「テレワーク小国」から急脱皮:ドイツ企業と働く人が見つけた「大きな可能性」

執筆者:熊谷徹 2021年4月18日
エリア: ヨーロッパ
シーメンスは「コロナ後」も、全世界の社員の約半数が週に2~3回はテレワークを行なえる制度を導入する(ロラント・ブッシュCEO)  ©︎AFP=時事
シーメンスCEOのロラント・ブッシュは「テレワークは企業にとって良くないという偏見は雲散霧消した」と語る。コロナ禍への緊急対応から新たな成長戦略へ――かつてスウェーデンやイギリスに大きく水を空けられていた「テレワーク小国」ドイツの議論は、新たな段階に入っている。

 

一時はドイツ企業の7割がテレワーク実施

 去年春のコロナ・パンデミック第1波の際に、ドイツの企業は日本企業よりも積極的にテレワークを実施した。

 フラウンホーファー労働経済組織研究所(IAO)とドイツ人事労務協会(DGFP)は、去年5月5日から22日までに、500社の企業を対象としてテレワークに関するアンケートを行った。その調査結果によると、「社員にテレワークを行わせている」と答えた企業の比率は、コロナ禍勃発前には32%だった。だがコロナ禍が始まって以降は、回答企業の70%が「全ての社員もしくは大半を自宅で働かせた」と答えた。

 また、ドイツIT通信ニューメディア産業連合会(BITKOM)が去年10月~11月に1503人の就業者を対象として行った調査によると、回答者の62%が「毎日もしくは1週間に数日、テレワークを許されている」と答えた。しかも回答者の4人に1人は「毎日テレワークを行っている」と述べた他、20%が「時々テレワークを行っている」と答えている。

 つまり去年秋の時点でも、回答者の半分近くがテレワークを行っていた。BITKOMは、「この数字をドイツの就業者全体にあてはめると、約1050万人の労働者が毎日自宅で働き、830万人が時々テレワークを行っていることになる」と述べている。

 また「去年3月のロックダウンの際には、私の会社ではテレワークが義務付けられた」もしくは「テレワークを行うことを許された」と答えた回答者の比率は65%で、「テレワークは実施されなかった」と答えた回答者(32%)に大きく水を開けた。

 これに対し内閣府が去年6月に発表した日本の就業者に対する意識調査の結果によると、「去年春のパンデミック第1波の際には、勤務時間の半分以上がテレワークだった」と答えた人の比率は21.5%に留まっていた。東京商工リサーチが今年3月18日に発表した調査結果でも、テレワークを実施していると答えた企業は38.5%だった。43.8%の企業が「コロナ禍発生以降、一度もやっていない」と答え、17.7%が「コロナ禍発生以降実施したが、今ではやめている」と答えた。

コロナ前からリモート勤務の基盤が整備されていた

 去年の日独のテレワーク普及度に差が出た理由は、ドイツの1日あたりの新規感染者数や死者数が日本よりも多かったことだけではない。

 ドイツでは2010年以降、好景気と高技能を持つ人材不足が続いたため、労働時間の柔軟化の傾向が強まっていた。このためコロナ前から金融サービス企業やIT企業を中心に、社員にテレワークを許可する労使間合意が導入されていた。

 また大手企業では、テレワークを可能にするためのITインフラの整備も始まっていた。一部の会社では、コロナ前から業務関係書類を100%電子ファイルに収めることが義務化されていた他、デジタル署名や電子押印も普通に行われていた。

 しかし2019年末まではドイツでも日本と同様に「仕事はオフィスでするもの」と考える経営者が多く、実際にテレワークを行う社員の数は少なかった。

 ドイツ経済研究所(DIW)が2016年2月に発表した報告書によると、2014年の時点で通常もしくは時々テレワークを行っていた社員の比率は、ドイツではわずか7%で、スウェーデン(26%)や英国(20%)に大きく水を開けられていた。

 特に管理職へのスピード昇進を狙う「やり手の社員」の間では、在宅勤務はほとんど行われていなかった。ドイツ企業でも、上司から抜擢されるには、オフィスでの仕事ぶりを上司に見せることが重要だった。ドイツもかつては日本と同じテレワーク小国だったのだ。

 だが去年春のコロナ禍は状況を一変させ、製造業を除く多くの企業が大半の社員に在宅勤務を命じた。ドイツの管理職社員が絶対に守らなければならない義務の一つに「保護義務」という概念がある。管理職は、社員の健康と安全を最優先にすることを義務付けられている。新型コロナウイルスについての知識が乏しく、ワクチンもなかった当時、ドイツ企業の経営者たちは社員を守ることを最も重視した。コロナ前から労使間の合意があったことやデジタル化が始まっていたことが、テレワーク体制へのスムーズな移行を可能にした。

テレワークでも収益性・生産性の維持に成功

 だがパンデミックは、雇用者にも被雇用者にも新しい視点を開き、この国の働き方を大きく変えることになった。まずドイツ企業の多くの経営者たちは、「コロナ禍のために、テレワークが秘める大きな可能性を発見した」と語っている。

