インテリジェンス・ナウ

「戦争研究所」は信頼できるか:ネオコンはバイデン政権下で「再起動」

執筆者:春名幹男 2023年9月28日
カテゴリ: 政治 軍事・防衛
「戦争研究所(ISW)」は、ロシア・ウクライナ戦争の戦況を日々レポートしているが(「ISW」HPより)
ウクライナの戦況分析で欧米のクオリティペーパーが頼みにする「戦争研究所(ISW)」は、かつて論客として名を馳せたロバート・ケーガンの一族を筆頭にネオコン人脈が設立と経営に深くかかわっている。ISWの若い研究者たちにとってはイラク戦争時の「情報のクッキング」など歴史上の出来事かもしれないが、ベテランの軍事アナリストらの間ではISWは「ウクライナ軍のパフォーマンスに過度に楽観的だ」との批判もある。メディアは過去の教訓を忘れるべきではないだろう。

 古今東西を問わず戦争報道は困難を伴い、往々にして真実が犠牲になる。20年前、ジョージ・ブッシュ(子)米政権はインテリジェンスをねじ曲げて、イラク戦争へと扇動した。

 当時ブッシュ大統領は自ら、開戦の約半年前に「イラクが生物・化学兵器をテロ組織に渡す恐れ」があると煽り、約6週間前の2003年2月5日の国連安全保障理事会でコリン・パウエル国務長官は、「イラクは移動式の生物兵器製造装置を開発した」とイラク攻撃を正当化した。

 またドナルド・ラムズフェルド国防長官は、イラク情報機関員と米中枢同時多発テロの犯人が接触していたと主張した。

 詳細は後述するが、いずれも事実ではなかった。だがこれらの情報の効果は大きく、「サダム・フセイン・イラク大統領は同時テロに関与した」とみる米国民は約70%に達した。

 偽情報を扇動したのは、ブッシュ政権内の「ネオコンサーバティブ(新保守主義者、略称ネオコン)」のグループだ。

 今、ロシアのウクライナ侵攻に関する報道で、「クオリティペーパー」と呼ばれる欧米の新聞や英国の『BBC』などがほぼ毎日伝えているのは米国のシンクタンク「戦争研究所(ISW)」の情報や戦況地図だ。

 だがISWを運営しているのがネオコンであることはほとんど報道されない。果たして、行方が見えないウクライナの戦況情報をISWに依存していいのだろうか。ISWの作業状況も見てみたい。

公開情報で作成する戦況地図

「ウクライナ戦争の地図を作成するワシントンの神童たち」という見出しで、米首都ワシントンの中心部にあるISWのオフィスを訪ね、その仕事ぶりを伝えたのは米外交誌『フォーリン・ポリシー』電子版だ。

 最も注目されているのは、ISWが刻々と変化する戦況地図を毎日ほぼリアルタイムで伝えていること。担当の「地理空間情報チーム」を率いるジョージ・バロス氏は26歳。スタッフの多くはロシアが最初にウクライナを攻撃した2014年当時、まだハイスクールも出ていなかった若者たちだ。

 彼らが利用するのは公開情報(OSINT)。調査報道機関「ベリングキャット」が開発した技法を利用しているようだ。画像や川のうねりの形状、戦車のマークなどに加えて、米航空宇宙局(NASA)がリアルタイムで伝える世界の火災地図や商業的に販売されている衛星画像から地域の軍事情勢を判断するという。彼ら若者の強みはIT関係の知識だ。

 米情報機関の一角を占める国家地理空間情報局(NGA)のロバート・シャープ元局長は「機密情報が得られなくてもウクライナの戦術的、戦略的状況の深い理解を可能にする」とISWの仕事ぶりを評価している。

 もちろん間違うこともある。今年5月にクレムリンがドローン攻撃を受けた際、ISWの日刊レポートは、ロシア当局がウクライナによる工作に偽装して「偽旗工作」を仕掛けた可能性があるとの憶測を伝えた。『ニューヨーク・タイムズ』によると、米情報当局はウクライナ特殊部隊か情報機関の工作との暫定的な評価をしており、SNSには「ISWは無責任」との投稿もあったという。

 またベテランの軍事アナリストらの間では「ウクライナ軍のパフォーマンスに過度に楽観的だ」との批判もある。

 いずれにしても、大学を卒業したばかりの若手スタッフはブッシュ政権時代のネオコンとは年齢が離れ、当時のインテリジェンス歪曲とは無関係で、彼らの戦況地図やレポートが受け入れられやすい一因となっているようだ。

