グリーンランド「温暖化の恩恵」を先進国は非難できるか

執筆者:秌場聖治(あきば・きよはる) 2023年1月4日
エリア: ヨーロッパ
グリーンランドではいま、温暖化によって毎秒1万トンの氷が消えるという。だが、温暖化が漁業や資源開発にプラスに働き、グリーンランドに恩恵をもたらすとともにその地政学的価値を高めているのも現実だ。米中からのアプローチをテコに、デンマークとの間に植民地時代から残る従属関係を解消しようとする動きは、先進工業国に重い問いを投げかけている。TBS報道局外信部・秌場聖治氏による現地レポート。

   グリーンランド西部、観光の拠点であるイルリサットの街から歩いてしばらく行くと、ゴツゴツとした野原に犬ぞり用の犬たちが何十頭も繋がれていた。さらに進むと、荒涼とした風景とは少々異質な、いかにも「北欧デザイン」な建物が見えて来る。この先には世界遺産にも登録されている「イルリサット・アイスフィヨルド」があり、建物はそのビジターセンターだ。入るとスキー場のロッカールームのようなスペースがあり、靴を脱いで展示室に行く。

   アイスフィヨルドとはその名の通り氷に埋め尽くされたフィヨルドで、その氷は「上流」にあるヤコブスハブン氷河から押し出されてくる。ヤコブスハブン氷河自体は、世界最大の島であるグリーンランドの8割、180万平方キロを覆う氷床(アイスシート)から伸びている。この氷河は南極以外では最も大量の氷山/氷を生む氷河で、その“年間産出量”は35立方キロメートルに上る。かつてタイタニック号を沈めた氷山もここから出て行った可能性が高いという。

1秒に失われる1万トンの氷

   ビジターセンターにはそんなデータや様々な氷の種類を解説する洒落た展示、グリーンランド各地の氷河や氷床が立てる「音」をサラウンド状態で聞けるインスタレーションなどが並んでいるが、何よりもユニークなのが捻じれたような屋根で、その捻じれの端から上がれるようになっている。勾配を登っていくと、遠くにアイスフィヨルドの絶景がドラマティックに見えてくる、という仕掛けだ。

   屋根を下って反対側に降りると尾瀬にあるような木道が伸びていて、比較的楽にアイスフィヨルドに到達できる。途中、地元の少年たちが車輪の大きな自転車でひょいひょいと我々をよけながら木道を疾走していく。

静的な光景でもフィヨルドは激しく“動いて”いる[撮影:TBSロンドン支局  宮田雄斗(本記事の写真すべて)]

   至近距離から見るその威容には息をのむ。一見、静的に見えるが、1時間強ほどタイムラプス撮影をすれば実際にはかなり激しく動いていることがわかる。

「グリーンランドの氷床は1秒に1万トンの氷を失っているんです」

   現地調査に訪れていたデンマーク・グリーンランド地質調査所のウィリアム・コーガン上級研究員からそう言われてもあまりに数字が大きくてピンと来ない。しかしヤコブスハブン氷河はどんどん後退していて、温暖化が確実に進行していることを示している。そしてグリーンランドや南極の氷が溶けることによって起きる海面上昇は確実に日本にも影響する。コーガン氏によれば、仮に世界がパリ協定で設定された目標を達成したとしても、2150年には東京周辺の海面は77センチ上昇し、このまま何も対策を取らなければ147センチ上昇するという。堤防などの治水によって影響は緩和はできるだろうが、高潮や津波の際に水没の危機に晒される地域が相当広がるのは間違いない。他人ごとではないのだ。

   そんな世界的な海面上昇の震源地であるグリーンランド、さぞかし地元でも水害の懸念が強まっているだろうと思われるかもしれないが、実は氷床が溶けることでそれまで氷に押さえられていた大地がリバウンドして、相対的に海面は下がるのだという。コーガン氏は、そもそも当地では気候変動(温暖化)が必ずしもネガティブに捉えられていない、と話す。

