3. ロシアの核兵器使用はあるのか
■ウクライナ元国防相による「勝利のビジョン」
はたして、ウクライナでの戦争はこれからどのような展開を見せるのであろうか。戦争の終結を期待することは可能だろうか。
2019年から20年までの時期にウクライナ国防相を務めたアンドリー・ザゴロドニュクは『フォーリン・アフェアーズ』誌において、この戦争がウクライナの勝利に終わるビジョンを提示している[Andriy Zagorodnyuk, “Ukraine’s Path to Victory(ウクライナの勝利への道)”, Foreign Affairs, October 12, 2022]。すなわち、これまで民主主義諸国は、ウクライナが負けないように、そしてロシアを勝たせないように、さらにはロシアが核兵器を使用しないように、キーウへの支援を続けてきた。だが、今こそ、ウクライナが偉大な勝利を得る可能性が浮上してきたことを、認識すべきである。ウクライナの国軍は、ロシアのそれよりも士気が高いだけではなく、より高い練度の訓練を受け、指揮系統も統率がとれている。プーチン体制の危険性を認識した国際社会は、その打倒を目標として、ウクライナの勝利を視野に入れた支援を継続するべきだと論じる。
同様にして、EU(欧州連合)の外相にあたるジョセップ・ボレル外務・安全保障政策上級代表は、ロシアに対する西側諸国の戦略は全体として機能しており、引き続きウクライナへの支援を継続するべきだと主張する[Josep Borrell, “The Strategy Against Russia Is Working and Must Continue(ロシアに対する戦略は機能しており、必ず続けなければならない)”, Project Syndicate,September 14, 2022]。ロシアがウクライナを攻撃した前提には、EUが分裂して、共通した行動がとれないであろうという認識があったはずだとボレルは述べる。ところが、そのようなウラジーミル・プーチン露大統領の思惑は、誤算であった。ロシアへの制裁は明らかに実質的な効果を発揮しており、とりわけ西側諸国の先端技術を輸入できなくなったことにより、戦車、戦闘機、通信システム、精密兵器などが十分に使用できなくなっている。そのことのみでウクライナがロシアに勝利するのは難しいが、時間は明らかにウクライナに味方しており、このような戦略を継続することが重要だと説いている。
シカゴ国際問題評議会理事長で、元アメリカNATO(北大西洋条約機構)大使であったアイヴォ・ダールダーと、外交問題評議会上級副理事長のジェームズ・リンゼイは、共同執筆論文の中で、エネルギー事情が悪化して厳しい冬を迎えることになるにもかかわらず、ドイツやイタリアでもウクライナ支援とロシア政策の方針が緩んでいない現実を、楽観的に論じている[Ivo H. Daalder & James M. Lindsay, “The West Holds Firm(断固とした西側)”, Foreign Affairs, September 15, 2022]。西側諸国のウクライナ支援は、秋から冬にかけてエネルギー不足からも崩れ落ちるだろうというプーチンの甘い思惑は裏切られた。アメリカ以上に、欧州諸国も「自由」を守る必要性を十分に認識しており、他方でウクライナは着実に2月以降に奪われた領土を奪還しつつある。そもそも、ヘンリー・キッシンジャーやチャールズ・カプチャンのような自称「リアリスト」たちは、ウクライナの領土喪失を受け入れるように説いており、エマニュエル・マクロン仏大統領も対露配慮をしばしば示してきた。だが、それでもアメリカの議会や世論、そしてドイツの緑の党などを中心に、ウクライナ支援を継続するべきだという主張が大きな勢力となっている。ダールダーとリンゼイは、そのような支援が継続している理由として、ウクライナが自由で独立して西側の一員であることこそが、自分たちの安全や自由にとっても不可欠な基礎となっている、と理解しているからだと論じている。
■ロシア劣勢でさらに注目される「核兵器使用の可能性」
他方で、ここ最近のウクライナ情勢をめぐる論壇では、はたしてロシアがこの戦争で核兵器を使用するか否かが問われている。
