台湾有事で自衛隊による邦人保護は可能か――立ちはだかる「事態認定」と「輸送手段」の壁

執筆者:山下裕貴 2023年12月5日
タグ: 自衛隊 台湾
エリア: アジア
自衛隊が戦闘に注力する状況下では、石垣島民(約5万人)の避難に使う船舶や航空機は不足する可能性が高い[海自輸送艦から降りて石垣駐屯地に向かう陸自車両=2023年3月18日](C)時事
台湾有事が日本に波及した場合、与那国島や石垣島などでは住民の避難が必要となるが、戦闘開始後の自衛隊には避難民の輸送に注力する余力がない。一方、戦闘開始前に武力攻撃予測事態等を認定すれば、中国が「日本の参戦意思」と解釈する恐れもある。国交のない台湾からの邦人退避は、さらに困難を極めるだろう。日本政府には、事態認定を含む早期の政治決断と同時に、中国政府に邦人の安全確保を要求するタフな外交交渉が求められる。

 2022年12月16日、政府は「国家安全保障戦略」、「国家防衛戦略」、「防衛力整備計画」の戦略3文書を閣議決定した。「国家安全保障戦略」の策定趣旨は我が国が「戦後最も厳しく複雑な安全保障環境のに直面している」からだとしている。情勢認識では、中国を「これまでにない最大の戦略的な挑戦」と位置付けている。

 日本の安全保障にとり最大の懸案事項が中国による台湾の武力統一である。中国の習近平国家主席はいつ侵攻を決断するのか。米国のシンクタンクや軍関係者などが「最も可能性が高い」としているのは2027年である。それは、習主席が「4期目」をうかがうタイミングであり、人民解放軍の強軍化目標達成時期、そして人民解放軍創設100周年にも当たる年だからである。

 台湾と沖縄県の与那国島との海峡幅は約110キロしかなく、日本と台湾の位置関係は極めて近い。東シナ海から太平洋に出るためには、この海峡を含めて日本の南西諸島周辺海域を通過する必要があり、同諸島は中国の軍事戦略上重要な第1列島線の一部となっている。さらに沖縄県の在日米軍基地は台湾支援の作戦基盤でもある。台湾有事の際、中国は台湾を海上封鎖し周辺海域で海上優勢を確保しようとするだろう。その結果、同海域は中国軍や米軍の作戦海域となる。

有事が日本へ波及する3つのシナリオ

 台湾有事が日本へ波及する状況を考えると、「米軍の行動に関連して波及」、「台湾の行動により波及」、「日本への直接波及」の3つが想定される。

 まず最も可能性があるのが「米軍の行動に関連して波及」する場合である。この場合には、当初米艦の行動を支援する形で日本政府が「重要影響事態」を認定し、海空自衛隊が後方支援活動や捜索救助活動を行う。状況が緊迫化し、米艦が攻撃される事態となれば存立危機事態に認定し米艦防護を行う。さらに海自艦艇が直接攻撃される事態となれば、武力攻撃事態へと推移していく状況である。「存立危機事態」及び「武力攻撃事態」の認定により防衛出動が下令され、南西諸島周辺において自衛隊が中国軍と直接戦闘することになる。

 次に「台湾の行動により波及」する場合である。具体的には、緒戦において敗退した台湾軍の残存艦艇及び航空機が日本へ避難して来るケースであり、受け入れた段階から「台湾有事」は日本に波及している。この状況では中国側からの人員・装備の返還要求があり、(当然だが)日本が返還しなかった場合には、最悪の場合に避難した装備を破壊するためにミサイル攻撃が行われることが予想される。台湾にとって米国を参戦させるための積極的な方策があるとすれば、それは日本を巻き込み日米安全保障条約を発動させることである。

 最後に「日本への直接波及」であるが、中国が第1列島線に近づく日米艦隊の接近阻止及び中国艦隊の太平洋への進出航路の安全確保(海上・航空優勢の確保など)を目的として、南西諸島に侵攻(拠点として確保)する場合である。侵攻はハイブリッド戦から行われる可能性があり、この場合には自衛隊は治安出動から武力攻撃事態に発展し、防衛出動を命じられ奪還作戦などを行う。日米安保による米軍の来援は、米国議会の承認が必要であり時間がかかる。そのため当面は自衛隊単独で戦わなければならないだろう。

 いずれにせよ「台湾有事」が発生すれば、南西海域は作戦地域となり、日本は好むと好まざるとにかかわらず巻き込まれるということである。

 その時、台湾にいる在留邦人や南西諸島の住民を安全に避難させられるのか。法的な問題と能力的な問題の両面から考えてみたい。

先島諸島から全島避難なら混乱必至

 まずは日本領である先島諸島からの住民避難について検討する。

 国民保護法における住民避難は武力攻撃事態等(予測事態を含む)及び緊急対処事態に適用され、自治体が重要な役割を担うことになる。自衛隊は武力攻撃事態等においては、速やかに武力攻撃を排除し、国民への被害を極限化することに全力を傾注しており、災害派遣などとは違いその能力を住民避難に集中することができない。政府の早期判断により実際の戦闘開始前に武力攻撃事態等が認定され、先島諸島からの住民避難始まった場合にのみ、自衛隊が避難の誘導・輸送に当たる余力が残される。

 重要影響事態及び存立危機事態においては、国民保護法に基づく住民避難ができない。それは同法案策定時に、両事態は海上において生起し、陸上部には事態が及ばないと整理されたからである。しかし台湾有事はその前提とは異なり、武力攻撃事態にまで短時間でエスカレーションすることが考えられる。その時、約10万人の先島諸島の住民を安全に避難させられるのか。離島からの海空路を利用しての避難は短時間では行えず、数日間はかかると思われる。加えて現行法制では、全島避難の際に民間の航空機や船舶を国が優先的に使用する枠組みはない。

 石垣島を例にとると人口5万151人(2023年10月現在)、乗用車保有数が1万174台(2021年3月現在)である。全島避難となれば、鉄道の無い同島において市民は乗用車やバスを利用して空港・港に集合することになる。乗用車の使用規制又は集合時間などの統制がなければ、道路は大渋滞となり、駐車場以外の場所も放置車両であふれることになる。

この記事だけをYahoo!ニュースで読む>>
カテゴリ: 政治 軍事・防衛
フォーサイト最新記事のお知らせを受け取れます。
執筆者プロフィール
山下裕貴(やましたひろたか) 千葉科学大学客員教授。元陸将・中部方面総監。1956 年、宮崎県生まれ。1979 年、陸上自衛隊入隊。自衛隊沖縄地方協力本部長、東部方面総監部幕僚長、第三師団長、陸上幕僚副長、中部方面総監などの要職を歴任。特殊作戦群の創設にも関わる。2015 年、陸将で退官。著書に『オペレーション雷撃』(文藝春秋)、『完全シミュレーション 台湾侵攻戦争』(講談社+α新書)。
  • 24時間
  • 1週間
  • f
back to top