クオ・ヴァディス きみはどこへいくのか?

あの中国に「ない」もの

執筆者:徳岡孝夫 2004年5月号
エリア: アジア

 私が台湾に何となく好意を抱くのは、茶碗屋のオバサンのせいである。 新聞社のバンコク特派員になって半年後に家族を呼び寄せた。一家が暮らすにはまず「食」の心配、それより先に一応の食器の用意が要る。六〇年代後半、バンコクに一軒だけ、日本語を喋る台湾人のオバサンの営む瀬戸物屋があった。妻を連れていった。 女の買い物は品定めに手間がかかる。いろいろオバサンに質問する。そばで聞いていて、私は驚いた。応対するオバサンの日本語が、実に美しいのである。「あら、それがお気に召しませんようなら、こちらに色違いのがございます」などと言っている。店には若い日本人の主婦も来ていたが、あまりにも綺麗な日本語に押され、客の方がハイハイと恐縮している。

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執筆者プロフィール
徳岡孝夫(とくおかたかお) 1930年大阪府生れ。京都大学文学部卒。毎日新聞社に入り、大阪本社社会部、サンデー毎日、英文毎日記者を務める。ベトナム戦争中には東南アジア特派員。1985年、学芸部編集委員を最後に退社、フリーに。主著に『五衰の人―三島由紀夫私記―』(第10回新潮学芸賞受賞)、『妻の肖像』『「民主主義」を疑え!』。訳書に、A・トフラー『第三の波』、D・キーン『日本文学史』など。86年に菊池寛賞受賞。
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