私が台湾に何となく好意を抱くのは、茶碗屋のオバサンのせいである。 新聞社のバンコク特派員になって半年後に家族を呼び寄せた。一家が暮らすにはまず「食」の心配、それより先に一応の食器の用意が要る。六〇年代後半、バンコクに一軒だけ、日本語を喋る台湾人のオバサンの営む瀬戸物屋があった。妻を連れていった。 女の買い物は品定めに手間がかかる。いろいろオバサンに質問する。そばで聞いていて、私は驚いた。応対するオバサンの日本語が、実に美しいのである。「あら、それがお気に召しませんようなら、こちらに色違いのがございます」などと言っている。店には若い日本人の主婦も来ていたが、あまりにも綺麗な日本語に押され、客の方がハイハイと恐縮している。

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