「グリーンランドの氷床にとっては気候変動は本当に最悪の事態ですが、グリーンランドの人々にとっては経済的にプラスでもあるんです。船を使える期間は長くなるし、観光客も増えるし……」

現地を訪れていたデンマーク・グリーンランド地質調査所のウィリアム・コーガン上級研究員

アイスフィヨルドに船が入れる

   気候変動がプラスに働く、その一つの分野は漁業だ。

   イルリサットの街で魚料理を食べようとすると、ほとんどの場合ハリバット(カラスガレイ)が出てくる。オヒョウの仲間で、タイ風フィッシュ・カレーも、イギリス名物「フィッシュ・アンド・チップス」もハリバットで作られる。プリプリした白身が美味しいこの名産品を、漁師たちは主に二つの方法で獲ってきた。一つは犬ぞりで氷上を移動し、氷に穴をあけて糸を垂らして釣る方法。もう一つは小型漁船を使う方法だ。しかし温暖化で季節によっては氷が薄くなっているため犬ぞりを使える期間は短くなり、代わりに船を使う期間が増えている。

   イルリサットの港に工場を構えるその名も「ハリバット・グリーンランド」社を訪ねた。次から次へと加工ラインを流れてくるハリバットは幾つかの工程を経てあっという間に切り身になり、最終的には冷凍されて港から輸出される。8割はアジア行きでメインは中国。「日本にも出してますよ。エンガワの部分ですね」とエリック・シベルトセンCEOは笑顔を見せた。今年は大きなハリバットがたくさん獲れたそうだが、これは温暖化の影響だという。

「アイスフィヨルドに船が入りやすくなったんです。大物はアイスフィヨルドにいるんですよ」

加工されたハリバットの8割はアジアに向けて出荷される

   温暖化で魚そのものが大きくなったのではなく、大きな魚がいる場所に漁師が行きやすくなった、というわけだ。CEOの表情には気候変動に否定的な雰囲気は感じられない。

「もちろん、伝統を捨てることはしません。でももし気候変動が漁師たちのチャンスを拡げるなら、それも支援していきます」

「どっちか一つを選ばなければならないわけじゃないですからね」

中国がアプローチを強める「北極海航路と鉱物資源」

   他にも温暖化がプラスに働きそうな分野がある。鉱業だ。グリーンランドにはニッケル、コバルト、銅、プラチナ、チタン、金といった資源が眠っているが、まだまだ開発されていない。厳しい気候や地形が開発を妨げているのだが、気温が上がってくればこれも変わりうる。海上の氷が減ってくれば北極海航路によるアジア方面への輸出拡大も当然、視野に入る。温室効果ガス排出を抑えるための電気自動車のバッテリーなどに不可欠な鉱物資源の開発が、温暖化それ自体によって容易になるというのも皮肉な話ではある。

   先ほどのハリバット・グリーンランドの工場がある港を見下ろす場所に、イギリスに本拠地を置く「ブルージェイ・マイニング」社のイルリサット事務所があった。グリーンランドで複数の鉱業プロジェクトを手掛けていて、そのうち一つはイルリサット沖にあるディスコ島でのニッケルの採掘計画だ。脱炭素社会に必要な資源であり、計画はアマゾンのジェフ・ベゾス氏や、マイクロソフトのビル・ゲイツ氏が絡むファンドも支援する。

   同社のボー・スティーンスガードCEOは「グリーンランドの資源開発は地政学的にも重要」だと話す。ニッケルの世界最大の鉱床はロシアにあるが、ディスコ島はそれに匹敵する埋蔵量が見込まれるのだそうだ。そしてグリーンランドはNATO(北大西洋条約機構)創立メンバーでもあるデンマークの自治領。ロシア、あるいは中国といった、欧米とは違う価値観を持つ資源大国への依存から脱却するという意味でもグリーンランドの資源への注目度は上がっている。その文脈において温暖化はグリーンランドにとって「プラス」に働くんです、とCEOは苦笑した。