たとえば、欧州外交問題評議会の研究部長のジェレミー・シャピロは、「我々は核戦争への道の上に立っている」と題する論考のなかで、敗北を怖れるロシアが紛争をエスカレーションさせて、核兵器を使用するシナリオを示し、警鐘を鳴らしている[Jeremy Shapiro, “We are on a Path to Nuclear War(我々は核戦争への道の上に立っている)”, War on the Rocks, October 12, 2022]。すでにロシアは部分動員を行い、またウクライナ東部の領土を併合し、妥協の余地を著しく狭めている。それゆえ、敗北を予期し、プーチンの指導体制の安全を脅かすと考えた際に、核兵器使用のみが残されたオプションだと認識する可能性がある。これはあくまでも仮定に過ぎないが、真剣に検討されるべきだとシャピロは論じた。
同様に、スウェーデン元首相のカール・ビルトもまた、ロシアの核兵器使用の可能性を真剣に考慮すべきだと論じている[Carl Bildt, “This is best way to counter Putin’s nuclear threats(プーチンの核の脅威に対抗するための最善策)” , The Washington Post, October 10, 2022]。これまで多くの論者が、ロシアの核兵器使用をあまり現実的な危機と受け止める必要はないと一蹴してきた。ところが、ウクライナ東部をロシアが併合し、しかもウクライナの攻勢に押されて後退を始めるなかで、ロシアの存立が危機に直面した場合の核兵器の使用の可能性が視野に入ってきた。それゆえ、プーチン大統領がこのオプションを選択せぬように、もしもロシアが核兵器を使用した場合には直ちに西側諸国はロシアの体制転換を目標とすることや、そのような核使用が西側の長期的な政策目標に何ら変化をもたらさないこと、そしてロシアに対する本格的な攻撃へと帰結することなどの意志を明らかにして、ロシアの核使用へのエスカレーションを抑止する努力が必要だとビルトは述べた。
そして著名なアメリカの外交評論家、ウォルター・ラッセル・ミードも、ウクライナの攻勢がロシア軍を押し返す中で、部分動員がうまく機能せずにロシアがよりいっそう守勢となれば、プーチン大統領は核兵器使用というオプションを選ばざるを得なくなると論じる[Walter Russell Mead, “What if Putin Uses a Nuclear Weapon in Ukraine?(プーチンがウクライナで核兵器を使ったら) ”, Wall Street Journal, September 12, 2022]。現在のアメリカの政策は、ウクライナを見捨てるか、あるいはロシアとの核戦争を含めた対立へと突入するかという、好ましくない二者択一の状況を回避しようとしている。そのためには、ウクライナがロシアに対して、敗北され占領されるほどに弱すぎないようにすることと、圧倒的な勝利によりロシアが核兵器使用を選択するほど強すぎないようにすることと、その双方の思考が必要だと論じる。その際、ウクライナへの核攻撃が、その必然的な帰結としてアメリカの参戦を招くという警告を、ロシア側に伝えることも必要だと指摘する。
他方でそのような見解とは異なる立場の論考も見られる。例えば、ジョージタウン大学のケイトリン・タルマージ准教授は、ロシア政府による30万人規模の予備役動員の決定は、その攻撃的なレトリックとは裏腹に、ロシアが核兵器を使用するリスクを下げる効果を持っている点を指摘する[Caitlin Talmadge, “Why Russia’s mobilization may lower the risk of nuclear war — for now: If Putin were truly desperate, he might have turned to ‘non-strategic’ nuclear weapons(ロシアの動員が今のところ核戦争のリスクを下げる可能性がある理由―もしプーチンが本当に絶望的なら、「非戦略的」核兵器に目をつけたかもしれない)”, The Washington Post, September 21, 2022]。すなわちプーチン大統領といえども、エスカレーション・ラダーを登る際に、核兵器以外の選択肢を求めていることが示されたのだ。とはいえプーチン大統領のウクライナでの戦争目的が変わったわけではなく、これからも多様な手段を用いて勝利を目指すだろうし、そのためには民間施設への攻撃も激しくなるであろう。
