IEEJアウトルック2026に見るエネルギー地政学:エネルギー需要で中国を超える「インド・ASEAN」

執筆者:小山堅 2025年11月13日
タグ: インド 日本
エリア: グローバル
エネルギー分野で日本が「世界の真ん中で咲き誇る」ためには、インドやASEANとの協力を進めていくことが極めて重要だ[第47回ASEANサミットに合わせてマレーシアを訪れ各国首脳と記念撮影に臨む日本の高市早苗総理(中央)=2025年10月26日、マレーシア・クアラルンプール](C)EPA=時事
日本エネルギー経済研究所が10月に発表した「IEEJアウトルック2026」は、2050年に世界の一次エネルギー需要の75%を発展途上国・新興国が占めると予想する。インドとASEANを合わせると22%となり、20%の中国を上回る。特に電力需要が拡大するが、先進国では技術進展によりCO2排出の大幅削減が見込まれる。化石燃料を大量に輸入するインド・ASEANの動向が、世界のエネルギー安定供給と脱炭素化の行方を左右する。

 エネルギーの未来は不確実性に満ちている。エネルギーの需要や供給に影響を及ぼす重要な要因、政治・安全保障・地政学・経済・技術、そしてエネルギーや環境に関する政策などの先行きは見通し難く、10年後、20年後の世界がどうなっているのかは全く不透明だからである。

 それでも、多くの長期的な未来を予測する世界のエネルギー見通しが存在する。代表的なものには国際エネルギー機関(IEA)の「World Energy Outlook」、石油輸出国機構(OPEC)の「World Oil Outlook」、米国エネルギー情報局(EIA)の「International Energy Outlook」など、国際機関や政府機関による見通しがある。その他にも、国際石油メジャーである、BP、Shell、TotalEnergiesなどが世界のエネルギー見通しを発表している。

 筆者が所属する日本エネルギー経済研究所(IEEJ)も2006年以来、毎年10月に「IEEJアウトルック」と題する世界の長期エネルギー見通しを発表し続けている。中立的なシンクタンクが世界のエネルギー見通しを公表し続ける例はあまりなく、今では弊所の「アウトルック」も世界の代表的なエネルギー見通しの一つと位置付けられるようになっている。

 なぜ、不確実性に満ちた未来について、これほど多くのエネルギー見通しが存在するのか。それは、エネルギーという暮らしや経済にとって必須の物資の未来を考える上で、その安定供給確保や気候変動対策強化のためには、どのエネルギーをどれだけ使っていくのか、そのためには長期的な投資や推進のための取り組みをどうするのかなどについて、何らかのガイドライン・指針が必要だからである。不確実な未来を読む、という挑戦を敢えて行い、エネルギーの未来を切り開くための一助として、これらの長期エネルギー見通しが作成され、発表されている。

 そこで以下では、2025年10月に発表されたばかりの弊所の「IEEJアウトルック2026」(以下では、本アウトルックと略)を参照し、2050年に至る世界のエネルギーの未来を描き、そこから浮かび上がる重要な地政学的なインプリケーションの一つ、すなわち、エネルギーの未来におけるインド・東南アジア諸国連合(ASEAN)の重要性、に焦点を当てた論考を行う。

 本アウトルックでは、「レファレンスシナリオ」と「技術進展シナリオ」の2つの将来シナリオの下で、2050年までの世界のエネルギー見通しを行っている。これらのエネルギーの未来像は、今後の世界の変化の可能性につき、経済成長率、人口増加、エネルギー価格、エネルギー技術の導入などについて、様々な前提条件を想定し将来を展望するものである。換言すると、これらは、様々な前提の下で世界はどうなるか、を予測する「フォアキャスト型」の「見通し」である。

 ここでやや本題から外れるが、世界のエネルギーの未来を描くには、この方法と対極的な「バックキャスト型」の分析があることを指摘したい。この代表は、IEAの「World Energy Outlook」のNet Zero Emission(NZE)シナリオに見られるように、将来時点の「着地点」(例えば、世界全体が2050年にはカーボンニュートラルになる、など)を定め、そこに至るために世界がどう変わっていかねばならないかを規範的に分析するものである。「フォアキャスト型」および「バックキャスト型」の分析のどちらも将来を読み解くツールとして有用であるが、その性格の違いに基づき、各々異なる意義(と課題)を有する点に留意が必要である。

2050年までに中国のエネルギー需要は12%減少

 さて、本題に戻り、本アウトルックで、エネルギー政策や技術導入について現状の趨勢が将来まで続いていくと想定する「レファレンスシナリオ」での世界のエネルギーの将来像を見てみよう。

 このシナリオでは、経済成長持続の下で世界の一次エネルギー需要は着実に増加していく。世界の一次エネルギー需要は、2023年の石油換算151億トン(以下、TOE)
から、2050年に14%増加し、173億TOEまで拡大する。増加の中心は新興国・発展途上国で、彼らの一次エネルギー需要の2050年までの増加分は26億TOEに達し、世界全体での増分を上回る。これは、特に先進国のエネルギー需要がこの期間中に7億TOE減少するのを補う形で世界の需要増加を牽引する点で特に重要である。

 先進国と途上国の一次エネルギー需要の世界シェアは、1990年には53%対47%で先進国のシェアが大きかったが、2023年には34%対66%へと逆転し、2050年には25%対75%まで差が拡大する。まさに、世界のエネルギー消費の重心は途上国・新興国へと大きくシフトしていくのである。

カテゴリ: 環境・エネルギー
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執筆者プロフィール
小山堅(こやまけん) 日本エネルギー経済研究所専務理事・首席研究員。早稲田大学大学院経済学修士修了後、1986年日本エネルギー経済研究所入所、英ダンディ大学にて博士号取得。研究分野は国際石油・エネルギー情勢の分析、アジア・太平洋地域のエネルギー市場・政策動向の分析、エネルギー安全保障問題。政府のエネルギー関連審議会委員などを歴任。2013年から東京大公共政策大学院客員教授。2017年から東京工業大学科学技術創成研究院特任教授。主な著書に『中東とISの地政学 イスラーム、アメリカ、ロシアから読む21世紀』(共著、朝日新聞出版)、『国際エネルギー情勢と日本』(共著、エネルギーフォーラム新書)など。
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