日本で生きるウイグル人:今日も実名証言を続ける千葉の人気ケバブ店主

執筆者:鈴木美優 2023年3月18日
タグ: 中国 日本
エリア: アジア
人気ケバブ店を営むハリマト・ローズさん(筆者撮影、以下同)
 
昨年11月のウルムチ火災によって改めて浮き彫りになった中国・新疆ウイグル自治区の人権侵害。家族を「人質」に取られている多くの在外ウイグル人が表立った活動を控える一方、千葉県松戸市で人気ケバブ店を営むハリマト・ローズさん(49)は顔と名前を出してウイグル問題を訴え続けている。彼が経験した驚愕の体験とは――。

 千葉県新松戸駅の改札を出ると、青色の看板にスクリーンが設置された派手な店が目に入る。店の名前は「ローズジャンケンケバブ」。ジャンケンで店主に勝てばケバブが無料で大盛りになるという個性的なサービスで人気のウイグル料理店だ。メニューには、串焼きのケバブや水餃子など中国北西部・新疆ウイグル自治区でよく食べられる料理が並ぶ。

 この店を経営しているのは、同自治区タチン(塔城)出身のハリマト・ローズ(49)さん。在日ウイグル人団体・日本ウイグル協会副会長で、現在は妻と子どもたちと一緒に日本で暮らしている。

 在日ウイグル人は約2000人いるが、ハリマトさんのように顔や本名を明かして取材に応じられる人は少ない。ウイグル自治区では、2017年頃からウイグル人やカザフ人らに対する弾圧が強化され、中国当局が「再教育施設」と呼ぶ強制収容所には最大200万人のウイグル人が収監されていると言われる。女性への不妊手術、収容所内での拷問・レイプ、不当な拘束、強制労働、強制結婚など、ウイグル人に対する人権侵害は深刻さを増している。

沈黙を続けても何も変わらない

 私は大学在学中の2012年にウイグル自治区の首府ウルムチ市を訪れ、現地のウイグル人家族と3日ほど過ごしたが、その家族とはもう6年以上連絡が取れていない。せめて安否だけでも確かめたいところだが、在日ウイグル人からは「絶対に連絡はしない方がいい」と止められる。海外から電話がかかってきたというだけで、当局がウイグル人を拘束するのに十分な理由になり得るというのだ。

 この問題を自分の言葉で伝えたいという思いが募る一方、そうすることでその家族に影響が及ぶのではないかという躊躇もあり、これまで取材は控えてきた。11年前に私を受け入れてもてなしてくれた家族が、私のせいで拘束されたり苦しんだりするのは耐え難かった。

 しかし、昨年11月、ウルムチ市のアパートで発生した火災を機に「白紙運動」が起こり、日本でも同様のデモが行われた。その中で、家族の安否が分からぬまま、「沈黙を続けても何も変わらない」としてウイグル問題を訴え続けるハリマトさんや他のウイグル人らを見て、背中を押された。

 11月30日、新宿駅前で行われたデモには数百人が集結していた。キャンドルに火を灯して犠牲者を追悼するグループのほか、中国当局のゼロコロナ政策や人権問題について批判の声を上げる若者、さらには中国共産党や習近平国家主席を罵倒する者もいた。ウイグル人犠牲者の追悼デモであるにもかかわらず、現場に集まっていたのは在日中国人(漢族)の若者が大半で、ウイグル人の姿はほとんど見られなかった。

 私はその日の夜、ハリマトさんの店を初めて訪れた。デモの写真を見せると、ハリマトさんはこう話した。

「このようなデモに参加できるウイグル人はほとんどいない。この人たち(漢族の参加者ら)も、デモ参加によって母国の家族が捕まる危険性はもちろんあるが、われわれの家族はすでに捕まっているか、少なくとも監視下にある。次の日にはこのような行動への報復として家族が殺される可能性もある」

ウルムチ騒乱で様変わりした故郷

 

 8人兄弟の4男として生まれたハリマトさんは、2002年に地元タチンで結婚。2005年に東京電機大学の大学院に進学するため来日した。もともと建設系の会社で測量士として勤務していたが、職員のほとんどが漢族だったためウイグル人には昇格が難しいと感じ、日本への留学を決意したのだという。