おおよそタルマージのこのような主張は、その後のウクライナ情勢の推移を見れば的確なものであったことが分かる。
4. 針路が不透明なヨーロッパ
■世論分断の中で揺らぐ仏独関係への信頼
ウクライナでの戦争に対して、ヨーロッパは冬を越えてウクライナの支援と、ロシアへの制裁を継続していくのだろうか。エネルギー価格の高騰など、生活者の暮らしが困窮し、不満が鬱積する中で、これまでの方針を転換することになるのだろうか。ヨーロッパでは、ウクライナでの戦争に対してどのような対応をするべきかをめぐり、さまざまな議論がなされている。
日本でもいくつかの邦訳書で知られる、欧州外交問題評議会の設立メンバーでもあるブルガリアを代表する政治学者のイワン・クラステフは、ウクライナの戦争がヨーロッパにとってどのような意味を持つのかは、戦争が終わってからでないと分からないと論じる[Interview with Ivan Kratsev, “The Ukraine War: A Resilience Test for the European Union?(ウクライナ戦争―EUの回復力テスト?)”, Institut Montaigne, September 15, 2022]。そして現在は、ヨーロッパの中でその点をめぐる亀裂が生じており、いわゆる早期の停戦を求めるような「和平派」と、侵略と虐殺を行うロシアとの戦争に勝利する必要を説く「正義派」との間での、世論の分断が見られることを指摘する。クラステフは、そのどちらも期待するような結果を得られないだろうと予想をし、和平プロセスにおけるEUの役割の限界を指摘する。あわせて、アメリカでは選挙の度に「レジーム・チェンジ」とも言えるような変化が生じており、西側諸国はその外部との関係よりも、西側世界内部における関係において亀裂や対立という深刻な問題を抱えているのだと主張する。
そのような亀裂は、これまでヨーロッパ統合を推進してきたフランスとドイツとの関係にも見られる。仏『ルモンド』紙の論説委員であるシルヴィ・カウフマンは、ウクライナ戦争が仏独関係に難しい問題をもたらしていると指摘する[Sylvie Kauffmann, “En bouleversant les équilibres en Europe, la guerre en Ukraine déstabilise aussi la relation franco-allemande(ウクライナ戦争は、欧州のバランスを崩すことで仏独関係も不安定にさせている)”, Le Monde, October 19, 2022]。とりわけ11月にドイツのオラフ・ショルツ首相が、フランスのマクロン大統領との十分な調整なく北京を訪問して習近平国家主席と首脳会談を行い、多くの新しい経済的な取引に乗り出すことは、この二国間関係をさらに悪化させる原因となる。ウクライナ戦争が長引けば、ヨーロッパにおける重心はより東方へとシフトする。それによって、仏独関係がヨーロッパの枢軸であり続けることは難しくなるであろうというのだ。
■ドイツにおける多極世界と積極的対中関与への志向
ドイツ国内では、ロシアへの制裁を継続することに対する違和感と同時に、より多極的な世界を好む傾向が見られる。ドイツのシンクタンク、国際安全保障研究所(SWP)所長であるステファン・マイヤーは、世界を「民主主義」と「権威主義」に分断する思考は人工的なものであり、またロシアへの制裁に多くの諸国が反対しているように、世界のデカップリングにドイツは加わるべきではないと論じる[Stefan Mair, “Strategic Ties, Not Blocs: Why Germany Should Promote a Multipolar Order(ブロックではなく、戦略的結束を―ドイツが多極的な秩序を促進すべき理由)”, 49security, September 23, 2022]。むしろ多極的な世界を推進することにドイツは努力をするべきであり、そしてそこでEUの正統性と能力を強化するべきである。さらには、異なる体制間での交流が促進されるためにも、ドイツは重要な役割を担うべきだとの論調は、ドイツ国内で一定程度見られる、やや楽観的でリベラルな世界観を代表していると言えるだろう。
