「フリーランス農家」として働いて見えてきた日本の農業の未来

執筆者:小葉松真里 2023年10月23日
カテゴリ: 経済・ビジネス
和歌山県で梅の収穫をする筆者。農作物の収穫期に合わせて全国の農家を回っている(写真以下すべて筆者提供)

 市民農園が人気を集め「週末農家」が増えていても、農業の人手不足の抜本的解決には至っていない。「フリーランス農家」として北海道から沖縄まで収穫期に合わせて働く筆者は、「農業の関係人口」を増やすことが解決の糸口になるという。

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 農業といえば、一つの土地、地域に根差しているイメージが強いだろう。

 私は一つの農家に属することなく、フリーランスで農作業をしたり、今の日本の農業の状況を現場から発信する仕事を請け負ったりしている。

 2019年から、夏は主に北海道、冬は沖縄などの島を拠点に年中農業と関わっている。農作業以外には、農業ライターや講演活動、地域の課題解決に繋がる企画や直売所の立ち上げなどを行う中で、年間100軒以上の農家の方々と出会っている。同じ日本国内といえど、北海道と沖縄では作られる農作物はもちろん、農業の課題や魅力も異なり、日々、農業の奥深さに惹きつけられている。

フリーランス農家になったきっかけ

 なぜ、そのような働き方をするようになったのか。私は北海道の中でも農業が盛んな帯広市出身である。とはいえ、両親は公務員と専業主婦で、実家が農家だったわけでもない。元々は農業には関心がなく、敬遠する職業の一つであった。

 札幌の簿記の専門学校卒業後、「地域貢献の仕事をしたい」と思い、地元新聞社の事業部に就職する。地域のお祭りや花火大会、冬祭りなど様々なイベントの企画運営に携わる仕事をしていた。

 その後、縁があり、函館市のまちづくり会社に転職し、五稜郭地区の中心市街地活性化の事業に携わる。空きビルをリノベーションし、コワーキングスペースを作り、町に人が集まる場作りにハード・ソフト面から携わっていた。しかし、一過性の「情報発信」や「賑やかしのイベント」が地域貢献に繋がっているのかと疑問を持ち始めた。

 「都会にはなく地方ならではの価値はなんだろうか」――そのように考える中で、地域づくりの仕事で出会ってきた生産者を通して農業の魅力に気づく。農業=3K(「きつい」「汚い」「危険」の頭文字)のイメージがあったが、実際に出会った農家の人達は違った。20~30代と若い農業者が自分の仕事に誇りを持って夢を語って、しかも儲かっている。40~50代もチャレンジ精神旺盛に自身のビジョンを語る姿を見て、農業の可能性に気づかされていった。

 それから、まちづくりの仕事を通して出会った北海道のメロン農家の元で「農業デビュー」し、2年間住み込みで働いた。もともと、力仕事や虫、日焼けが苦手な私にとっては相当な覚悟を要した。なにより、正社員から季節バイトになることに収入的な不安もあったが、自分が農業者と同じ目線に立たなければ今後の自身の活動に説得力を持たせることができないのではないかと、思い切って農業現場に飛び込んだ。

 初めての農業は大変だったが、想像以上に楽しいものだった。外で体を動かすことで、会社員時代に抱えていた体の不調も改善され、体力もついた。

 なにより、「食べ物が誰かの手によって作られている」など今まで考えたこともなく、「食べ物って作ることができるんだ」ということに感動した。自分が植えた小さな種が、成長し、月日をかけて実り、お客様の元に届く。そんなシンプルなことが魅力的に感じた。

 それまでは食に興味がなく、コンビニで買った総菜やレトルト食品ばかり食べていたが、農場で働くことで地域の野菜を食べることが多くなり、野菜の美味しさにも感動した。

夏には和歌山県日高川町の農園で梅の選別作業をし(左)、冬には沖縄県でゴーヤの栽培管理をする(右)

意外に多い、「農業をやってみたい」人たち

 たくさんの農業の魅力に気づいたが、いろいろな課題が見えてきた。

 「農家が人手を必要としているのは収穫や植え付けの短期間である」「農産物がたくさん畑で廃棄されている」「農業の魅力が発信しきれていない」「既存農家の人手不足」など、すでにこれだけ課題があるのだから、それらを解決しながら農業と関わる働き方をしようと考えて現在にいたった。

 フリーランス農家として働き始めて5年になるが、会社員や学生などから思いの外このライフスタイルに対する反響がある。「農業に興味はあるが、完全に農業を職業とするほどではない」という人や、「農家になる覚悟はまだないが、土に触れてみたい」人などから「一緒に農繁期に畑についていってみたい」「農業現場に行ってみたい」という声が多くあった。

 ここからは本職を持ちながらも農業と関わることができる取り組みについて紹介していきたい。

 フリーランス農家以外にも、いろいろな農業との関わり方がある。

1. JA長野県農業労働力支援センター、JR東日本、KDDI、中部電力による「企業連携による農業労働力確保・地域交流人口拡大に向けた実証実験」

 近年、地方の農業は高齢化、担い手不足などにより、農繁期の人手不足が大きな課題となっている。一方で、企業においてはテレワークや副業の解禁等により、企業人が農業労働力として活躍できる条件が整いつつある。そこで、農繁期の人手不足解消による地域農業の振興に向け、実験参加企業の従業員が副業・ボランティアによる農作業支援の実施を始めた。

