オペレーションF[フォース] (30)

連載小説 オペレーションF[フォース] 第30回

執筆者:真山仁 2023年9月16日
タグ: 日本
エリア: その他
(C)時事[写真はイメージです]
国家存続を賭けて、予算半減という不可能なミッションに挑んだ「オペレーションZ」。あの挫折から5年、新たな闘いが今、始まる。防衛予算倍増と財政再建――不可避かつ矛盾する2つが両立する道はあるのか? 目前の危機に立ち向かう者たちを描くリアルタイム社会派小説!

【前回まで】対馬沖で起きた地元漁船と台湾海軍潜水艦の衝突事故。防衛大臣の舩井は護衛艦「みずほ」の出動を主張した。官邸に現れた米軍の基地司令も自衛隊の軍事行動を要求する。

 

Episode4 カナリア

 

2(承前)

 結局、物別れの状態で話し合いは終った。部屋から引き上げる上官を見送っていた磯部に、バーンズが声をかけてきた。

「セージ、それにしても、もう少し、別の対応の仕方があったんじゃないのかな?」

 親日派であるし、中国との関係も、平和維持を基本姿勢にしているバーンズとは思えない発言だった。

「そうかな? 私としては、官邸まで基地司令が乗り込んでくること自体に、違和感があったけど」

 アメリカ留学時代からの友人でもあるバーンズは、磯部にとって、気を遣わずに話せる相手である。

 無論、バーンズの所属が、国防情報局(DIA)であるのも知っている。

「私が言いたいのも、まさにそこだよ。わざわざ基地司令が官邸まで足を運んだのに、木で鼻を括ったような対応は、失礼だろう?」

「官房長官に加え、防衛事務次官と外務省の審議官が対応したんだよ。十分に礼は尽くしている」

 外交とは、常に対等であるべきだ。

 今回は、在日米国海軍のトップが来訪したと言っても、作戦指揮権を持たない少将なのだから、れっきとした格上が対応したのだ。

「舩井大臣からは、何も聞いていないのか」

 話が見えなくなった。

「何もって? どういうことだ?」

「そうか、だからか。実は、クライトン司令と舩井さんは、先月、非公式で会っているんだ」

 初めて聞く。

 大臣官房に所属している磯部は、大臣のスケジュールは、すべて把握している。先月に、そんな重要な会合があった記憶はない。

「内密で会ったらしい。で、その席上、中国軍が国境侵犯した暁には、自衛隊はアメリカの先兵として空母『みずほ』以下を派遣するとおっしゃったらしいぞ」

 総理執務室で、唐突に大臣が護衛艦の出動を主張した理由を理解した。

「それも初めて聞く話だよ。それに、『みずほ』が空母ではなく護衛艦なのは、アンディだって分かっているだろう。しかも、艦載機となるF-35Bは、我が国は発注しているだけで、現実にはまだ1機も保有していない。いわば丸腰の「みずほ」が出動しても何の役にも立たない」

「『みずほ』の出動はともかく、ここで海自が出張ってくれれば、中国海軍に対して良い牽制になったと思わないか」

「思わないね。そんなことをしたら、中国を本気にさせるだけだ。いいかアンディ、日中関係は、悪化していない。両国が戦争で衝突するだろうなどと本気で考えている国民は、皆無だ」

 この程度のことは、バーンズはすべて承知していると思った。

「そうか……。どうやら我々は、貴国を見誤っているようだ。総理は操りやすく、防衛大臣は愚かだ。だから、何でも言うことを聞いてくれると――」

 国際社会の中にあって、日本という国は、ホンネが読みにくい国だ、と言われている。

 例えば、内閣総理大臣は絶大な権限を有しているが、総理だけでは、何も決定できない。また、安全保障についても、防衛大臣にほとんど権限はない――。

 だが、それを外国政府が理解するのは至難の業のようだ。

 バーンズほど明晰な分析力と日本への知見を有していても、こんな勘違いをするのだ。

「セージ、これは我々の勘違いでした、では済まないんだ。知っての通り、作戦指揮権はホノルルのインド太平洋軍司令官が有している。つまり、クライトン司令は、独断で官邸を訪問したわけじゃないんだ」

 ようやくバーンズの抗議の意味を理解した。

「つまり、ホノルルの司令官が、海自に出動せよと命じている――。そう言いたいのか」

「実際には、記録には残らないサジェスチョンだがね。だが、司令官としては、防衛大臣の内諾を得ていると理解していたんだ」

 

3

 午前零時を過ぎても、会見は始まらなかった。痺れを切らして帰る者も増えてきた中、草刈はひたすらネットニュースをチェックして待った。

 夕飯の用意をしてくれた母と、息子を風呂に入れてくれた夫に、何度も詫びのメッセージを送りながらも、仕事を切り上げられない己に呆れていた。

 今、中国の動き次第では、まさかの交戦が起きる可能性が高まっている。

 草刈の隣に座る論説委員、美濃部徳彦[みのべとくひこ]は「米軍の動きが慌ただしいようだけど、市ヶ谷は、ちょっとやそっとでは動かないから、安心しなさい」と余裕だ。安全保障のエキスパートが言うのだから、少しは安心できる。

「草刈さん、これヤバイ!」……

カテゴリ: カルチャー
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執筆者プロフィール
真山仁(まやまじん) 1962(昭和37)年、大阪府生まれ。同志社大学法学部政治学科卒業。新聞記者、フリーライターを経て、2004(平成16)年に企業買収の壮絶な舞台裏を描いた『ハゲタカ』で衝撃的なデビューを飾る。同作をはじめとした「ハゲタカ」シリーズはテレビドラマとしてたびたび映像化され、大きな話題を呼んだ。他の作品に『プライド』『黙示』『オペレーションZ』『それでも、陽は昇る』『プリンス』『タイムズ 「未来の分岐点」をどう生きるか』『レインメーカー』『墜落』『タングル 』など多数。
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