同様に、スペインのシンクタンク、エルカノ王立研究所上席分析員のミゲル・オテロ=イグレシアスは、「ドイツとEUは中国と関わりを持ち続ける必要がある」と題する論考を寄せている[Miguel Otero-Iglesias, “Germany and the EU Need to Keep Engaging with China(ドイツとEUは中国との関わりを持ち続ける必要がある)”, 49security, September 28, 2022]。そこで、トランプ前米政権が中国に対して貿易・技術戦争を仕掛けたことを批判しており、中国に対するデカップリング政策を否定して、積極的な関与政策へと転換する必要性を説いている。グローバル・ガバナンスに関する課題は、いずれも、中国の協力がなければ解決できない。中国への過度な依存は回避するべきだが、他方で中国を孤立させることなく、関与政策を続けていくことが重要だと論じている。このような、ドイツ国内におけるデカップリング政策への批判と、関与政策への回帰の必要性の主張は、ショルツ首相の訪中の背中を押したのではないだろうか。
実際に、中国の国内からはそのようなドイツの動きを歓迎する声が見られる。たとえば、中国の元駐ドイツ・オーストリア大使の史明德は、50周年を迎えた中独関係を回顧しながら、中国としては今後も中独間の経済、文化、国際関係における協力関係の発展の重要性を説いている[史明德(Shi Mingde)、「中德建交50周年:相互尊重合作共赢、保持稳定良好势头(中独国交樹立50年―相互尊重、協力互恵、安定的で良好な情勢の維持)」、『中国网』 、2022年10月10日]。ドイツにとって、中国は6年連続で最大の貿易相手となっている。また、5万人以上の中国人がドイツに留学し、19の孔子学院がドイツに設置されている。史明徳によれば、中独協力は両国の利益になるだけではなく国際関係の平和、安定、発展に対して良い影響を及ぼすだろうと展望される。
当然ながら、そのようなドイツの動きに対しては、アメリカの専門家などから警戒感が示されている。ジャーマン・マーシャル財団の非常勤上席研究員のバート・セヴィチックは、ヨーロッパが自らの軍事的脆弱性や、アメリカへの安全保障面での過度な依存を前提にしながらも、「戦略的自律」というロジックに魅了される問題を指摘する[Bart M.J. Szewczyk, “Scholz and Macron Have a Perilous Ambition for Europe(ショルツとマクロンが抱く欧州の危うい野望)”, Foreign Policy, September 8, 2022]。セヴィチックは「欧州は自衛力を高め、自律的な戦略的アクターとなる時が来た」と唱えるヨーロッパ諸国が、まずは十分な軍事能力や責任を育み、その上で大西洋における米欧間の協力への関与を続けるべきだと説いている。
著名な国際政治学者であるハーバード大学教授のスティーブン・ウォルトは、NATOの将来を考える上で、ヨーロッパのアメリカに対する過度な依存を改善して、ヨーロッパが安全保障においてより積極的に大きな責任を負い、アメリカはインド太平洋に関与を集中させることが賢明であると論じている[Stephen M. Walt, “Which NATO Do We Need?(どのようなNATOを我々は必要としているのか) ”, Foreign Policy, September 14, 2022]。
軍事バランスを考えれば、確かに今後のアメリカにとっての最大の脅威は中国となるであろう。それに対処するためにも、アメリカはヨーロッパ諸国に対して、より大きな責任を負うように促すべきであろう。問題は、そのような責任をドイツなどのヨーロッパ諸国が自覚して、実践するか否かである。依然としてヨーロッパは、自らの役割について明確な、そしてより共有された認識を持つに至っていないのではないか。それが、ヨーロッパの将来についての不透明性を増す要因となっているのだろう。 (9・10月、了)