【前回まで】野党・未来創造党を率いる江島元総理は、国家防衛支援基金を国会で提案した。ヤジが飛びかう中、与党の南郷委員長も防衛財源の不可欠を説き、現総理に退陣まで迫る。
Episode6 一世一代
5
防衛大臣という担当閣僚として特別委員会に出席した都倉は、南郷のド迫力の演説を一言一句、心に刻んだ。
保守党の最長老である南郷が、特別委員会の委員長を買って出た時から、彼の覚悟は感じていた。だが、まさか野党の江島をあそこまで支持するだけでなく、総理に進退まで迫るとは……。
何かというと、「頑固一徹の薩摩隼人」を引き合いに出す。おまけに話がくどいし、男尊女卑を隠そうともしない。防衛相に就任した時も「この有事に、女が防衛大臣になって何ができる」とぼやいていたと聞いている。
だが、今の演説は凄まじかった。
正論過ぎるきれい事に聞こえるかも知れないが、思わず背筋を伸ばしたくなった。
「大臣、一息つきませんか」
秘書官補佐の樋口梓に囁かれ、都倉は我に返った。
委員会室を出ると、メディアに取り囲まれた。
「大臣、先程の南郷委員長のご発言についての感想を、お聞かせ下さい」
防衛担当の記者の一人がICレコーダーを突きつけてきた。
「未だ衝撃が駆け巡っています。南郷委員長が仰られたことは、私たち国会議員一人ひとりに、矜恃を示し行動せよという意味だと考えています」
「委員長の発言を受けて、防衛大臣として、何をなされるのでしょうか」
「既に着手していますが、防衛省内の予算の精査を徹底し、無駄を省いた上で、国を守るために何が必要であるかを早急に、国民の皆様にご提示致します」
「そして、国民に防衛費の財源確保のための増税を求めるのでしょうか」
「これは、内閣として考えるべきことでしょうが、私個人としては、全国を行脚して、国民の皆様に直接、財源確保のお願いを続けていけたらと思っております」
こんな発言をすると、また省内が大騒ぎするだろうな、と思ったが、もはやそれは、些末な問題だった。
「大臣は、元々、財政健全化を訴えてらっしゃいますが、矛盾しませんか」
「財政の健全化とは、無駄を徹底的に省き、それでも財源が不足しているのであれば、国民の皆様のご理解を戴けるよう、汗を流すことです。矛盾しているとは思えません」
そこで秘書官の磯部が記者と都倉の間に体を入れて、囲み取材を終わらせた。
「ありがとう。でも、また私は暴走したと言われるでしょうね」
「いえ、防衛大臣として100点のご回答だったかと」
磯部は即答した。
「そう言ってもらえると、ホッとします」
なおも追い縋る記者を振り切って、3人は大臣控え室に入った。
劉唯からのメールが届いていた。
“今晩、午後11時、いつもの場所で”……
「フォーサイト」は、月額800円のコンテンツ配信サイトです。簡単なお手続きで、サイト内のすべての記事を読むことができます。