公教育の危機を救う一冊 200人以上の先生が「子どもたちの今」を証言する現場報告には一行たりとも見逃す文がない

石井光太『ルポ スマホ育児が子どもを壊す』(新潮社)

執筆者:木村泰子 2024年8月23日
タグ: 日本
「時代が変わる」=「ホモサピエンスの環境からデジタルの環境に変わっていること」、家庭も職員室も社会も、育ってきた環境の違いを互いにリスペクトし合い、共に学び合う環境をつくることが大事だ (C)Aleksandra Suzi/shutterstock.com

 スマホの登場から16年、2歳児のインターネット利用率は58.8%。いま教室にいるのは私たちが知る「子ども」ではない。ハイハイも体育座りもできない保育園児。教室の「圧」に怯える小学生。クラスメイトの姓すら知らない中学生。会ったその日にベッドインする高校生―― 『ルポ スマホ育児が子どもを壊す』(石井光太著/新潮社)は、保育園、幼稚園から高校まで、教育の現場で起こっていることを丹念に取材したルポルタージュだ。

「すべての子どもの学習権を保障する」という理念のもとに設立された大阪市立大空小学校で初代校長を務めた木村泰子さんは、教育現場の立て直しはこの本を読むことからスタートできると指摘する。教員も保護者も、日常になりすぎていてなかなか言葉にできないリアルな現実が客観的に言語化されているという。

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「お見事です。感服いたしました」

 読み終えて、そんな言葉を著者の石井さんにお送りしました。まさに学校現場が待ち望んでいた一冊です。保育園・幼稚園から小中学校、高校までの200人以上の先生方に現場の声を聞いたという内容は、現場で、教員も保護者も、目にしてはいても日常になりすぎていてなかなか言葉にできないことです。リアルなありのままの子どもの事実を客観的に言語化されている。タイトルからは想像できない、タイトルを超える内容でした。

 私は長年大阪で小学校教育に携わり、「子どもが主語の教育」を目指してきました。「障害児」も一緒に学びます。細かく分けるほうが教師は楽なんですが、ある程度大人数になっても、ひとりひとりをきちんと見て、向きあっていけば大丈夫なんです。ドキュメンタリー映画『みんなの学校』でその様子が映像化されたり、書籍でそのことを伝えたり、やってきた経験や知識を伝えるために、全国呼ばれるままに飛び回っています。

教育現場の負のスパイラル

 今の学校現場は「自殺」「不登校」「いじめ」のいずれにおいても、過去最多の件数を更新し続けています。子どもの身の上に起きているこれらの「あってはならない」はずの出来事を、「0」にしていくために、子どもの周りには大人がいるはず。ですが、大人である教師も一筋縄ではいきません。

 日々の業務に疲弊し、メディアにはブラックな職場だと記事で翻弄され、文部科学省は政治的な動きに終始し、教育委員会は守りに入って校長を管理し、校長は規律を守らせることで子どもを型にあてはめようとする。そんな連鎖が起きてしまう。

 ボタンを掛け違えてしまうと、一生懸命働いているはずの教員が、特に心ある教員であればあるほど、現場を去ることになってしまう。負のスパイラルに陥るのです。

 私は全国の自治体の管理職や教職員・保護者・子どもたちと連日学ばせていただいていますが、石井さんがこの本に書かれた子どもをとりまく事実は痛いほど、この負のスパイラルの過程で起こる事象と一致します。

 子どもが成長していく各段階において、様々な立場の先生から深い言葉を引き出し、言語化されているのです。先生たちが語る事象にはさまざまな要因があると思いますが、先生たちが石井さんに語る現実という結果については、教育に携わる誰もが納得せざるをえません。

 その意味で、本書のように一行たりとも見逃す文はなしと感じる書に出会ったのは初めてです。何度読んでも読み応えがあり頷くことばかりでした。

 この本では高校までを伝えていますが、後に続く大学においても、先生の「困った」という声を大学の教員たちから多く耳にします。幼児教育のまき直しは小学校で1か月もあればできます。中学校になると、それまでの巻き戻しに1年かかると言います。高校では3年、大学の教員は「もう無理」と嘆くだけ。すべてがまぎれもない今の時代を生きる子どものリアルな事実です。もちろんスマホだけが悪いわけではなく、デジタル化の功罪は見極めないといけませんが、良いにしても悪いにしても、まずはこの本を読んで現場を正しく認識し、見直すところがスタート地点になるでしょう。

