての海、陸奥湾には冬と春の境の鉛色の雲が垂れ込めていた。

 今年4月上旬、JR青森駅から東に2キロ余りの堤川を越えた海べりを歩いた。青森市港町地区。魚介の缶詰、焼き竹輪などの水産加工場、問屋、造船所、町工場、倉庫が並び、住宅街と同居する一角だ。古い町名を相馬町という。海岸は青森漁港のコンクリートの岸壁で埋められ、東端は地元の海水浴場、合浦公園の長い砂浜と緑の松林に続く。啄木の歌碑も立つ、この景色だけは昔から変わらない。

 相馬町の面影を探し歩くうち、殺風景な道路沿いに残る大きな石碑と、古い観音堂を見つけた。石碑は1921(大正10)年12月、開町30周年を記念して建立されたとあり、碑文にこんな記録が刻まれる(原文は漢字)。

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執筆者プロフィール
寺島英弥 ローカルジャーナリスト、尚絅学院大客員教授。1957年福島県相馬市生れ。早稲田大学法学部卒。『河北新報』で「こころの伏流水 北の祈り」(新聞協会賞)、「オリザの環」(同)などの連載に携わり、東日本大震災、福島第1原発事故を取材。フルブライト奨学生として米デューク大に留学。主著に『シビック・ジャーナリズムの挑戦 コミュニティとつながる米国の地方紙』(日本評論社)、『海よ里よ、いつの日に還る』(明石書店)『東日本大震災 何も終わらない福島の5年 飯舘・南相馬から』『福島第1原発事故7年 避難指示解除後を生きる』(同)。3.11以降、被災地で「人間」の記録を綴ったブログ「余震の中で新聞を作る」を書き続けた。ホームページ「人と人をつなぐラボ」http://terashimahideya.com/
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