トランプ勝利の理由は「経済」、第2次トランプ政権の課題も「経済」

執筆者:渡部恒雄 2024年11月12日
エリア: 北米
経済政策への期待を高めて当選したトランプ次期大統領にとって、物価対策が特に重要な課題となる[フロリダ州パームビーチでトランプ当選を喜ぶ支持者ら](C)時事
アメリカの有権者は民主主義の危機や中絶の権利擁護を訴えるカマラ・ハリスではなく、「暮らしは4年前に比べて良くなったか?」と呼びかけたドナルド・トランプを大統領に選んだ。CBSニュースの出口調査では、物価高で家計が苦しいと感じる人の割合が4分の3を占める中、変化を期待する有権者の73%がトランプに投票している。ハリス陣営の経済政策は、経済的に弱い立場にある女性やマイノリティ、若年層に訴える力を持たなかった。ただし、トランプの経済政策がインフレを抑制できる根拠はなく、2年後の中間選挙までの舵取りに失敗すれば、経済が新政権のアキレス腱となり得る。

実態は圧勝というより薄氷の勝利

 米国大統領選挙はトランプ対ハリスの歴史的な接戦が予想されていた。最悪の場合、2000年大統領選挙のゴア対ブッシュのフロリダ州の再集計をめぐる裁判闘争のようなものも想定され、不満を持った支持者による暴力の連鎖まで予想されていた。しかし実際にはあっさりと、トランプ勝利が決まった。

 なぜこれだけの接戦の予想にもかかわらずトランプ氏が7つの接戦州をすべて取る結果になったのか。そしてなぜ米国有権者が、2020年の大統領選挙では根拠のない理由で負けを認めず、2021年1月6日の支持者による議会乱入事件を引き起こし、その後には4つの刑事訴追を受け、うち一つでは有罪判決が下っているトランプ氏を再び選んだのか。

 まず、開票結果をみると、トランプ氏の勝利は圧勝とはいえないものだったことがわかる。7つの接戦州のうち、仮にハリス氏がすべて勝利すれば当選に必要な270人の選挙人を確保できたラストベルトの3州では、票差はすべて統計上の誤差の範囲の2ポイント差以内に収まっている。ウィスコンシン州で0.8ポイント差、ミシガン州で1.4ポイント差、ペンシルベニア州で2.0ポイント差である。接戦州7州すべてでトランプ氏がハリス氏に勝利したため、圧倒的な勝利に見えるが、実際にはトランプ候補にとっては薄氷の勝利であったとすらいえる。

最後は「経済」への不満が勝負を決めた

 そして接戦州のすべてでトランプ候補が勝利した理由は、一言でいえば以下のようなものだろう。キャスティング・ボートを握っていた無党派層にとって、前回の選挙で敗北を受け入れず、有罪判決を受けているトランプ氏の当選によって米国の法の支配や民主主義が破壊されるという懸念よりも、目前の苦しい経済状況の改善と自らの職の安定にも繋がる厳しい国境管理について、トランプ氏への期待が勝った。実際、バイデン政権の経済政策とメキシコ国境政策に対して、無党派層の失望や懸念が大きかった。だが、ハリス候補は、トランプ氏が民主主義の脅威になり、女性の妊娠中絶の権利が奪われているという有権者へのメッセージを重視した。つまり無党派層が最も期待していた政策について、自らの政策をバイデン政権の政策と切り離して打ち出せずに、接戦州の無党派層の心をつかむことができなかった。

 CBSニュースの出口調査を見ると、トランプ候補に投票した有権者が最も重視した課題が「経済」の51%で、2位が「移民」20%だったのに対して、ハリス候補に投票した人々が最も重視したのが「民主主義」56%で、2位が「妊娠中絶」の21%であり、トランプ候補のメッセージが有効だったことがわかる。

 ただし単に経済への懸念が強かったといっても、米国経済が不況というわけではない。むしろ米国の失業率は低く抑えられ、インフレ率は下落傾向にあり、株価も高い。経済政策的に見れば、金利を上げてインフレを抑制しながらも、景気を冷やさない上手なソフトランディングをしている。実際、選挙日直前の10 月の雇用統計では非農業部門雇用者数は前月に比べ1万2000人増で、市場予想を大幅に下回ったとはいえ、失業率は前月と変わらない4.1%とかなり低いレベルに抑えられている。

 問題は、有権者が経済学者のように数字で経済のかじ取りを評価するわけではないということだ。現実にはインフレが収まりつつあるとしても、以前に比べて物価が下がったわけではない。賃金の上昇も十分には追いついてはいない。少なくとも、現状の家計が苦しいと感じている有権者が多いのは確かだ。

 先の出口調査によれば、45%がトランプ前政権時の4年前より経済が悪くなったと答え、良くなったと答えたのは24%だけで、30%が同じと答えた。そして、過去1年のインフレがもたらす家計の状況については、22%が深刻、53%が苦しいと答えており、全く問題ないと答えたのは24%だけだった。そして経済が悪いと答えた人の投票先の69%がトランプ候補で、29%がハリス候補だった。

 つまり米国の経済状況全体としては悪くはないが、物価高によって家計は楽ではないという状況において、トランプ候補はトランプ時代の経済のほうが良かったというメッセージを効果的に発信した。実際のところは、トランプ政権では新型コロナ感染流行前の経済は好調だったが、感染流行により経済は落ち込み、その不満が2020年のバイデン勝利に寄与したのが事実である。

ロナルド・レーガンのメッセージを踏襲

 ただし物価でいえば、明らかに4年前よりも現在の方が物価は高いため、トランプ氏はコロナ前のトランプ政権の好調な経済の記憶を有権者に効果的に刷り込むことに成功した。

カテゴリ: 政治 経済・ビジネス
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執筆者プロフィール
渡部恒雄(わたなべつねお) 笹川平和財団上席フェロー 1963年生まれ。東北大学歯学部卒業後、歯科医師を経て米ニュースクール大学で政治学修士課程修了。1996年より米戦略国際問題研究所(CSIS)客員研究員、2003年3月より同上級研究員として、日本の政治と政策、日米関係、アジアの安全保障の研究に携わる。2005年に帰国し、三井物産戦略研究所を経て2009年4月より東京財団政策研究ディレクター兼上席研究員。2016年10月に笹川平和財団に転じ、2017年10月より現職。著書に『大国の暴走』(共著)、『「今のアメリカ」がわかる本』、『2021年以後の世界秩序 ー国際情勢を読む20のアングルー』など。最新刊に『防衛外交とは何か: 平時における軍事力の役割』(共著)がある。
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