   グリーンランドへの注目を一気に高めたドナルド・トランプ米大統領(当時)の「グリーンランドを買ってもいい」という発言も、こうした地政学上の文脈で出てきたものだ。温暖化を背景の一つとして近年、グリーンランドへのアプローチを強めているのが中国。北極圏での資源開発や北極海航路への関心は強く、グリーンランドでも空港の拡張工事に参画しようとしたり、ウラン鉱山開発に参入しようとしたりしてきた(前者はデンマークとアメリカの横やりで頓挫、後者は自治政府内で政権交代があり、環境汚染を気にした新政権がストップをかけた)。一方のアメリカの安全保障にとって、ロシアとの間に位置するグリーンランドは戦略的に重要な場所でもあり、北部には弾道ミサイルを探知する役割を担うチューレ空軍基地がある。

   グリーンランド行政の中心都市であるヌーク。デンマーク王立防衛アカデミーに所属し、現在はヌークの海辺に立つグリーンランド大学で研究するイェップ・ストランスベルグ准教授は、トランプ発言について

「アメリカが、デンマーク政府に対して“もっとグリーンランドの防衛に力を入れるべきだ”と求めると同時に、世界、特に中国に対して、グリーンランドに手を出すな、と宣言したのでしょう」

   と分析する。

大国のかけひきが「存在価値」を証明する皮肉

   気候変動によって大国のかけひきが激しくなるその狭間で、グリーンランドの人々はどう思っているのか。

   グリーンランド自治政府には外交に関する決定権はない。そのためグリーンランドがデンマーク政府の意向抜きに政治的に中国に接近することはない。しかしデンマークとグリーンランドの関係が盤石かというと、そうでもないようだ。

   中道政党に所属し、自治政府の外相やビジネス貿易相を歴任したペール・ブロベルグさんにとっては、話題になったトランプ氏の発言そのものより、デンマーク政府の慌て気味の反発が愉快だった。これまでデンマーク政府はグリーンランドに対して“君たちを相手にする国なんて我々以外ないよ”という態度だったからだと言う。

「デンマークにとって我々は負担であり、頭痛の種で、グリーンランドはデンマークに感謝すべきだ、という具合でしたからね」

「我々にいくばくかでも価値があるってことがわかったでしょう」

   着ている長袖のシャツには黒地に白い文字で「DECOLONIZE」つまり「脱植民地化」と書かれている。グリーンランドは人口6万人にも満たないが、実は独立志向が強く、世論調査をすれば必ず独立支持が半数以上を占める。理由としてブロベルグさんが挙げるのは「自己決定権」と「アイデンティティ」だ。

   そもそもグリーンランドのネイティブであるイヌイットとデンマークのデーン人は容姿だけでなく、文化も風習も大きく違う。そしてグリーンランド人たちは、デンマーク人から見下され続けている、という意識を持っている。

   ヌークの街を一望できる丘に立つのはハンス・エゲデの銅像だ。エゲデは18世紀にグリーンランドに来てキリスト教化を推進した宣教師だが、よく見ると鼻のあたりが赤くなっていて鼻血が出ているように見える。BLM運動に触発されたアクティビストたちが赤いペンキを投げつけた跡なのだそうだ。エゲデはキリスト教化を進める上でイヌイットの伝統文化を「異質なもの」として排除、顔や手に入れる刺青や、うちわ太鼓を叩いて歌い踊る習慣なども禁止した。その意味では「抑圧」の象徴なのだ。

赤いペンキを投げつけられたハンス・エゲデの銅像

   イヌイット文化に「上から目線」で接するデンマークの態度はその後も続き、1950年代にはグリーンランドから22人の子どもをデンマークに移住させて「デンマーク人化教育」を受けさせ、グリーンランドに戻してロールモデルにする、という、今から考えれば荒唐無稽な社会実験も行われた(2020年、デンマーク政府はこの件について初めて公式に謝罪した)。イヌイットはグリーンランドの人口のおよそ9割を占めるにも拘わらず、母語のグリーンランド語に加えて、全く違う言葉であるデンマーク語が話せなければ高等教育は受けられない、という状況は現在まで続いている。