 製造業を除く業種の企業経営者は、社員の大半が自宅から働いても業務がスムーズに進み、売上高や収益性、生産性が減らないことを学んだ。ZoomやTeamsなどリモート会議のためのアプリケーションは、自宅から外国の顧客と商談を行うことを可能にした。また多くの経営者は、テレワーク拡大がオフィスの賃借費用、光熱費、出張費などの経費削減につながる可能性に気づいた。

 たとえばドイッチェ・バンク(ドイツ銀行)のカール・フォン・ローア副頭取は去年7月に日刊紙とのインタビューの中で「コロナ危機によって、テレワークは非常に良く機能することがわかった。特に大都市での長い通勤時間がなくなるので、社員たちの生産性はコロナ前よりも改善した。我々は現在、不動産にかかる費用の内どの部分を節約できるかを検討している」と述べている。

 またドイツの公的貯蓄公庫「シュパーカッセン・フィナンツ・グルッペ」の有価証券運用部門Deka-Bank(デカ銀行)は、将来社員の約30%にテレワークを行わせるという方針を打ち出した。このため同行は、2022年からフランクフルト・アム・マインの新しい本社ビルで賃借するオフィスの面積を、コロナ前に持っていた計画よりも25%減らした。

 ドイツの大手保険会社アリアンツでは、去年春のコロナ・パンデミック第1波の際に、社員の90%が在宅勤務を行い、去年7月の時点でも75%がテレワークを行っていた。同社は「現在のオフィス面積の3分の1が不要になるかもしれない」という見解を明らかにしている。

 一方、社員からもテレワークは歓迎された。その理由は通勤時間がゼロになったことや、自分が好きな時間に仕事を始め、終えることができること、国内外の出張がなくなり家族と過ごす時間が増えたことである。

 DAK(ドイツ一般健康保険)が去年7月に公表したアンケート調査結果によると、去年春のコロナ・パンデミック第1波で初めて長期間のテレワークを経験した社員の約77%が、「将来も、少なくとも部分的にテレワークを続けたい」と答えた。

 DAKによると、回答者の66%が、「テレワークの最大の利点は家庭と職業のバランスが改善されたことだ」と答えた。テレワークの場合、自宅で働くために家族との対話が増え、コミュニケーションは自然と密になる。会社向けの仕事の合間に休憩時間をとって、浴室の掃除をしたり、台所のゴミを捨てたりすることもできる。オフィスで働く場合には、そうした家事を行うことは不可能だ。妻が夫に対して「あなたは会社の仕事ばかりやっていて、家庭を顧みない人ね」と愚痴をこぼすことも少なくなる。つまりテレワークは、家族とともに過ごす時間を長くすることによって、ワークライフバランスを改善する効果を持っていたのだ。

 ドイツのニュース週刊誌『シュピーゲル』が去年9月に公表したアンケート調査結果は、テレワーク経験後のドイツの働き手の心境の変化を浮き彫りにしている。「去年春のロックダウン中に、良いと思った点は何でしたか」という問いに対して、回答者の47.1%が「日常生活のスピードがゆっくりになったこと」と答え、31.2%が「人生で大切なことに集中することができた」と回答している。また22.1%が「家族と一緒の時間が増えたこと」と述べている。

 つまりテレワークは、この国で働く多くの人々のワークライフバランスを改善したのだ。

労使双方がテレワークを歓迎

 コロナ禍によるテレワークは、経営者・労働者双方にとって利益となる「ウィン・ウィン」の状況を生み出した。このため多くの企業が、コロナ後もテレワークを通常の勤務形態の一部として定着させる方針を打ち出している。

 ミュンヘンに本社を持つ総合電機・電子メーカーのシーメンスは、去年7月に「コロナ・パンデミックが終わった後も、全世界の社員の約半数が、週に2~3回はテレワークを行なえる制度を導入する」と発表した。ドイツの大手企業の中で、テレワークを勤務形態の一部にすることを公表したのは、シーメンスが最初だ。

 テレワークを行うかどうかは社員の判断に任され、強制はしない。同社はこのプロジェクトを「ニュー・ノーマル・ワーキング・モデル」と名付け、43カ国で働く約29万人の社員の内、48%に相当する約14万人の社員に適用する。同社では去年春のロックダウンの後に、社員に対してアンケート調査を行ったところ、回答者の60%が「将来も部分的なテレワークを希望する」と答えた。ただしこの制度は、工場など製造現場で働く社員には適用されない。

 同社のロラント・ブッシュCEO(去年7月当時は最高業務責任者=COO)は、「コナ危機はデジタル化を加速した。ロックダウンの期間中、我が社ではテレワークが非常にうまく機能した。社員たちは効率的に働き、生産性は高かった。テレワークは企業にとって良くないという偏見は雲散霧消した」と語る。

