悪なき善はなし 川越史郎『ロシア国籍日本人の記録』

執筆者:船橋洋一 2001年12月号

「リッパナ キョウサンシュギシャニナッテ ニッポンニ カエッテクル」 川越史郎の友人である原後山治は終戦直後、シベリアの収容所に入っていた川越からカタカナで書いたこんな手紙を受け取った。 初年兵の川越は鹿児島の第七高等学校に入学して間もなく召集、旧満州で敗戦を迎え、ソ連に抑留された。二十歳だった。そこで日本人の民主化オルグに見いだされ、奥地の収容所から州都ハバロフスクの収容所に移され、社会主義教育を受けた。手紙は恐らくそのころ書かれたものだったろう。彼は帰国後日本の「民主化」、つまり日本を赤化するための先兵となることを心に期していたのである。しかし、結局はソ連に残って「日本民主化」の仕事をすることになる。

カテゴリ: カルチャー
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執筆者プロフィール
船橋洋一(ふなばしよういち) アジア・パシフィック・イニシアティブ理事長。1944年北京生まれ。東京大学教養学部卒。1968年、朝日新聞社入社。朝日新聞社北京特派員、ワシントン特派員、アメリカ総局長、コラムニストを経て、2007年から2010年12月まで朝日新聞社主筆。米ハーバード大学ニーメンフェロー(1975-76年)、米国際経済研究所客員研究員(1987年)、慶應義塾大学法学博士号取得(1992年)、米コロンビア大学ドナルド・キーン・フェロー(2003年)、米ブルッキングズ研究所特別招聘スカラー(2005-06年)。2013年まで国際危機グループ(ICG)執行理事を務め、現在は、英国際問題戦略研究所(IISS)Advisory Council、三極委員会(Trilateral Commission)のメンバーである。2011年9月に日本再建イニシアティブを設立し、2016年、世界の最も優れたアジア報道に対して与えられる米スタンフォード大アジア太平洋研究所(APARC)のショレンスタイン・ジャーナリズム賞を日本人として初めて受賞。近著に『フクシマ戦記 10年後の「カウントダウン・メルトダウン」』(文藝春秋)、『自由主義の危機: 国際秩序と日本』(共著/東洋経済新報社)、『地経学とは何か』(文春新書)、『カウントダウン・メルトダウン』(第44回大宅賞受賞作/文春文庫)など著書多数。
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