台湾有事「巻き込まれ防止論」という日本の限界(上)――想定すべきは「併合」の阻止

執筆者:加藤洋一 2023年3月14日
タグ: 台湾 中国 日本
エリア: アジア
中国が台湾を併合すれば、台湾島自体を大規模に軍事化することが想定される[2022年8月4日、ペロシ米下院議長の台湾訪問を受けての軍事演習を控え、台湾に近接する福建省平潭島を飛行する中国軍のヘリコプター](C)AFP=時事
中国が武力侵攻した場合、台湾市民の過半は自衛隊が来援してくれると考えている。そして実際、台湾が中国の手に落ちて日本が被る巨大な被害、悪影響に鑑みれば、これを単に「誤解」と切り捨てることもできないはずだ。有事は物理的(kinetic)な武力行使の伴わない、いわゆるグレーゾーンでも進みうる。いま日本に必要なのは、戦火に「巻き込まれないため」「巻き込まれた時の被害を最小化するため」の議論以上に、日米台の連携によって「併合」そのものを阻止する能動的な構想と行動だ。 (下)はこちらからお読みになれます

 ここのところ日本の新聞や雑誌を見ていると、「台湾有事」という文字が見当たらない日はほとんどない。実際に有事が起きた場合、日本はどうすれば良いのか、というシミュレーションもいろいろな研究機関などによって頻繁に行われている。

 筆者は、最近、台湾での研究生活を終えて帰って来たが、台湾での報道ぶりと比べても、日本での「台湾有事」の盛り上がりは著しい。またその議論の中身も特異で違和感を感じる。

 そうした議論のほとんどは、台湾をどう防衛するか、ではなく、日本が台湾有事に巻き込まれないためにはどうしたら良よいか。あるいは、万が一巻き込まれても、被害を最小限に食い止めるのには、どうしたら良いか、という点に焦点が絞られている しかし、それで本当に充分なのだろうかという疑問を感じるのだ。そうしたアプローチで、日本の自由と安全、繁栄といった国益は守れるのだろうか。

日本に欠けている「戦略目標」論

 一般論として、戦争に向けた準備をするには、まず、「戦略目標」を立てなければならない。何を達成すべき目標とするかだ。台湾有事に関していえば、日本は要するに 台湾を最終的にどうしたいと思っているのか、ということだ。武力侵攻の日本への波及を防ぎさえすればそれで良いのか。もし、台湾が中国に「統一」されてしまっても仕方ないと、はなから諦めるのかだ。その点について、突き詰めた議論は、政府内、国会でも見られない。日本の台湾有事論は、いわば、何となくの「巻き込まれ防止」論に見える

 戦略目標を立てたら、次にそれを達成するための「方法と手段」を考えるという段取りになる。そこで初めて、有事シミュレーションで取り上げているような、自衛隊をどう関与させるか、米軍との協力をどの程度まで、どう実施するのか、という話になる。今、国会で盛んに議論されている「反撃能力」もこうした 「方法と手段」の一つだ。

 最終的には、台湾との連携、協力をどうするかを考えなければならないはずだが、日本の議論でこの部分は決定的に欠けている。日本政府の定める、台湾との関係の枠組みが、「非政府間の実務関係」に限定されているからだ1。防衛省・自衛隊は、台湾との連携を表立って検討することもできない。その結果、日本での議論は「台湾不在の台湾有事論」となってしまっている2

 日本で現在進められている台湾有事論は、肝心の「目標」をきちんと設定することなく、台湾との連携もなしに、「方法と手段」だけを議論しているというのが実態だ。いわゆる「事態認定」や、反撃能力も、最終的に台湾でどのような状況(“end-state”)を生み出すために使おうとしているのか、それが明らかになっていない。こうした、いびつな議論の立て方は、当然、さまざまな弊害を招く。

「台湾不在」の弊害

 まず、台湾と日本との間で、大きな期待のギャップを生んでしまっている。日本は台湾を防衛するとは言っていないのに、台湾側の世論の多くは、有事になれば自衛隊が駆けつけてくれて、防衛を手伝ってくれるものと思っている。

 2021年11月に、台湾の民間シンクタンク、台湾民意基金会が公表した世論調査によると 中国が台湾に武力侵攻した場合を想定し「日本は出兵して台湾防衛に協力するか」と質問すると、回答した台湾市民のうち58.0%が「見込みがある」と答えたという。「見込みは無い」は35.2%だった3

 ちなみに 台湾でのこの種の世論調査の中には、日本の出兵に対する期待が、米国に対する期待を上回る結果が出たものもある。一方で、日本での世論調査では……

カテゴリ: 軍事・防衛
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執筆者プロフィール
加藤洋一(かとうよういち) 早稲田大学アジア太平洋研究センター特別センター員、米戦略国際問題研究所(CSIS)非常勤研究員。 1956年東京都生まれ。東京外国語大学卒業、米国タフツ大学フレッチャー・スクール修士課程修了。2015年まで朝日新聞記者。この間、CSIS、米国防大学、北京大学で客員研究員。2021年1月から2年間、台湾国防部傘下の國防安全研究院で客員研究員。その間の論文に、”How should Taiwan, Japan, and the United States cooperate better on defense of Taiwan?” (The Brookings Institution)。共著に『現代日本の地政学 – 13のリスクと地経学の時代』がある。
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