2024年7月18日、読売新聞に「中国軍、海上封鎖から台湾上陸『1週間以内で可能』と日本政府分析…超短期戦への対応焦点に」という記事が掲載された。同記事によると、中国軍は最短1週間で地上部隊を台湾に上陸させる能力を有しているとされる。具体的には、演習名目で中国海軍が海上を封鎖し、台湾の重要インフラなどに対するサイバー攻撃を実施、ミサイルで台湾の軍事施設を攻撃して戦端を開き、揚陸艦や輸送ヘリで地上部隊を投入して地上作戦を決行、台湾を制圧するというシナリオを掲げている。
この中国による台湾の武力統一は「台湾有事」として近年注目を集めている。日本や同盟国アメリカでは、政府やシンクタンクが台湾有事のシミュレーションや机上演習を実施して戦争の展開や影響を分析したり対応を訓練している。米シンクタンクのあるシミュレーションでは、日米中台はそれぞれ甚大な被害を受けながらも、中国の台湾統一は阻止されるという分析結果を報告している。
しかし、冒頭の日本政府の想定や既存の各種シナリオ分析、シミュレーションでは「上陸してから制圧するまで」の観点が見落とされがちである。また日米台など守る側の視点で検討されることが多く、中国側の視点で語られることは少ない。そこで本稿では、「着上陸作戦」の端緒から上陸、制圧までの一連の流れを、中国軍の視点からコンパクトに検討してみたい。その上で、本稿は軍事的観点から着上陸作戦が非常に困難な作戦であることを主張する。かかる軍事作戦の困難さから、中台統一のシナリオは、着上陸作戦よりも「封鎖作戦」や「認知戦」による平和統一こそが蓋然性の高いシナリオだと考えられる。最後にその点に触れる。
このように、本稿は着上陸作戦の上陸から制圧までの分析に主眼を置きつつ、上記の構成に沿って、まずは作戦の前提から検証していきたい。
地理的条件から規定される作戦環境
軍事作戦は、地形や気象、海象などの地理的条件・制約によって作戦環境が決まる。その上で、自軍と敵軍の相対的な戦闘力の差異や戦況の推移に基づいて指揮官は適宜判断を下していく。地理的条件は、軍事作戦を立てる上で極めて重要な要素の一つである。では中国の軍事的観点から見た台湾の地理的条件、作戦環境はいかなるものなのだろうか?
台湾は南北に395km、東西に最大144kmと楕円形に広がる総面積3万6000平方キロメートル(九州ほどの大きさ)の本島と、本島の西側に位置する澎湖諸島、中国大陸にほど近い馬祖島と金門島からなる。総人口は2350万人弱で約7割が本島西側の大都市圏に居住している。
行政機関や産業基盤が集積する台湾本島には、東西を分け隔てるように全長340kmの中央山脈が南北に聳え立つ。最高峰の玉山は標高3952mを誇り、3000m超級の高峰が連なって急峻な地形を形成している。この地形を利用して、台湾軍は防空戦力や兵器を東の山間部に隠し持っているとされる。中国軍がこれを撃破するのは容易ではない。
台湾は本島北部が亜熱帯、南部が熱帯気候に属する。最も冷え込む1、2月の平均気温が16度、夏場には30度に達する年間を通して温かい気候が特徴である。11月から3月にかけては北東季節風が吹き、5月から9月には南西季節風が通る。そのため6月から9月は台風シーズンにあたり、平均して年間6個の台風が台湾海峡を通過する。
台湾と中国のあいだに位置する台湾海峡は最大で水深88mと浅い海域(潜水艦が使えない)だが、冬季には海が時化て波が高くなる。また2月中旬から6月中旬には濃霧が発生しやすく、平均的な視界は約2kmに限定される。この特徴は侵攻する側の海上作戦や航空作戦に多大な影響を及ぼす。たとえば、作戦に必須となる人員輸送機、自衛隊の装備で言えばC-130HやC-2等は、視程5km、雲高対地300m、風16mの条件下で飛行が困難とされるため、操縦士にとって「視程2km・強風」での操縦は自殺行為といっても過言ではない。
台湾本島の侵攻・制圧には着上陸作戦が不可欠であり、かかる作戦には人民解放軍の海上輸送能力が鍵となる。しかし、台風は海上輸送に大きな悪影響を及ぼし、波の高い冬季や潮の流れが速い夏季は船舶の運用に支障をきたす。濃霧が発生し、視界が奪われる時期も大規模な着上陸作戦の実行には適さない。このように見ていくと、
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