「バーチャルな戦争」の時代に見つめ直す「参謀」の真価

前田啓介『昭和の参謀』講談社現代新書

執筆者:與那覇潤 2022年9月24日
カテゴリ: カルチャー
前田啓介『昭和の参謀』(講談社現代新書)

 令和の世相から痛感するのは、日本人は「バーチャルな戦争」が大好きだということだ。新型コロナが流行すれば「ウイルスとの戦争」だと言い募り、ロシアが開戦するやSNSのプロフィール欄にウクライナ国旗を掲げて「参戦」する。もちろん本人は、安全な国の快適な自室でモニターを眺めているだけである。

 よく知られているとおり、こうした人々はしばしば「参謀」になりがちだ。従来はなんの興味もなかった話題でも、にわかに仕入れた情報で「とるべき戦略はこうだ」「従わない者は非国民」と呼号し出す。昭和のリアルな戦争と異なり、日本で過ごす分には間違えても頭上に爆弾は降って来ないからこそ、私たちの「参謀しぐさ」はますます歯止めを失っている。

 実際に、戦前の著名参謀7名を扱う本書によれば、陸軍大学校の参謀養成のカリキュラムは意外なほど、主体的な思考を促すディベート型だった。教員が最初から正解を与えるのではなく、受講生自身に作戦を考えさせたのだが、それだとかえって異なる意見をきちんと受けとめず、威勢や詭弁で聞き手を圧倒するタイプがよい成績をとってしまう。ちょうど今日のコミュニケーション重視の教育方針が、知的な誠実さを欠く「論破屋」ばかりをSNSで跋扈させるのと同じだ。

 多弁に反比例して思考は乏しくなる、こうした悪しき参謀志向の弊害は、どうすれば克服できるだろうか。本書が示す新しい処方箋は、7名の参謀それぞれの「戦後」を辿ることである。

 東京裁判(出張尋問)でも傲岸に振るまったとされる石原莞爾の言動は、調べてみると概ね伝説のようだし、実録もののベストセラーで復権した辻政信も、自民党では孤立し組織を動かせなかった。政財界で大輪の成功を収めた瀬島龍三にせよ、シベリア抑留時代の真相を伏せたまま亡くなっているし、エチオピアの国政顧問に招かれた池田純久も、皇帝の気まぐれに翻弄され同地に懸けた夢は実らなかった。

 むしろ彼ら4名に比べれば静かに敗戦以降の人生を送った、残り3名の姿が印象に残る。参謀本部で中枢を担った過去が戦後糾弾された服部卓四郎は、自身は拒まれても周囲を自衛隊幹部に採用させる黒子に徹した。的確な情報分析で知られた堀栄三は、郷土に私塾を開き最晩年には村長も務めたし、捕虜となったことへの廉恥から人目を忍ぶように生きた八原博通も、沖縄戦の実相を世に伝える執念を失うことはなかった。

 いかなる戦争であれ、最初は熱狂のうちに始まる。しかし、バーチャルではなく実際に作戦を起案し放題だった参謀たちですら、その昂揚を最後まで享受し続けることはできない。

 むしろ戦後という剥奪と喪失の時代に向きあう中でこそ、彼らひとりひとりの真価が姿を現してくる。ジョン・ダワーの出世作“Empire and Aftermath”(邦題『吉田茂とその時代』)に倣うなら、「Military and Aftermath」(軍隊とその余波)と呼ぶべき好著である。

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執筆者プロフィール
與那覇潤 1979年、神奈川県生まれ。評論家(元・歴史学者)。東京大学大学院総合文化研究科博士課程修了。学者時代の専門は日本近現代史。地方公立大学准教授として教鞭をとった後、双極性障害にともなう重度のうつにより退職。2018年に自身の病気と離職の体験を綴った『知性は死なない』が話題となる。著書に『中国化する日本』、『日本人はなぜ存在するか』、『歴史なき時代に』、『平成史』ほか多数。2020年、『心を病んだらいけないの?』(斎藤環氏との共著)で第19回小林秀雄賞受賞。
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