軍需産業が大口拠出

 ISWは2007年、イラクおよびアフガニスタンの戦闘が膠着状態に陥ったのに対して、大手軍需企業が中心になって資金を拠出し、設立された。

 理事長のキンバリー・ケーガン氏は夫フレデリック氏と同じくエール大学大学院で博士号を取得した。夫はロシア、妻はギリシャ・ローマ帝国のいずれも軍事史が専門。ただ夫は2005年に同じネオコン系シンクタンク「アメリカン・エンタープライズ研究所」入りした。

 他方妻は2008年、イラク多国籍軍司令部などで戦闘評価チームの一員として勤務。2010年にデビッド・ペトレアス大将がアフガニスタン国際治安支援部隊(ISAF)司令官として着任すると、夫妻は事実上の上級補佐官の扱いを受けて、トップシークレットの機密情報を扱う「セキュリティ・クリアランス」を取得、戦況レポートを提出して、議会共和党の強い支持を集めた。

 同時に、ペトレアス将軍との緊密な関係を評価されて、軍需企業からISWへの拠出額が増えたと言われる。

 ISWの現在の理事には、ペトレアス元大将のほか、著名なネオコンの論客ウィリアム・クリストル氏らが名を連ねている。

「戦争パーティ」が復活か

 ネオコンは、親子、兄弟の絆で思想的連帯を維持する傾向がある。彼らはほとんどがユダヤ系で、反共・反イスラム教過激派。米国のリーダーシップで民主主義を拡大し、軍事力行使を躊躇しないというタカ派の思想だ。

 ケーガン一族の場合も、フレデリック氏の兄、ロバート・ケーガン氏は現在ブルッキングズ研究所の上級研究員で、その妻ビクトリア・ヌーランド氏は現職の国務次官。この夫婦4人は現在のネオコン派のリーダー格となっている。

 さらに、バイデン大統領は7月29日、ヌーランド氏を次官在任のまま「国務副長官代行」を兼任させる異例の人事を発表した。これで彼女は事実上の国務省ナンバー2となる。

 彼女は共和党のブッシュ政権時代、ディック・チェイニー副大統領の外交担当副補佐官として、「イラク」をめぐる「大量破壊兵器情報」から「戦争」に至るまで、重要な役割を演じたと言われる。そして民主党のバラク・オバマ政権ではウクライナの「マイダン(広場)革命」からロシアのクリミア半島併合に至るまでの混乱期に国務次官補(欧州・ユーラシア担当)として辣腕を振るった。

 バイデン政権では、これまで対ウクライナ支援に最も深く関与してきた彼女の権限がさらに強化されることになる。

 こうした動きについてリベラル系誌『ネーション』は「戦争パーティの復活」と批判した。また、政治情報サイト『ポリティコ』は外交タカ派の「再生」、リベラル系誌『ニュー・リパブリック』電子版は介入主義の「再起動」と指摘した。まさに民主主義を掲げて軍事力行使を躊躇せず、介入を主張するのがネオコンだ。

 これまでネオコンは、バイデン政権の強力なウクライナ支援にも乗ってきた。しかし、来年の米大統領選挙に向けて、野党共和党はウクライナ支援の継続にやや消極的になっており、バイデン政権としてもウクライナ・ロシア間の停戦交渉を探る必要性が高まる可能性がある。要職に就いたヌーランド氏も難しい対応を迫られるだろう。

 ヌーランド氏の上司のアントニー・ブリンケン国務長官は過去にネオコンとの近さが指摘されたことがあり、ロバート・ケーガン氏との関係も近い。ブリンケン氏とロバート・ケーガン氏は、2019年には「積極外交と軍事的抑止力」の強化を主張する小論を『ワシントン・ポスト』に連名で寄稿している。

 反対に、反ネオコン・リベラル派の動きは鈍い。リベラルで知られるジェフリー・サックス・コロンビア大学教授は、一時ウクライナ軍の反撃が行き詰まった昨年6月、「ウクライナはネオコンの最新の失敗」などとする小論をブログに掲載したが、反響は大きくない。

「カーブボール」のウソ

 だが約20年前のイラク戦争開戦は明らかにネオコンの大失敗だった。

 ロシアのウクライナ侵攻を「拙劣なインテリジェンス」を基に始めた戦争とすれば、米国のイラク戦争は「歪曲したインテリジェンス」を利用した戦争だったと言えるだろう。

 ブッシュ政権はイラク戦争開戦を正当化するカードに2件の情報を使った。

 第1にイラクによる「移動式生物兵器製造装置」の開発、第2にイラク情報機関と米中枢同時多発テロ犯人との接触だ。

 第1の情報源はコード名「カーブボール」という亡命イラク人エンジニアで、ドイツの難民収容所でドイツ連邦情報局(BND)への情報提供者となり、移動式生物兵器製造装置の開発にかかわったと証言。その情報は米国にも伝えられた。

