中東―危機の震源を読む (8)

立憲主義を骨抜きにする「緊急事態法」の政治

執筆者:池内恵 2005年8月号
エリア: 中東

 六月九日に閉幕したシリアのバアス党大会で注目を集めたのは、一九六三年に発令されて以来続いている緊急事態についてどのように議論されるかだった。国内外に民主化をアピールする手段として緊急事態の解除へ道筋が示されるのでは、という観測が一部にあった。しかし結局は緊急事態諸法制の適用を部分的に緩和するにとどまった。 緊急事態の長期化はエジプトにも共通している現象である。昨年末から相次いだデモと政府批判では、緊急事態の解除が要求項目の筆頭に挙げられた。緊急事態諸法制は強権支配に形式的な合法性を与え、政治的異議申し立ての公然化を阻止することで、中東諸国の政権を維持する鍵となっている。政権と野党勢力の間の具体的な争点は、この緊急事態をめぐるものとならざるをえない。

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執筆者プロフィール
池内恵(いけうちさとし) 東京大学先端科学技術研究センター グローバルセキュリティ・宗教分野教授。1973年生まれ。東京大学大学院総合文化研究科地域文化研究専攻博士課程単位取得退学。日本貿易振興機構アジア経済研究所研究員、国際日本文化研究センター准教授を経て、2008年10月より東京大学先端科学技術研究センター准教授、2018年10月より現職。著書に『現代アラブの社会思想』(講談社現代新書、2002年大佛次郎論壇賞)、『イスラーム世界の論じ方』(中央公論新社、2009年サントリー学芸賞)、『イスラーム国の衝撃』(文春新書)、『【中東大混迷を解く】 サイクス=ピコ協定 百年の呪縛』 (新潮選書)、 本誌連載をまとめた『中東 危機の震源を読む』(同)などがある。個人ブログ「中東・イスラーム学の風姿花伝」(http://ikeuchisatoshi.com/)。
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