再生産されてきた「自尊心の低さ」

「この社会システムは、劣等感を植え付けるんです」

   そう話すのは、50年代の「実験」に参加させられた児童の一人を母親に持つパニングワクさんだ。「植民地マインドがイヌイットの心理にネガティブな影響を与え続けている」と語り、グリーンランドの非常に高い自殺率も、蔓延するアルコール依存も、デンマークの支配によって再生産される「自尊心の低さ」が影響していると言う。

「昨日、一人自殺しました。先週も一人、その前の週も。誰だかみんな知っています」

「すべてが植民地支配のせいだとは言いませんが、影響はあるんです。人口500万人の社会(デンマーク)の制度が、わずか5万人の、全く違う文化を持つ社会にコピペされたんす。うまくいくはずがありません」

「言葉を否定され、文化を否定されれば、死にたくなるのも当然です」

   実はパニングワクさんも10代の時、二度、自殺未遂をした。酒も13歳から飲むようになった。家族も止めなかった。テレビや雑誌に出てくるのは美しい白人のデンマーク女性ばかり。イヌイットのロールモデルはメディアの中にも、周囲にもいなかった。

「成功なんかできない。素敵な人生なんて私には訪れないんだ、と絶望したんです」

伝統的な刺青を入れ、独立を訴えるアクティビストになったパニングワクさん

   それでも二度目の自殺未遂の後、「このままではダメだ」と酒を絶ったパニングワクさんは、ルーツに立ち返ることで自分を取り戻し始めた。伝統的な刺青を入れ、独立を訴えるアクティビストになった。独立が全てを解決するわけではないが、「植民地マインド」から抜け出すスタートになるはずだ、と確信している。母親になった今、その信念はさらに強固だ。

「親世代、とりわけ女性は声高に主張することを避けてきましたが、自分たちの世代で負の連鎖を断ち切るんです」

「これは自分の子供たちのためでもあります。そして、若い人たちのロールモデルにもなりたいんです」

   実際にはグリーンランドがすぐにでも独立する、というのは現実的ではない。しかし、常に議題に上り続けるのも間違いなさそうだ。仮に独立し、外交も含めて全て自己決定するようになった場合、資源大国になりうるグリーンランドはどういう道を選択するのか。

   デンマーク政府に対して辛辣なコメントをしていたブロベルグさんも「たとえ独立したとしてもデンマークが最も近いパートナーであることは変わらないだろうし、NATOの一員であり続けるだろう」と予見する。しかし同じくヌークで話を聞いた独立活動家のリリ・ケミニツさんは「選択肢はオープンにして一番良い条件を出すところと一緒にやるべき」との意見だった。

   前出のストランスベルグ助教も、グリーンランドは中国などからの関心をレバレッジにして、アメリカやデンマークからより良い条件の投資を引き出すことができるだろう、と指摘する。「“もしあなた方が我々に投資しないのなら、他を当たってもいいんだよ”というふうにですね」

   漁業にせよ、資源開発にせよ、グリーンランドは様々なレベルで「温暖化の恩恵」を受けている面があるのだ。世界には氷床が溶けることで水没する町もあるというのに何を呑気な、と思われる方もいるかもしれない。しかしこの「世界最大の島」に住んでいる6万人足らずの人たちが排出してきた温室効果ガスの量などたかが知れている。地球の平均の3倍で温暖化が進む北極圏において、伝統的な生活を変えざるを得なくなっている彼らが、その変化を自分たちの利益に変えようとするのを、我々先進工業国は責められるだろうか。

カテゴリ: 環境・エネルギー
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執筆者プロフィール
秌場聖治(あきば・きよはる) TBS報道局外信部長 1971年東京国立市生まれ。一橋大学社会学部卒。報道局社会部、各種報道番組、外信部デスクを経て2010年ロンドン支局、2012年中東支局長、2015年本社外信部デスク、2018年ロンドン支局長を経て現職。エジプト政変、シリア内戦、ガザ紛争、英EU離脱、新型コロナ関連などを取材。ドキュメンタリーも多数。
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