宇宙とサイバーに集中投資――NATO防衛費負担の“劣等生”ルクセンブルクの戦略的価値
ルクセンブルクというヨーロッパの小国が一人あたりのGDP(国内総生産)で世界一であるという事実は比較的よく知られていると思うが、日本との二国間関係においては、両国の天皇家と大公家が友好関係にあるということ以外、あまり馴染みのある国とは言えないだろう。しかし、ルクセンブルクの戦略的価値を知ることは、日本の安全保障戦略を考察する上で示唆に富んでいる。
以下では、まず地政学的背景からルクセンブルクを紹介し、陸海空という伝統的な戦闘領域からの視点、そして宇宙・サイバー空間を含む総合的戦闘領域からの視点で同国を分析する。ルクセンブルク–米国の二国間軍事協力の進展に焦点を当て、最後に日本の外交力の弱点とチャンスを検討する。
ルクセンブルクの地政学的背景
神奈川県とほぼ同じ大きさのルクセンブルクは、ドイツの重工業地帯ルール地方のすぐ南に位置する。世界最大級の鉄鋼メーカー、アルセロール・ミッタルの本拠地はルクセンブルクであり、鉄鋼業中心の産業構造がこの国のバックボーンである。第二次世界大戦後、ドイツ・ルール地方の重工業を多国間で管理するために欧州石炭鉄鋼共同体が設立されたが、ルクセンブルクはその堂々たる原加盟国である。この共同体が紆余曲折を経て、現在の欧州連合になったことは周知の通りだ。
EU(欧州連合)といえば本部があるベルギーのブリュッセルを思い浮かべるかもしれない。しかしEUという巨大機構はブリュッセルに加え、フランスのストラスブール、そしてルクセンブルクの3都市によって支えられている。ルクセンブルクには欧州司法裁判所があり、欧州議会の事務局の一部もある。鉄鋼業中心の産業から金融センターへと進化したルクセンブルクにふさわしく、欧州投資銀行や2008年金融危機を発端として設立された欧州安定メカニズムもここにある。
NATO(北大西洋条約機構)についても、本部があるブリュッセルに目が行きがちだが、ルクセンブルクには防衛装備の国際標準化を管理するNSPA(NATO支援調達庁)がある。NATOには防衛装備品等を共通の規格、言語で管理するNATOカタログ制度が存在し、日本は9年を費やしやっと同制度のTier2国(自国製の装備品等にNATO共通番号を付与できる)になった。そこで日本の防衛装備庁のカウンターパート機関となるのがこのNSPAである。
ヨーロッパの加盟国間を出入国管理なく移動できるようにした枠組みであるシェンゲン協定も、ルクセンブルク南部のシェンゲンという町に由来する。実際の調印式はシェンゲンに近い、独仏ルクセンブルクの3国にまたがって流れるモーゼル川のクルーズ船上で行われた。人の移動の自由を実現させた同協定を、どこの国にも属さない船上で調印することで演出した。
ルクセンブルクはこのように、小国ながら様々な機関を国に置き国益に資する情報を得て、上手に知恵を使って常に優位性を保つスマートな国である。
陸海空という伝統的な戦闘領域の視点から見たルクセンブルク
とはいえ、内陸国であるルクセンブルクの軍隊は陸軍のみ、人員もたった900人という超ミニ軍隊である。国内に国防大学もないので、将校候補者は隣国ベルギーの防衛大学に入る。一人当たりGDPが世界一にもかかわらず、GDP比0.62%しか防衛費に充てておらず(2022年データ)、GDPの2%を防衛費に充てるというNATOの目標からすると、一番裕福なのに一番の劣等生である。ルクセンブルク軍が所有する唯一の軍用輸送機A400Mも隣国ベルギーの空軍基地に駐留させている。また防衛大臣はいるものの、ルクセンブルク防衛庁は外務省の一部であり、独立した省ではない。2013年の欧州外交評議会のレポートでは、ルクセンブルクはベルギーやその他数カ国と並んで、安全保障戦略らしきものさえない「戦略性に欠けた国」とレッテルを貼られていた。
宇宙・サイバー空間を含む総合的戦闘領域からの視点
しかしルクセンブルクの戦略的価値は、陸海空の伝統的領域だけでは測れない。宇宙・サイバーといった新領域で国家としての戦略的不可欠性を確保しているからである。
ルクセンブルクは2017年に初の国家安全保障ガイドラインを策定した。この背景には2014年のロシアによるクリミア併合があった。
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