 去年7月の時点で、シーメンスでは毎日世界中で約80万件のリモート会議が行われていた。ブッシュ氏は、「我が社は、テレワーク社員の増加を考慮に入れた企業組織の改編も検討している。管理職による社員の業績の査定や指導の仕方も、従来のようなオフィスワークを前提にした物ではなく、テレワーク時代に適した物に変更する。その際に評価の基準となるのは、仕事の成果だ。シーメンスは働き方に関する発想の転換を進めていく」と語り、テレワークを導入する企業では、成果主義そして社員の自己責任や自律性が一段と重要になるという見解を強調した。

 ミュンヘンのIfo経済研究所のカトリン・デンメルフーバー研究員らは、ドイツ企業1188社の経営者を対象に行ったアンケート調査の結果を基に、去年11月にテレワークに関する研究報告書を発表した。この報告書によると、「社員がテレワークを行っていた、もしくは現在も行っている」と答えた企業の比率は、コロナ禍発生前には51%だったが、発生後は25ポイント増えて76%となった。またアンケートに参加した経営者の67%は、「長期的にはコロナ前に比べてテレワークを拡充したい」と答えている。Ifo経済研究所の研究員たちは、「今後ドイツ経済では、テレワークを拡大しようとする絶え間ない圧力が働くだろう」と予想している。「オフィスだけで働くのが当たり前」という発想は、ドイツでは過去の遺物になろうとしている。

テレワーク法制化へ向けた議論が活発化

 ドイツ政府は、日本政府よりも積極的にテレワークを普及をさせようとしている。コロナ・パンデミック第2波の被害が深刻化していた今年1月22日に、メルケル政権は「テレワーク政令」を発布し、企業経営者に対して、業務上の制約がない限り社員に在宅勤務を許可するよう義務付けた。

 この政令によると、技術的な制約や業務上の理由がない限り、企業経営者は社員に対して「あなたが希望するならば、テレワークを行ってもよい」と通告しなくてはならない。ただし社員がテレワークを行うかどうかは任意であり、強制はされない。

 勿論この政令は、技術的にテレワークが不可能な業種には適用されない。たとえば工場で自動車を組み立てる労働者や、小包を届ける配送業者、毎日パンを焼く製パン職人、スーパーマーケットで食料品を売る店員などは、自宅では働けない。こうした業種については、経営者はテレワークの許可を強制されない。

 だがPCなどによる事務作業が中心で、自宅からの勤務が可能な企業なのに、経営者が社員にオフィスに来るように求める場合、経営者はテレワークを許可しない理由を社員に提示しなくてはならない。

 社員は会社側の説明について納得できない場合、組合に相談したり、事業所監督局や社会保険の運営機関に通報したりすることができる。事業所監督局が調査し、「経営者は特段の事情がないのに、社員にテレワークを許可しなかった」という結論に達し、悪質なケースと判断した場合、最高3万ユーロ(390万円/1ユーロ=130円換算)の罰金を科すことができる。テレワークが不可能な業種の企業経営者は、労働者が「密」にならない職場環境を整え、自主検査キットを配ることを義務付けられる。

 さらに緑の党社会民主党(SPD)は、「労働者がテレワークを実施する権利またはテレワーク導入について経営者と協議する権利を、法律に明記するべきだ」と主張している。緑の党は今年9月の連邦議会選挙で得票率を大幅に伸ばし、政権入りする可能性が強いと見られている。したがって来年以降、テレワーク法制化についての議論がさらに活発になることは確実だ。

 ただしドイツ企業が将来100%テレワークに移行してオフィスを全廃する可能性は低い。むしろ労働者が週に数日間オフィスで働き、残りはテレワークを行うハイブリッド(混合)型勤務が普及すると見られている。労働者はその日の仕事の内容に応じて、オフィスで働くか自宅で作業するかを自分で決めることができる。

 日本の外では、IT業界や金融サービス業界を中心として、高技能を持つ優秀な人材の獲得競争が起きている。その際に企業がテレワークを認めることは人材確保の上で必須の条件になる。日本企業にとっても高スキルを持つ人材を確保するためには、将来デジタル化を進めてテレワーク環境を整備することが極めて重要になるに違いない。経営者が社員のワークライフバランスを無視していたら、優秀な人材を集めることは難しい。その意味で、ドイツで起きているテレワーク革命は、日本企業にとっても決して他人事ではない。

カテゴリ: 経済・ビジネス
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執筆者プロフィール
熊谷徹 1959(昭和34)年東京都生まれ。ドイツ在住ジャーナリスト。早稲田大学政経学部卒業後、NHKに入局。ワシントン特派員を経て1990年、フリーに。以来ドイツから欧州の政治、経済、安全保障問題を中心に取材を行う。『イスラエルがすごい マネーを呼ぶイノベーション大国』(新潮新書)、『ドイツ人はなぜ年290万円でも生活が「豊か」なのか』(青春出版社)など著書多数。近著に『欧州分裂クライシス ポピュリズム革命はどこへ向かうか 』(NHK出版新書)、『パンデミックが露わにした「国のかたち」 欧州コロナ150日間の攻防』 (NHK出版新書)、『ドイツ人はなぜ、毎日出社しなくても世界一成果を出せるのか 』(SB新書)がある。
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