 しかし2002年2月頃には、BNDから米中央情報局(CIA)にカーブボール情報の信憑性に対する疑問が伝えられていた。パウエル演説の前夜、ジョージ・テネットCIA長官(当時)に幹部から「情報源の問題」が伝えられたが、長官は演説草稿を手直ししなかった。

 第2の情報源は、チェコの情報機関「チェコ治安情報局(BIS)」の協力者で、イラク外交官のアハマド・アル・アニ氏という人物。アニ氏によると、2001年4月9日に在チェコ・イラク大使館で、米中枢同時多発テロの犯人の1人モハメド・アッタ容疑者がイラク情報機関員と接触したのを「目撃した」というのだ。

 しかしその5日前の4月4日、アッタの姿は米バージニア州バージニアビーチ、同11日フロリダ州コーラルスプリングスでいずれも銀行の監視カメラに写っていた。その間彼が米国から出国した形跡はなかった。また、アニ氏は4月8~9日にプラハから離れていたことが確認された。

情報を「クッキング」

 これらいずれの情報も、イラク戦争の開戦前にCIAが得た情報で否定されたにもかかわらず、イラクによる「大量破壊兵器開発」と「米中枢同時テロはイラクの仕業」といったプロパガンダ情報は修正されなかった。

 強硬派のチェイニー副大統領とラムズフェルド長官自身はネオコンではなかったが、イラク戦争に向けてブッシュ大統領やテネットCIA長官を抱き込み、情報を歪め、国内政治対策を強化していった。その結果、ヒラリー・クリントン上院議員らもイラク戦争に賛成した。

 国防総省内では、ポール・ウォルフォウィッツ副長官やダグラス・ファイス次官らネオコン派は長官の庇護を受けて、ひそかにいわゆる「情報のクッキング(料理)」を進めた。

 2002年8月にはファイス次官が情報担当の部下とともにCIA本部に乗り込み、テネット長官らCIA幹部に対して、異例のイラクに関する情報ブリーフィングを行った。

 それまでCIAは、イラクとテロ組織の関係に関する情報分析を3件まとめていた。だがそれらの結論はタカ派の次官らが満足する内容ではなかった。

「CIAのリポートはイラクと国際テロ組織アルカイダの関係について多くの証拠を挙げていた。だが、分析の過程で元々の情報を疑い、矛盾した結論を出していた」と、次官の部下は上院情報特別委員会で証言した。

 このため同次官の下に「反テロ政策評価グループ」というオフィスを立ち上げ、CIAが入手した情報を逐一見直し、イラク戦争の正当化に利用した。これが主戦派の「情報細胞」になったと、同次官自身が後に上院情報特別委員会で証言した。

副大統領補佐官の恩赦拒否

 ネオコンのルイス・リビー副大統領補佐官は、別件のCIA工作員名漏洩事件に絡む司法妨害などの罪で懲役2年6カ月を言い渡され、チェイニー副大統領がブッシュ大統領に恩赦を申請した。だが、大統領は最後まで恩赦を認めず、任期を終えた。大統領は失敗を自覚、チェイニー氏にしっぺ返ししたに違いない。その失敗で、米兵約7000人がイラクとアフガニスタンで戦死。イラク国民の死者は数十万人に達したと言われる。

 罪深いインテリジェンスの歪曲だった。しかし、「ウクライナ」でロシアが厳しい制裁を受けているのとは違い、当時の米国に対して何の「おとがめ」もなかった。

 ウクライナの戦争では、最も難しいのは戦争の終わり方だ。ISWは、対露攻撃をはやし立てるような報道ではなくて、ウクライナ戦況の沈静化を探る賢明な研究を求められる時がいずれ来るだろう。

 

フォーサイト最新記事のお知らせを受け取れます。
執筆者プロフィール
春名幹男(はるなみきお) 1946年京都市生れ。国際アナリスト、NPO法人インテリジェンス研究所理事。大阪外国語大学(現大阪大学)ドイツ語学科卒。共同通信社に入社し、大阪社会部、本社外信部、ニューヨーク支局、ワシントン支局を経て93年ワシントン支局長。2004年特別編集委員。07年退社。名古屋大学大学院教授、早稲田大学客員教授を歴任。95年ボーン・上田記念国際記者賞、04年日本記者クラブ賞受賞。著書に『核地政学入門』(日刊工業新聞社)、『ヒバクシャ・イン・USA』(岩波新書)、『スクリュー音が消えた』(新潮社)、『秘密のファイル』(新潮文庫)、『米中冷戦と日本』(PHP)、『仮面の日米同盟』(文春新書)などがある。
  • 24時間
  • 1週間
  • f
back to top