エネルギー地政学を左右する3つの「ドミナンス」の力学――「石油・ガス」「非化石」「AI・情報化」の支配的地位を巡る競争

執筆者:小山堅 2025年10月27日
タグ: トランプ AI
エリア: グローバル
AIおよび情報化の分野では米中を中心に世界が鎬を削るが、それはエネルギードミナンスをめぐる競争とも密接に関係する[中国のディープシーク(左)と米チャットGPTのアプリのアイコン](C)時事
米トランプ政権は石油・ガスなどの化石燃料を通じてドミナンス(支配的地位)がもたらす力の行使を追求するが、中国はクリーンエネルギー分野で同様の地位を築きつつある。AI・情報化に不可欠な電力供給をめぐる第3のドミナンスでは、米中それぞれの支配力が相互に影響し合う構図となるだろう。化石燃料と原子力に関しては、ロシアの存在も無視できない。

エネルギードミナンス供給ポテンシャルを「支配力」に転化

 米国ドナルド・トランプ大統領が標榜する「エネルギードミナンス」は、今日の国際エネルギー情勢を読み解くキーワードの一つとなっている。この言葉は、トランプ政権第1期から使われており、トランプ政権のエネルギー政策を象徴するものであるともいえる。しかし、実はこの「エネルギードミナンス」に加え、異なる分野でのエネルギーに関連した2つの「ドミナンス」の問題が世界に浮上し、お互いが鬩ぎあう中で世界のエネルギー地政学に影響を及ぼす現実が浮かび上がっている。

 まず、第1の「ドミナンス」だが、明確な定義が為されているわけではないものの、筆者の理解するところ、トランプ大統領の「エネルギードミナンス」とは、「米国が保有する膨大なエネルギー供給ポテンシャル、とりわけ石油とガスの供給ポテンシャルを活用し、それをパワーの源泉あるいは支配力として用いることで、米国の経済的繁栄および米国の国益最大化を図ること」ということではないか、と考えられる。

 米国は石油・ガスの世界において、実際に「支配的」なポジションに立っている。今や米国は世界最大の石油・ガスの生産国であり、最大の液化天然ガス(LNG)輸出国でもある。石油については、輸入量も巨大だが、同時に世界最大級の輸出国でもある。国際貿易財の中で金額的にも戦略的にも最も重要な石油、またそれに次ぐガスの貿易・供給面で米国は圧倒的な規模を有する国家となっている。振り返ってみると、2000年代の半ばまでは米国の石油・ガス生産は減少を続け、米国は輸入依存の上昇に直面していた。それを一気に転換し、今日の米国の支配的ポジションを可能にしたのがシェール革命である。

 水圧破砕と水平掘削という先進技術を組み合わせ、起業家精神に富んだ米国企業が陸続とシェール開発に乗り出して大成功をおさめ、米国の石油・ガス生産量は激増した。シェール革命開始以降の米国の生産量の増加分は、石油ではサウジアラビアの現在の生産を上回り、ガスではロシアの生産を上回る巨大な規模である。

 この供給拡大は、国際エネルギー市場の需給環境を激変させ、石油ではOPECプラスによる生産削減政策開始を余儀なくさせた。OPECプラスなどの産油国は、巨大なライバルとしての米国のシェールオイル生産を常に意識せざるを得なくなっている。またガスについては、2022年のウクライナ危機発生後、欧州が直面したロシア産ガス供給の急減によるガス危機から欧州を救う重要な役割を果たしたのが、急激に拡大する米国LNG供給であった。供給柔軟性に富む米国LNGはガス供給不足に苦しむ欧州へと大量に流入し、欧州ガス市場の安定化に大きな貢献を果たしたのである。

 これらの歴史的事実を踏まえれば、トランプ大統領が米国の石油・ガスを戦略的に重視し、「エネルギードミナンス」を追求しようとすることは十分に理解できる。民間企業による投資・操業が米国の石油・ガス生産や供給の将来を決める最重要要因であるため、生産量そのものの先行きが大統領の意向の通りになるわけではない。しかし、その石油やガス・LNGの供給は、関税・貿易交渉などを通じて、米国の国益追求・最大化の重要な要素として扱われていることは明らかである。特にLNGについては現在米国が世界1位の供給量を誇り、輸出量も今後の数年間でほぼ倍増することが確実であり、「エネルギードミナンス」戦略実現にとって最重要の貢献が期待される分野となっていると言えよう。

 トランプ大統領の下での米国では、こうして、今日の、また予見しうる限り相当の期間にわたって国際エネルギー市場で最も重要な役割を果たす石油やガスの分野でのドミナンス追求が戦略的に実施されていくことになろう。石油・ガスの戦略的重要性を踏まえた上で、米国の国益最大化が図られていくことになり、世界はそれに向き合っていくこととなる。

エネルギー転換で強まる中国とロシアのドミナンス

 他方、全く異なるエネルギーの分野で強力なドミナンスが確立され、影響を及ぼしつつあることが世界的に強く意識されるようになっている。それは、クリーンエネルギー分野の供給チェーン全体に関わるドミナンスの問題である。

フォーサイト最新記事のお知らせを受け取れます。
執筆者プロフィール
小山堅(こやまけん) 日本エネルギー経済研究所専務理事・首席研究員。早稲田大学大学院経済学修士修了後、1986年日本エネルギー経済研究所入所、英ダンディ大学にて博士号取得。研究分野は国際石油・エネルギー情勢の分析、アジア・太平洋地域のエネルギー市場・政策動向の分析、エネルギー安全保障問題。政府のエネルギー関連審議会委員などを歴任。2013年から東京大公共政策大学院客員教授。2017年から東京工業大学科学技術創成研究院特任教授。主な著書に『中東とISの地政学 イスラーム、アメリカ、ロシアから読む21世紀』(共著、朝日新聞出版)、『国際エネルギー情勢と日本』(共著、エネルギーフォーラム新書)など。
  • 24時間
  • 1週間
  • f
back to top