 現状100名程の社員が、モモやブドウなどの収穫作業の手伝いに行っている。現地に行った社員からは、「休日にリフレッシュも兼ねて農作業ができることが楽しい」など、働き方としてのニーズはあるようだ。

2.1日農業アプリ

 週末農業、お試し農業の実現のため、農家と働き手をマッチングさせるday workという無料アプリがある。2018年よりサービスを開始して、全国で展開されており、2022年は8万人以上のマッチング実績がある。農家は自分の農場の作業内容、条件等を登録し、働き手も個人情報を登録する。働き手が農家の情報を見ることができるのはもちろん、農家が働き手の農業経験や詳細を知った上でマッチングできる。

 作業内容は地域、季節によりさまざまで、農繁期の収穫作業や植え付け作業の募集が多い。

 受け入れ側は労災に加入することが必須条件としてある。

 1日からでも働くことができ、本業がある会社員や学生も多く利用している。全国のJA(農業協同組合)でも導入が進んでおり、農家にとっては人手不足解消につながり、農業をやってみたい人にとっては1日から現場で戦力として働くことができる。もちろん気に入れば、農家が受け入れしている期間中にマッチングすることで何回でも行くことができる。

3.農山漁村関わり創出事業(農林水産省事業)

 就職氷河期世代を含む多様な人材が農山漁村を知り、農山漁村の生活を体験することを通じて、農山漁村に関心を持つ多様な関係人口を創出するのが狙い。ひいては将来的な農業・農村の新たな担い手の確保につなげていくためのきっかけをつくることを目的とし、地域外の人材の持続的な流入による農山漁村の活性化の取り組みを支援する制度だ。

 筆者が関わっている採択事業者の事業内容は、石垣島産のパイン、沖縄県の伝統野菜タイモ、北海道東鷹栖の米といった地産品や地域の認知度向上のため、都心の会社員、学生など各地域につき6名程度が各地の農業現場にて研修を行う。今年度は4泊5日×3回、現地で農業研修を行い、農業や地域を知ったうえで、各々のアイディア、スキル、ネットワークを活かして地域の課題を解決してもらう。

4.特定地域づくり事業(総務省)

 地域には農業だけではなく、観光、飲食などいろいろな人材が不足しており、それぞれの職業で繁忙期も異なる。そこで、地域の人手不足となっている現場の仕事を掛け合わせて地域全体で雇用を確保するマルチワークとして農業と関わる働き方もある。

 総務省の特定地域づくり事業制度を活用している鹿児島県沖永良部島では冬の農繁期は農業、夏は観光業、飲食など、地域にある仕事を掛け合わせて人を通年雇用し、人材確保を行っている。働き手は組合の職員として雇用され、人材不足となっている現場に派遣される。島では、農業現場で人手が必要なのは繁忙期の冬だけで通年雇用できず、人が定着しない課題があったが、他の仕事と掛け合わせることで人が定着するようになった。

 このように、土地に根づいて農家になる以外にも、スポットで農家の労働力として力になったり、遠方からでも自身のスキルを活かして農業のPRや課題解決に貢献したり、農業だけではなく様々な仕事を掛け合わせる働き方など、農業との関わり方は多様になってきている。

 いきなり未経験の分野に腰を据えようと考える人は少ないだろう。農家の高齢化や農家戸数の減少で、新規就農が注目されがちであるが、農業と生活者の接点を増やすことで「農業の関係人口」を作っていくことが重要だと考える。

 会社員の週末農業や1日バイトだけでも農家としては、農繁期の忙しい時期は助かる。働き手も、週末農家をすることで少しずつ農業への愛着や理解が深まりその中から農業に長く関わろうと思う人が現れるかもしれない。

 さらに、現場に関わることで農業現場の魅力や課題を見出し、労働力以外にも農産物のPRや販路開拓、ブランディング農業の価値創出、農家の所得向上といった面で貢献する形もある。

 そうすることで、農業従事者になりたい人が生まれたり、農家の所得向上に繋がるのではないか。それだけではなく、農業現場に関わり、生産の背景を知ることで、農産物の価格理解に繋がり、国産の食品を購入しようと消費意識が変わるかもしれない。

 新たに土地を所有して農産物を育てることも日本の食料自給、農業を守るうえでもちろん大切なことだ。しかし、既存の農業を守り、持続させていくことも重要ではないか。そのためには、あらゆる切り口で農業に関わる人を増やし、農業の理解者、応援者を増やしていく取り組みを、フリーランス農家としてこれからも手助けしていきたい。

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執筆者プロフィール
小葉松真里(こばまつまり) 1990年生れ。北海道帯広市出身。「農業にも多様な関わり方を実現させたい」と思い、土地と家を所有せずに全国の農場を渡り歩くフリーランス農家という働き方を自ら作って実践。夏は北海道、冬は沖縄・沖永良部島を渡り歩く。現在5年目。年間300日ホテルやゲストハウスに住み、各地方を巡っている。フリーランスで農業ライターとして情報発信をしながら、北海道、沖縄県を中心に農村地域の課題解決事業にも取り組む。
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