欧州航空産業編[上]:エアバス「ボーイング超え」でも消えぬサプライチェーンの足枷

執筆者:安西巧 2025年10月30日
エリア: ヨーロッパ
苦境の萌芽は第2次世界大戦の終戦後まで遡る[ラガーディア空港に到着したジェットブルー航空のエアバスA320(奥)。サウスウエスト航空のボーイング737(中)とアメリカン航空系アメリカン・イーグルのエアバスA319(手前)が見える=アメリカ・ニューヨーク](C)AFP=時事
欧州エアバス「A320」シリーズの累計納入数が米ボーイング「737」を上回り、史上最多を記録した。2018〜19年の「737MAX」連続事故以降、年間総納入機数ではエアバスが首位を続けているが、ついに「最も売れた旅客機」のタイトルも獲得した。だが、そのA320に載せるエンジンがない。エアバスのサプライチェーン混乱はコロナ禍で顕在化したように見えるものの、実際には欧州航空機産業が抱える歴史的な構造問題から生まれている。

 10月7日、欧州エアバス[本社:オランダ・ライデン]のナローボディ(単通路)サイズの中小型機「A320」(標準座席数約150〜220席)シリーズの累計納入機数が史上最多を記録したと英ロイター通信が報じた。英航空分析会社シリウム[本社:ロンドン]の統計によると、1988年4月に就航したエールフランス向けの初号機から、サウジアラビアの航空会社フライナス[本社:リヤド]向けに納めた直近の「A320neo」まで、37年6カ月間の累計納入機数が1万2260機に到達。

 これまで最多記録を維持してきた米ボーイング[本社:バージニア州アーリントン]の「737」シリーズ(初号機運航開始1968年2月、約110〜210席)を上回った。発足から半世紀余りを経て、エアバスはようやく悲願を達成した。

第2次世界大戦が終わり苦境に転落

 ボーイングなどの米航空機メーカーに対抗する目的で欧州各国の政府や産業界が「エアバス・インダストリーGIE」(GIEはフランス語のGroupement d'Intérêt économique〈経済的利益団体〉の略)という名称のコンソーシアム(企業連合)を立ち上げたのは1970年12月。当時ヨーロッパの航空機産業は未来像を描けない悲観的な状況下にあった。苦境の萌芽は第2次世界大戦の終戦後まで遡る。

 戦前まで世界の航空機産業の先頭を走っていたのは英仏独のメーカーだった。第1次大戦で新兵器としてクローズアップされた戦闘機は第2次大戦で戦いの主役となり、欧州各国は国力を傾けて航空機産業を巨大化させた。だが、互いの国土を荒廃させた激しい戦闘の結果、敗戦国ドイツとその占領下にあったフランスの航空機メーカーは壊滅状態となり、戦勝国イギリスでも戦後の航空機産業は軍需の消滅と資金不足により、かつて自分たちの後塵を拝していた米航空機メーカーとの競争で劣勢に立たされることになる。

 1941年3月に米大統領(当時)フランクリン・ルーズベルト(1882〜1945年)の署名で成立した武器貸与法を機に、アメリカからイギリスを含む連合国に軍需物資を供給することが可能になった。航空機生産を巡っては実務レベルで英米が役割を分担し、イギリスのメーカーは欧州戦線向けの戦闘機製造を中心に担い、アメリカのメーカーは大型爆撃機や輸送機の大量生産を引き受けた。

カテゴリ: 経済・ビジネス
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執筆者プロフィール
安西巧(あんざいたくみ) ジャーナリスト 1959年福岡県北九州市生まれ。1983年早稲田大学政治経済学部政治学科卒、日本経済新聞社入社。主に企業取材の第一線で記者活動。広島支局長、編集委員などを歴任し、2024年フリーに。フォーサイトでは「杜耕次」のペンネームでも執筆。著書に『経団連 落日の財界総本山』『広島はすごい』『マツダとカープ 松田ファミリーの100年史』(以上、新潮社)、『さらば国策産業 電力改革450日の迷走』『ソニー&松下 失われたDNA』『西武争奪 資産2兆円をめぐる攻防』『歴史に学ぶ プロ野球16球団拡大構想』(以上、日本経済新聞出版)など。
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