情報過多の時代に貴重な「ルポ」

 学校現場では、時代が変わっているのだから、教育も転換を、と声が上がってはいますが、「時代は変わった」が言い訳で終わる現実も残念ながら多くあります。本書には「時代が変わる」=「ホモサピエンスの環境からデジタルの環境に変わっていること」とあり、校長たちが育ってきた環境と子どもが育つ環境が全く違うこと、ベテランの先生たちと若手の先生たちの間でも違うことを伝えています。社会や学校はこの違いを二項対立にしてしまっていますが、家庭も職員室も社会も、この「違い」を互いに理解し、リスペクトし合い、共に学び合う環境をつくることから始めるしかありません。

 同時に、学校現場を混乱させる一つに、あまりにも数多いマニュアル本の存在があります。「校長のリーダーシップとは」「保護者としてこんな子育てを」「教員は叱ってはいけない」「褒めて育てよう」「新しい学びとは」などすべてが大人を主語にしたマニュアル、しかもそれぞれ違うことが書いてあって、全てに従うことなんてできそうもありません。

 大人が情報過多の状態ですと、目の前の子どもの表情や行動に目が行かなくなります。思い込みができると、そこにあてはまらないことが見えなくなってしまうのです。本書は、証言を整理してまとめる形式なので、一行もマニュアルめいた文がないのがありがたい。周りの大人が気づいていないその瞬間の子どもの姿や、見えていない子どもの深い背景を淡々と伝えるだけです。気づいたところから大人も変わればいいはずですが、気づかないと人は変われないのです。

 本書は、まさにかけがえのない唯一無二の「ルポ」であり、必然的に子どもが主語になっています。教育という名のもとにそれぞれの子どもの本来持つ主体性を私たちは奪ってしまっていないでしょうか。本書でいう「大人ファースト」は、私が今まで警鐘を鳴らしてきた「教師が主語の教育」だとピンときました。「子どもファースト」にして子どもを主語にできる状態を取り戻すことが学校現場では急務です。

「みんなの学校」づくりは「みんなの社会」づくりにつながります。公教育の危機を救う一冊、これから、講演会で紹介していこうと思います。

石井光太著『ルポ スマホ育児が子どもを壊す』(新潮社)
  • ◎木村泰子(きむら・やすこ)

大阪府生まれ。2006年に開校した大阪市立大空小学校の初代校長を「すべての子どもの学習権を保障する」という理念のもと、9年間務めた。2015年には大空小学校の1年間を追ったドキュメンタリー映画「みんなの学校」が公開され、大きな反響を呼んだ。2015年春に45年間の教員生活を終え、現在は講演やセミナーで全国の人たちと学び合っている 。著書に『お母さんを支える言葉』『「見えない学力」の育て方』『「ふつうの子」なんて、どこにもいない』など多数。

  • ◎石井光太(いしい・こうた)

1977(昭和52)年、東京生れ。2021(令和3)年『こどもホスピスの奇跡』で新潮ドキュメント賞を受賞。主な著書に『遺体 震災、津波の果てに』『「鬼畜」の家 わが子を殺す親たち』『43回の殺意 川崎中1男子生徒殺害事件の深層』『ルポ 誰が国語力を殺すのか』などがある。また『ぼくたちはなぜ、学校へ行くのか。マララ・ユスフザイさんの国連演説から考える』など児童書も多い。

カテゴリ: 社会 IT・メディア
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執筆者プロフィール
木村泰子(きむらやすこ) 大阪府生まれ。2006年に開校した大阪市立大空小学校の初代校長を「すべての子どもの学習権を保障する」という理念のもと、9年間務めた。2015年には大空小学校の1年間を追ったドキュメンタリー映画「みんなの学校」が公開され、大きな反響を呼んだ。2015年春に45年間の教員生活を終え、現在は講演やセミナーで全国の人たちと学び合っている 。著書に『お母さんを支える言葉』『「見えない学力」の育て方』『「ふつうの子」なんて、どこにもいない』など多数。
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