習近平は「党中央の核心」から「全党の核心」へ:「歴史決議」に仕込まれた権力集中への布石

執筆者:宮本雄二 2021年11月26日
タグ: 中国 習近平
エリア: アジア
歴史決議の採択を中国メディアは異例の扱いで大きく報じた ⓒAFP=時事
6中全会で採択された新たな歴史決議は、確かに「習近平の、習近平による、習近平のための歴史決議」といえるものだった。新たに加えられた「全党の核心」という位置付けは、ポスト復活が注目を集める「中央委員会主席」に近いニュアンス持っている。ただし、そこから一足飛びに「毛沢東の再来」を喧伝するのは間違っている。

 中国共産党の重要な会議である6中全会(第19期中央委員会第6回全体会議)が11月11日に終わった。この会議、とりわけそこで採択された歴史決議(「党の百年奮闘の重要な成果と歴史的経験に関する中共中央決議」)は、中国のこれからにどのような意味を持つのだろうか。「習近平の中国」の今後のガバナンスに焦点を当てて、考察してみたい。

波瀾を避ける道は「死ぬまで影響力を及ぼす」こと

 習近平は、2007年の第17回党大会において、平の中央委員から政治局を飛び越して党の最高指導部である政治局常務委員会入りを果たした。しかも翌年、国家副主席に就任し、次の総書記就任をほぼ確実にしたと見られていた。ところが12年の第18回党大会を前に、習近平の総書記就任を阻む動きがあり、それがその後の薄熙来周永康令計画の排除となった。共産党は分裂の危機に直面していたのだ。江沢民と胡錦濤の、20年以上にわたる積み重ねで出来上がった最高指導者の交代のレジームが存在していたにもかかわらず、このように揉め、党は大きく動揺した。その交代のレジームを習近平は反故にしてしまった。習近平後の指導者移行は、波瀾含みとならざるを得ない。これを避ける道はある。毛沢東や鄧小平のようなドンとなり、死ぬまで影響力を及ぼすことだ。習近平の動きは、ここに向かっているようにも見える。

カテゴリ: 政治
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執筆者プロフィール
宮本雄二 みやもと・ゆうじ 宮本アジア研究所代表、元駐中国特命全権大使。1946年福岡県生まれ。69年京都大学法学部卒業後、外務省入省。78年国際連合日本政府代表部一等書記官、81年在中華人民共和国日本国大使館一等書記官、83年欧亜局ソヴィエト連邦課首席事務官、85年国際連合局軍縮課長、87年大臣官房外務大臣秘書官。89 年情報調査局企画課長、90年アジア局中国課長、91年英国国際戦略問題研究所(IISS)研究員、92年外務省研修所副所長、94年在アトランタ日本国総領事館総領事。97年在中華人民共和国日本国大使館特命全権公使、2001年軍備管理・科学審議官(大使)、02年在ミャンマー連邦日本国大使館特命全権大使、04年特命全権大使(沖縄担当)、2006年在中華人民共和国日本国大使館特命全権大使。2010年退官。現在、宮本アジア研究所代表、日中友好会館副会長、日本日中関係学会会長。著書に『これから、中国とどう付き合うか』『激変ミャンマーを読み解く』『習近平の中国』『強硬外交を反省する中国』『日中の失敗の本質 新時代の中国との付き合い方』などがある。
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