オペレーションF[フォース] (33)

連載小説 オペレーションF[フォース] 第33回

執筆者:真山仁 2023年10月7日
タグ: 日本
エリア: その他
(C)EPA=時事[写真はイメージです]
国家存続を賭けて、予算半減という不可能なミッションに挑んだ「オペレーションZ」。あの挫折から5年、新たな闘いが今、始まる。防衛予算倍増と財政再建――不可避かつ矛盾する2つが両立する道はあるのか? 目前の危機に立ち向かう者たちを描くリアルタイム社会派小説!

【前回まで】対馬沖で起きた台湾海軍潜水艦の衝突事故。舩井防衛大臣の勝手な密約をリークされた草刈は、スクープ記事を書き上げた。その頃、防衛省には驚愕の情報が入っていた。

 

Episode4 カナリア

 

6(承前)

「育休明けの疲れは、取れたか」

 ストレートの酒をちびちびとなめていると、当直デスクの亀井に尋ねられた。彼は政治部が長く、ワシントン総局勤務を経験している。我が社では珍しいバランス感覚がある良識派だった。

「こんな仕事ですから……、なかなか難しいですね」

「児玉は、鬼軍曹だからな。けど、褒めてたぞ」

「まさか。ずっと嫌みばかり言われてますけど」 

「口下手だからな」

 いや、あれは口下手なのではなく、性格が悪いんだ。

「対馬沖の事故は、大変だね。そんなネタで抜けるんだから、草刈は凄いよ」

 凄いのだろうか。磯部に利用されているだけの気がする。

「愚かな防衛大臣が犯した暴走の経緯を新聞で記録して欲しい――と言ってリークされたものを、原稿にしただけです。完全に、防衛省に利用されました」

「理由はどうあれ、君の記事で、バカな舩井の首が取れるなら素晴らしいよ」

 今どきの新聞に、そんな破壊力があるだろうか。

「それにしても、日本政府は危機に弱いね。すっかり平和ボケしているから、有事の予兆だけでも、パニクってしまう。

 北朝鮮にミサイルを、領土内に撃ち込まれても、まともに抗議もできない。発言だけは勇ましい防衛大臣は、安全保障の基本と、自衛隊という存在をまったく理解していない。

 それ以上に、絶望的なのが総理だからなあ」

「でも、今まではそれで何とかやってこれたじゃないですか」

「日本という不思議な国の最大の謎だな。僕もDCにいる時、散々アメリカ人から指摘されたから、その秘密を探ろうと試みたんだけど、結局、その理由は掴めなかった」

「でも、今回はかなり心配です。防衛大臣が判断を誤って、戦争に巻き込まれるなんて、冗談じゃないです」

「その気持ちは、大事にしてくれよ。日本が戦争に傾斜した時、全身全霊でそれを阻止するのが、我々報道の使命だからね」

「戦争を食い止めるのは、政治家の仕事ではないんでしょうか。

 日本の政治は、三流だという人が多いが、戦後80年近く一度も戦禍に巻き込まれなかったのは、政治家のお陰だと、発言した政治家を知っています。

 もし、それが本当なら、今こそ、その政治家のスゴさを見せて欲しいと思います」

 亀井はすぐには答えなかった。もしかして、呆れられているのだろうか。

「そう思うなら、それを書け。おまえの言うとおり戦争阻止は、政治家の重要な責務だ。

 じゃあ、俺たちはなんだ。その重要な責務を果たさない政治家の怠慢を、国民に伝えることじゃないのか」

「でも、それは社説で訴えることでは?」

「草刈、おまえ根本的に記者の仕事を勘違いしていないか。確かに、社としての主張をするなら、社説だろう。だが、政治家の怠慢を国民に伝えるのは、記者の仕事だ」

「怠慢ってなんですか。戦争なんて止めろ! と叫ばないことですか」

「それは、戦争を止めるための行動を起こさない国会議員に聞いてみろ。先生は、なぜ戦争反対とおっしゃらないのかと。

 政官財、そして国民に、なぜ声を上げないのかと、取材すればいいのでは?」

 草刈が、全く考えたこともないアプローチだった。

「おまえら中堅は、『発生もの』にしか反応しない。だが、戦争が起きるかも知れないのに、誰も何もしないのは、それ自体が大事件じゃないのかな。まあ、偉そうに言っている俺も、ここで、紙面を埋めるのに汲々としているんだがな」

 そこに、いきなり背後から児玉が声をかけてきた。児玉は草刈の原稿を上機嫌でほめ、乾杯を求めてきた。

「草刈、おまえはやればできる奴だ。いい記事だった。あと10分ほどで、デジタル版に載る。その後は、亀井さんが、夕刊1面で載せてくれるよ」

「ありがとうございます。一つ、結果が出せて良かったです。亀井さん、よろしくお願いします」

 亀井が、読んでから決めると答えると、児玉は勢いよく酒を呷った。

「せっかくだ。防衛省の体たらくの企画物を考えろ」

「頭がすっきりしたら、考えます。じゃあ私はこれで」

 児玉が注いだウイスキーのお替わりを一気飲みして、草刈は立ち上がった。

 その時、突然、部局のスピーカーからアラート音が鳴った。

 “共同通信より速報です。

 対馬沖で日本の延縄漁船と衝突した台湾籍の潜水艦を、中国軍が拿捕”

 酔いと疲れが吹っ飛んだ。

 亀井がテレビのチャンネルを、NHKに合わせた。

 “繰り返します。対馬沖で――”

 児玉がハイヤーの配車係に連絡している。

 防衛省行きの、そのハイヤーに乗るのは、私だな。

 

7

 統合幕僚監部室に入った磯部は、顔見知りの井端敏介[いばたとしゆき]二佐に声をかけた。

「舩井大臣が、間もなく本省に到着されます。対策本部の準備をお願いします」

「既に始めています。それで、官邸からの指示は?」

「私の知る限りでは、まだ」

「危機感を感じてらっしゃらないということですか」

「現状について正確に把握していないんですが、中国は、本気で台湾の潜水艦を拿捕する気なんでしょうか」

「フリゲート艦とミサイル駆逐艦で沈没を阻止する支援をしているとは、考えられませんからね」……

カテゴリ: カルチャー
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執筆者プロフィール
真山仁(まやまじん) 1962(昭和37)年、大阪府生まれ。同志社大学法学部政治学科卒業。新聞記者、フリーライターを経て、2004(平成16)年に企業買収の壮絶な舞台裏を描いた『ハゲタカ』で衝撃的なデビューを飾る。同作をはじめとした「ハゲタカ」シリーズはテレビドラマとしてたびたび映像化され、大きな話題を呼んだ。他の作品に『プライド』『黙示』『オペレーションZ』『それでも、陽は昇る』『プリンス』『タイムズ 「未来の分岐点」をどう生きるか』『レインメーカー』『墜落』『タングル 』など多数。
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