 ハリマトさんが大学院に通っている間の2009年7月5日、ウルムチ市では大規模な騒乱が勃発した。広東省の工場でウイグル人労働者が襲撃され死亡したことを受け、同市で政府の対応を非難する抗議デモが行われた。その参加者らに警察が武力行使したことで騒乱と化し、公式発表によると197人が死亡したとされている。

 この事件から3年後の2012年、博士号を取得したハリマトさんは中国に帰国した。しかし、町の様子はすっかり変わっていた。以前と比べ活気が減り、町内を少し移動するだけでも職務質問を受けるなど、ウイグル人への弾圧や監視が明らかに厳しくなっていたという。

 留学前に勤めていた会社に復職したものの、内陸部から移動してきた漢族らによって職員の数は34人から80人ほどに増えていた。ある時、出張に行くと、「ウイグル人だから」という理由で深夜に当局がホテルの部屋にまで職務質問にやってきた。同部屋に泊まっていた漢族の同僚は露骨に迷惑そうな顔をした。そのような監視行為が常に付きまとうことで、他の漢族職員にとってもハリマトさんは足手まといとなった。

 結局、キャリアアップのために日本留学までしたものの、昇格どころか努力が全く報われないことで絶望感に包まれた。その上、こうした愚痴ですら自由に口にすることができない。兄から「日本に帰りなさい」と言われ、2016年8月に妻や子どもたちと日本へ戻った。その翌年、ハリマトさんは新松戸でウイグル料理レストランをオープンした。

スパイ行為を頼まれて……

 日本に戻ってから2年ほどは家族とチャットでのやり取りができていたものの、かつてのような会話は慎まなければならなかった。兄や妹もウイグルで起きていることをありのまま話すことができず、家族でのグループチャットも控える必要があったという。

 同じく日本ウイグル協会副会長を務めるレテプ・アフメット氏は、こう指摘する。

「(今のウイグル自治区は)まるで北朝鮮のような状態だ。たとえば今、ウクライナでは戦争が起きているが、私たちはウクライナにいる人とリアルタイムで連絡が取れる。だが、爆弾が落ちたりミサイルが飛び交ったりしているわけでもないのに、IT大国である中国の家族とは全く連絡が取れない。チャットのメッセージを一通送ることすらできない」

 2019年12月、ハリマトさんの妻のもとに、ハリマトさんの兄(長男)・イェルケンさんから電話が掛かってきた。イェルケンさんは電話口で「ハリマトは元気か。ハリマトと直接一対一で話したい」と話し、母や妹と撮った写真も送ってきたという。何者かに強要されているのではと考えたハリマトさんは、一旦兄と直接話すことを拒否した。

 しかし翌年5月9日、再び妻の電話にイェルケンさんからの連絡が入った。妻から、「お兄さんと一対一で話さないとまずい状況にある」「暗い部屋に入れられて追い詰められている」と聞いたハリマトさんは翌日、イェルケンさんからの電話を受けた。電話は妻の携帯電話で受け、会話の一部始終をハリマトさんの携帯電話で録画した。

 久しぶりに見たイェルケンさんの顔は膨れ上がっており、姿勢も崩れ、座るのがつらそうだった。すぐに様子がおかしいと気付いたハリマトさんが「どうかしたのですか」と聞くと、「バケツで水を運んでいて腰を痛めた」と答える。イェルケンさんが不安げに周囲に目を向けていたため、「そこに誰かいるのですか」と質問したが、イェルケンさんは「誰もいない」とだけ答えた。いずれも嘘だとハリマトさんは感づいていた。

 10分ほど話した後、突然別の男性が画面に映り込んできた。「私はあなたのお兄さんの知り合いで、家族のこともよく知っている。あなたが協力すれば、お兄さんと家族のことは私が守ってあげます」と脅迫めいたことを言う。「あなたが協力すれば」というのは、ハリマトさんに在日ウイグル人へのスパイ行為をして欲しいというものだった。突然のことで衝撃を受けたハリマトさんは、次回返事するとだけ伝えて電話を切った。

目的は諜報活動ではなく攪乱?

