夕刻が近づいていた。フィレンツェの街を流れるアルノ川は、沈みゆく太陽で黄金色に染まり、ウフィッツイは、汲み尽くせぬ美に眩暈を覚え、疲労しつつも満足気な表情を浮かべた人々を放出する。ヴェッキオ宮殿の鐘楼は、暮れゆく空を背景に一層、その特徴ある姿を際だたせていた。その下の石造りのファッサードを過ぎ、先頃、修復を終えた宮殿内に入ってみた。十六世紀以来、二世紀にわたってメディチ家の城だったこの建物は、輝く栄光の陰で、不可解な死が続いた一族の歴史と同じように謎につつまれている。修復のたびに判明する意外な事実が美術史家を驚かせ、その全容は未だに解明されない。
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