インドネシア「鉱物資源」を活かした経済安全保障戦略 

執筆者:森下明子 2023年9月20日
エリア: アジア
インドネシア南スラウェシ州ソロワコにあるPT Vale Indonesia社のニッケル採掘場。同社は国内最大規模のニッケル生産者であり、華友コバルトなど中国企業との合弁会社よる製錬所の建設を進めている[2023年7月28日](C)EPA=時事
東南アジアの地域大国インドネシアは約2.7億の人口を抱え、順調に経済成長を進めている。同国のさらなる経済発展にとって、最大の強みとなるのが豊富な資源だ。とりわけEVバッテリーに使われるニッケルなどの鉱物資源は、海外からの投資を呼び込み、グローバルサプライチェーンへの参画、ひいては自国の安全保障の確保にもつながる。こうした資源外交戦略はインドネシアの長期的トレンドと見て良い。

 インドネシアは石炭やパーム油の輸出大国であり、ほかにも石油・天然ガス、ニッケル、銅、ボーキサイトなど様々な鉱産資源を産出する。しかし今日のインドネシア政府は、かつてのように自国の天然資源を外貨獲得のための重要な一次産品としてのみ捉えているわけではない。現在では、特に鉱物資源を利用して海外からの投資を誘致し、産業を発展させる戦略を取っている。鉱物資源はそのための「原料」であり、また「燃料」でもある。

 こうしたインドネシアの資源政策の転換は、前スシロ・バンバン・ユドヨノ政権期(2004-2014年)に始まった。現在では、ジョコ・ウィドド政権(以下ではジョコウィ政権と呼ぶ)の資源外交における3つの政策基盤を形成している。1つはエネルギー安全保障、すなわちエネルギー資源の安定的な国内供給の確保である。もう1つは新・再生可能エネルギーへの転換である。この2つはインドネシアのエネルギー政策の柱であり、特に化石燃料(石油、天然ガス、石炭)に関する政策の根幹をなす¹。そして3つ目は、鉱物資源の高付加価値化である。インドネシア政府は、ニッケル、ボーキサイト、銅などの鉱物資源の加工産業を強化し、資源輸出国からの脱却と経済発展を目指している。インドネシアの資源政策は、一見すると流動的に見える部分があるかもしれないが、実際にはこの3つの政策柱のいずれかに沿って展開している。2024年2月には新たに大統領が選出されるが、この3本柱が根本的に見直されることはおそらくないだろう。

 そこで本稿では、この3つの政策柱について考察したい。

将来的な枯渇を免れない化石燃料

 インドネシアの資源政策の大前提には、化石燃料の将来的な枯渇と経済発展に伴う国内需要の増大という課題がある。

 かつてインドネシアには豊富な石油・天然ガスがあった。しかし、インドネシアの石油生産は1998年から減産に転じ、2003年には消費が生産を上回る純輸入国となった。天然ガスも2010年以降は既存ガス田の生産量が減退している。石油・天然ガスの増産には新規開発が必要であるが、投資環境や技術的問題、また世界的な脱炭素の流れを受けて上流部門の開発・投資が停滞している。

 他方、石炭については2000年代から生産が急増した。インドネシアに多く埋蔵される石炭化度の低い低品位石炭の買い手として、中国やインドが現れたためである。また国際価格も上昇した。さらに国内でも石炭火力発電所が増設され、燃料である低品位石炭の需要が年々増加している。2021年と2022年のインドネシアの年間石炭生産量はいずれも6億トンを超え、さらに2023年の石炭生産目標は6.9億トンに設定された。

 しかし、このまま増産を続ければ石炭も将来的な枯渇を免れない。インドネシア政府の2018年時点の試算によると、2017年の生産量(4.61億トン)を維持し続けた場合、今後新たな石炭埋蔵量が確認されない限り、インドネシアの石炭は2070年代には枯渇するという²。以下に述べるインドネシアの資源政策の根本には、こうした政府認識がある。

国内における安定供給の確保

 まずはインドネシアの資源政策の3本柱のひとつ、エネルギー安全保障を見ていこう。……

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カテゴリ: 政治 経済・ビジネス
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執筆者プロフィール
森下明子(もりしたあきこ) 立命館大学准教授。専門は東南アジア政治。1977年生まれ。神戸大学国際文化学部卒、京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科修了。日本財団APIフェロー、日本学術振興会特別研究員(PD)、在マレーシア日本国大使館専門調査員、京都大学東南アジア研究所特定研究員、京都大学学術研究支援室リサーチ・アドミニストレーターなどを経て、2018年から現職。著書に『天然資源をめぐる政治と暴力-現代インドネシアの地方政治』(京都大学学術出版会)。
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