行き先のない旅 (64)

「スパイの代名詞」を創ったイアン・フレミングの人生

執筆者:大野ゆり子 2008年9月号
エリア: ヨーロッパ

 パリ発成田行きの飛行機の中で、読む予定だった本を脇に置いて、映画007シリーズを五作見てしまった。初代ボンドを演じたショーン・コネリーの「ドクター・ノオ」から、ダニエル・クレイグ演じる、一番新しいボンドまでを通してみると、007シリーズにおける男女同権もここまで進んだか、と隔世の感がある。 軽妙な会話とすきのない身のこなし、天才的な語学力と社交性、運動神経、敵の裏をかく頭の切れ方、恐れを知らない強さ。「ジェームズ・ボンド」のヒーロー像を集約すると、ざっとこんな感じだろうか。確かにカッコイイとは認めるとしても、なぜ、ボンドにかかると、女性が一様に従順になり、甘ったるい上目遣いの視線で「ジェームズゥ」というようになるのか、小さい頃、不思議だった。そのくすぐったさを否定してくれたのが、最新作「カジノ・ロワイヤル」である。いつもの決め台詞で、「名前はボンド。ジェームズ・ボンド」とボンドガールに言い放つのだが、相手は「それが?」というクールな反応。不死身のはずのボンドは毒殺されかけ、ボンドガールによって、やっと一命をとりとめる。

カテゴリ: カルチャー
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執筆者プロフィール
大野ゆり子(おおのゆりこ) エッセイスト。上智大学卒業。独カールスルーエ大学で修士号取得(美術史、ドイツ現代史)。読売新聞記者、新潮社編集者として「フォーサイト」創刊に立ち会ったのち、指揮者大野和士氏と結婚。クロアチア、イタリア、ドイツ、ベルギー、フランスの各国で生活し、現在、ブリュッセルとバルセロナに拠点を置く。
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