再浮上した「強いロシア」と「弱いロシア」のジレンマ

執筆者:鶴岡路人 2023年7月7日
エリア: ヨーロッパ
反乱の最中、アメリカ政府はロシアの疑心暗鬼を解くために様々なレベルでメッセージを送ったという[2023年6月27日、事件の鎮圧に参加した治安部隊に対する演説に臨むプーチン大統領=モスクワ・クレムリン(大統領府)](C)EPA=時事/SPUTNIK
プリゴジンの反乱はプーチン体制の脆弱性を示すと同時に、核兵器大国ロシアの不安定化が大きなリスクであることも改めて国際社会に意識させた。プーチン後の指導者がプーチンよりもマシだとは限らない。しかし、そうした言説がプーチン政権による「弱者の恫喝」を後押しする恐れもある。この問題をめぐる米欧の言説の変化は丹念に追い続ける必要がある。

 

 6月23日から24日にかけての、傭兵組織ワグネルを率いるエフゲニー・プリゴジンによるロシアでの反乱は、世界の注目を集め、衝撃も大きかった。盤石に見えたロシアの体制が実際には脆弱性を抱えていることが露呈したのである。ウラジーミル・プーチン大統領は、24日朝の演説でこの反乱を裏切りであると厳しく非難し、1917年のロシア革命による内戦にまで言及し、結束の必要性を訴えた。極めて強い危機感を示したのである。

 反乱部隊は首都モスクワまで200キロの地点にまで迫ったが、24日のうちにプリゴジンは進軍を止め、反乱は1日で沈静化することになった。プリゴジンは隣国ベラルーシに出国したとされたが、その真偽や最終的な扱いはいまだに不明確で、今回の反乱が今後のプーチン体制やロシアによるウクライナ侵攻に関してどのような中長期的影響を有するかについても、まだ分からない部分が多い。

 しかし、実際にプーチン体制が弱体化するか否かに関わらず、今回の出来事により、他の諸国にとってのジレンマが再浮上した。それは、「強いロシア」と「弱いロシア」のどちらをより懸念すべきかという問題である。米欧の指導者は、ウクライナ支援を続け、ウクライナの勝利やロシアの敗北を目指すと公言してきたものの、突如として不安定化したロシアに直面し、戸惑うことになった。この事実は、ウクライナによる反転攻勢やその先の和平のあり方を考えるうえでも示唆的である。

「弱いロシア」の懸念

 ウクライナ侵攻を終わらせる、ないしロシア軍をウクライナ領から追い出す観点では、「強いロシア」では困る。強いとは、直接的には軍事力だが、国家としての強靭性ということでもある。それを支えるのは強い指導者だ。ロシアをこの戦争の敗北に追い込むためには「弱いロシア」にする必要がある。これが、ウクライナ支援の先にみえていたはずの目的だった。

 プリゴジンの反乱は短命に終わったものの、プーチン体制の弱さが露呈したのであれば、ウクライナにとっても、また同国を支援する諸国にとっても、よいニュースだったに違いない。反乱自体は短時間で収まったために、ウクライナの前線で戦況にはほぼ影響がなかったといわれているが、プーチン政権中枢やロシア軍の内部で混乱が続けば、それはウクライナでのロシア軍による戦闘にも影響をおよぼす可能性がある。これを期待する声は米欧諸国では根強く存在する。

 他方、今回の反乱は、ロシアの不安定化が大きなリスクであり、懸念すべき事態であることも、国際社会に改めて示すことになった。それは、ロシアが巨大な国家であることと同時に、何よりもロシアが核兵器大国だからだ。中央政府の支配が崩壊するような状況になったときに、国際的に最も懸念しなければならないのは核兵器の管理である。……

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カテゴリ: 軍事・防衛
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執筆者プロフィール
鶴岡路人(つるおかみちと) 慶應義塾大学総合政策学部准教授、戦略構想センター・副センター長 1975年東京生まれ。専門は現代欧州政治、国際安全保障など。慶應義塾大学法学部卒業後、同大学院法学研究科、米ジョージタウン大学を経て、英ロンドン大学キングス・カレッジで博士号取得(PhD in War Studies)。在ベルギー日本大使館専門調査員(NATO担当)、米ジャーマン・マーシャル基金(GMF)研究員、防衛省防衛研究所主任研究官、防衛省防衛政策局国際政策課部員、英王立防衛・安全保障研究所(RUSI)訪問研究員などを歴任。著書に『EU離脱――イギリスとヨーロッパの地殻変動』(ちくま新書、2020年)、『欧州戦争としてのウクライナ侵攻』(新潮選書、2023年)など。
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