 ハリマトさんにとってこれほど心苦しい選択はなかったことだろう。ともに闘ってきた日本ウイグル協会の仲間がたくさんいる。多くの日本国民や政治家からも支援を受けてきた。一方で、画面の向こうでは、苦しそうにする家族が人質に取られている。ウイグル問題を訴える活動を取るか、もしくは自分の家族を守るか――。

 結局、ハリマトさんは「この問題を訴え続けるしかない」と考え、中国当局への協力を拒否すると決意した。厳しい選択だったが、それが将来的に家族を守ることにつながると考えたという。

 同年6月7日、再びイェルケンさんから電話があり、男が電話口に出た。

「あなたがどんな人かもわからないのに判断できない。何か身分が分かるものを見せてください」

 男が見せてきたものは、中国の情報機関・国家安全局の身分証だった。

「私に協力しなさい。もし協力してくれれば、あなたが日本に帰化したい場合助けてあげますし、日本の政治家に口をきいてあげます」

 男は、日本ウイグル協会の総会の時期や場所、協会の理事の名簿、世界ウイグル会議のドルクン・エイサ総裁やラビア・カーディル元総裁とどんな連絡を取っているか、彼らが日本に来る予定があるか、これからの活動計画はどんなものか、といったウイグル問題に関わる人々の情報を知らせるよう「協力」を求めた。

 だが、ハリマトさんが情報を教えるまでもなく、電話口で話していた男は、協会理事しか知り得ない情報をすでにつかんでいた。そのため当局の真の目的は諜報活動ではなく、ウイグル人コミュニティーを分裂させたりかき乱したりすることではないかとハリマトさんは指摘する。なお、この電話の後、偶然か、もしくは何らかの方法で操作されたのか、ハリマトさんの携帯電話は電源が入らなくなった。

 日本ウイグル協会を支える互助機関として設立された「ウイグルを応援する全国地方議員の会」の小坪慎也幹事長によると、これまでの活動で実際に怪しいと見られる人は存在しており、最低でも議員が入会する際は経歴の整合性を徹底的に調査しているという。また、ウイグル人活動家の中にいわゆる過激派もいるのは事実で、そうした人が在日ウイグル人コミュニティーをかき乱し、警察沙汰を起こすこともあったという。

国営テレビに登場した家族

 当局への協力を断ってから1年3カ月後の2021年9月、ハリマトさんはイギリスで開かれた会議で自身の経験を語り、ウイグル自治区の人権問題について訴えた。するとその直後、国営・中国新聞社のテレビにハリマトさんの家族が突然登場した。

 初めに映し出されたのは、台所で野菜を切る妹の姿だった。「私たちはとても幸せな生活を送っています」「夫も子どもたちも幸せです」とカメラに向かって語っているものの、表情は引きつり、笑顔が全く見られない。イスラム教徒だが、頭にスカーフは着けておらず、肌も露出されていた。母の料理を作っていると言うが、母の姿はこの番組に登場しなかった。

 次に出てきたのは、イェルケンさんとは別の兄だった。息子が大学を卒業して働き始め、娘は大学に通っていると話す。ここでもやはり「幸せな生活を送っている」と明かすものの、顔は無表情のままだ。原因は不明だが、ハリマトさんの出国前にはあった前歯が数本抜けているのが確認できた。

 最後に出てきたイェルケンさんは、ハリマトさんが会議で訴えたことを否定していった。

「われわれが監視されているだと?」

「私が拘束されていた? 誰かから虐待されていた? いつそんなのを見たんだ」

「(ハリマトは)タチンにいた頃は学校での成績も良く賢かったのに、日本にいる間に何があったんだ」

 こう訴えかけるイェルケンさんの顔は怒っているように見える。終始落ち着きがなく、椅子を揺らしながらカメラに向かって話しているが、たまに重たげな表情で下を向く姿が印象的だ。

