蔡英文と頼清徳が昭恵夫人を異例の歓待、台湾で銅像が建った「安倍晋三元首相」

執筆者:広橋賢蔵 2023年8月6日
タグ: 台湾 安倍晋三
エリア: アジア
高雄にある安倍氏の銅像前で記念撮影する昭恵夫人一行  写真・張吉雄氏提供
台湾では故・安倍晋三元首相に好意的な世論が強く、南部の高雄市には没後3カ月足らずで銅像まで建てられた。一周忌を終え訪台した昭恵夫人を、蔡英文総統と頼清徳副総統が歓待した背景には、来年1月の総統選を見据えて有権者に日本との友好関係をアピールする狙いもありそうだ。

「日本人以上に悲しんでくれた方もいたと思います。今後も台湾の方とは仲よくしていきたいです。謝謝(シェシェ)」

 安倍昭恵夫人(61)はこう言って、4日間(7月17日~20日)の慌ただしかった台湾訪問の最後の夜をしめくくった。

 台湾到着翌日の7月18日、高雄に昨年設置された故・安倍晋三元首相の等身大の銅像に献花し、台南で開催されていた安倍晋三写真展を参観。3日目の19日は台北市郊外にある李登輝元総統の墓参をした後に台北の総統府を訪れ、蔡英文総統(66)と面会を果たした。夜には、来年1月の総統選挙に立候補している頼清徳副総統(63)も参加する記念音楽会で、冒頭のようなスピーチを行った。

「私人」である昭恵夫人を総統自ら異例の歓待

 台湾メディアは、夫の没後1年の節目に訪台した昭恵夫人の動向を好意的に報じた。

 今回の訪台で昭恵夫人が強く希望していたのが、2020年にこの世を去り、この7月30日で3周忌となる李登輝元総統の墓参りだった。今年は生誕100周年にもあたり、新北市五指山軍人墓地にある李元総統の墓に参ることは安倍元首相の生前の願いだったという。

 1990年代、台湾を本格的な民主化に導く立役者となった李元総統を、若手議員時代の安倍晋三氏は師と仰ぎ、日華議員懇談会(日本と国交のない中華民国との関係強化を目的とした超党派の議員連盟)を通じた台湾訪問の際などにも直接面談し、世界情勢について語り合っている。アジア太平洋にどのように平和をもたらすべきか、戦略も含めて李氏から多くを学んだという。

 19日の午前に李元総統の墓前に立った昭恵夫人は「2人(安倍元首相と李氏)には、日台関係のため(空の)上から一緒に仕事をしていただけるのではないかと願っている」と語った。

歓迎の記念音楽会で昭恵夫人の隣に座った頼清徳副総統  筆者撮影

 同日午後に台北の総統府を訪れた昭恵夫人は蔡英文総統とも面会、蔡総統は「(安倍氏が)台湾へのコロナワクチン寄付に奔走、中国から輸出禁止措置を受けた台湾パイナップルの日本輸入を後押ししたことなど、台湾への誠意を我々はみな覚えている。そして『台湾有事は日本有事』と訴え続けた安倍氏の努力を通じ、台湾と日本の交流はより緊密になった。安倍氏がこれまで日台関係のために取り組んできたことは、今後、両政府、そして民間の人々によって継承され、より多くの成果をもたらすと信じている」と、昭恵夫人を相手に最大級の賛辞を述べている。

没後3カ月、民間の募金で銅像を建立

 故・安倍氏ほど、日本国内と国外で評価の分かれる政治家は少ない。特に台湾では「アンペイ(台湾華語での安倍の読み方)」と親しみをもって呼ばれ、マイナスイメージを口にする台湾人は稀だ。今回の昭恵夫人の台湾訪問を機に、台湾での安倍氏人気の背景を探ってみた。

 あの悲惨な銃撃事件があった昨年7月8日の翌日から、台北の日本台湾交流協会(日本大使館にあたる)前には献花があふれた。安倍氏の死を悼む人々が自然と集まったのだった。続いて8月20日には台北市内の大ホールで民間主催の追悼記念コンサートが開催され、9月24日には、南部高雄市の紅毛港保安堂に等身大の安倍氏の銅像が建立された。

 日本においてさえ、安倍晋三氏の銅像が建てられたとの話は聞かない。没後3カ月を待たずして、どうして南部台湾の廟に像が現れたのだろうか。

 この紅毛港保安堂は、太平洋戦争でバシー海峡に沈んだ旧日本海軍の第38号哨戒艇を祀っている。廟内にはその38号艇の模型が「御神体」のごとく飾られている、風変わりな廟である。

 紅毛港保安堂の責任者、張吉雄氏によると、安倍氏が死去した翌日、追悼会場を設置した。その後、有志から寄付を募って、集まった資金で銅像を造り始めたのだという。高さは生前の安倍氏の身長と同じ175cm、台座には「台湾永遠的朋友(台湾の永遠の友)」と刻まれた。

製作途中の安倍晋三像  写真・張吉雄氏提供
 

台湾各地で祀られる旧日本軍人

 実は、台湾各地には日本統治時代の軍人を祀る廟が少なくない。台湾沖航空戦で戦死した操縦士の杉浦茂峰海軍少尉を祀る台南の「飛虎将軍廟」や、台北県知事も務めた田中綱常海軍少将を祀る屏東県枋寮郷の「東龍宮」などが有名だ。

この記事だけをYahoo!ニュースで読む>>
カテゴリ: 政治
フォーサイト最新記事のお知らせを受け取れます。
執筆者プロフィール
広橋賢蔵(ひろはしけんぞう) 台湾在住ライター。台湾観光案内ブログ『歩く台北』編集者。近著に『台湾の秘湯迷走旅』(共著、双葉文庫)など。
  • 24時間
  • 1週間
  • f
back to top