 番組は、イェルケンさんがハリマトさんに向かってこう呼びかける場面で終了する。

「君は中華人民共和国の国民だ。わが国家に感謝すべきだ」

「君が国家のために何かすることはできないだろうが、ばかげたことを言ってわれわれの国を中傷してはならない」

 しかめ面で話すイェルケンさんの本当の怒りの矛先が、ハリマトさんではなく、中国当局であったことは言うまでもない。

 こうした「台詞」が強制的に言わされているというのは明らかだったため、少なくとも家族が無事であることが確認できただけでもハリマトさんにとっては喜ばしいことだった。自分がウイグル問題について証言することで、かえって家族の命を守ることができるのではないか。そう感じ、今後の活動への希望も持てたという。

奪われるウイグル人のアイデンティティ

 ハリマトさんはこの3月上旬に新店舗をオープンする予定だ。国営放送で兄や妹の姿を見て以来、彼らの安否は確認できていない。ハリマトさんの妻の家族や親族3人も収容所に入れられていたことが分かっており、いずれも解放されたと聞かされたものの、その後どこにいるのか、今果たして無事なのかは明らかになっていない。

 今この瞬間にも拘束され拷問を受けているかもしれない、けれど自分が表に出ることで家族を助けられるかもしれない――そんな葛藤を抱えたまま、明るい店主として日々を過ごしている。

「考えてみてほしい。自分の家族や愛する人、友人たちが捕まって虐殺されたりしたら、ただ謝られただけで許せるだろうか。(収容所には)200万もの人が収容されていると言われるが、その人たちの家族を含めると、この問題で苦しむ人は何千万に上る。現地の家族が一番辛いのは当然だが、外にいるわれわれも非常に苦しい」

 ハリマトさんは真剣な表情でそう問いかけると、こう語気を強めた。

「国民への拷問や強制不妊手術などは犯罪行為なのだから国際裁判にかけるべきだ」

「もともと私は(ウイグル族の)独立派ではなかったが、政府が国民を虐待している状況を見ると、政府がウイグル人を国民とみなしているとは思えない。独立か、あるいは共産党の退陣しか問題解決の道はないように思う」

 現在2人の子どもたちは千葉県内の学校に通っているが、月に2回ほど地域や小学校の協力でウイグル語を学んでいる。またハリマトさんら在日ウイグル人が開いた教室では、伝統音楽や衣装などを子どもたちに紹介している。中国ではウイグル語を話すことも、伝統衣装を身につけることも禁じられているため、国外に出たウイグル人らによって文化を継承していくほかないのだという。

 前出のアフメット氏は、「収容所の中でも外でも、ウイグル人のアイデンティティは奪われてしまった」と述べている。拘束されれば、ウイグル人であることを謝罪して共産党への忠誠を誓わなければならない。それを拒否すれば、辛い拷問が待っている。「共産党の政策は、ウイグル人を物理的にも精神的にも殺したのと同然だ」

 ウイグル人に対する弾圧をめぐっては、米国をはじめとする各国から制裁の動きが広まっている。米国では、2020年6月にウイグル人権法が、21年末にはウイグル強制労働防止法が成立した。また、英国の独立民衆法廷「ウイグル法廷」は2021年12月、ウイグル族らへのジェノサイドや人道的な罪、拷問が行われていると認定した。日本でも昨年12月、「新疆ウイグル等における深刻な人権状況に対する決議」が参議院で採択されたが、現時点では対中制裁を科す等の対応には踏み切っていない。

 ハリマトさんはこう言う。

「1人でも多くの人にウイグル問題について知ってもらって、国際社会から中国に圧力を掛けることが重要だ」 

 取材したすべてのウイグル人らが必ず訴えかけてくることだった。家族が標的・犠牲となるのを覚悟の上で証言するウイグル人らの声を無駄にしないためにも、この問題をより広く知らせることが第一だと私も感じる。

 

カテゴリ: 政治 社会
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執筆者プロフィール
鈴木美優(すずきみゆ) ジャーナリスト。1990年生まれ。横浜市立大学卒業。在学中から執筆活動を始める。2013年以降は内戦下のシリア・イラクのほか、国内の難民問題や香港の民主化デモなどを取材。
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