ペイオフのある銀行、ない銀行

執筆者:鷲尾香一 2010年9月27日
ペイオフ手続きのため、営業再開を待つ日本振興銀行の預金者(C)時事
ペイオフ手続きのため、営業再開を待つ日本振興銀行の預金者(C)時事

“抜けない宝刀”と揶揄され、これまで金融機関の破綻で幾度も検討されながらも発動されたことのなかった「伝家の宝刀=ペイオフ」が2010年9月10日、初めて日本振興銀行に対して発動された。そのペイオフ制度を紐解けば、金融機関破綻処理の歴史と当局の執念を垣間見ることができる。
 縷説は割愛するが、現状のペイオフ制度は、金融機関の破綻に際し、普通預金など利息の付く決済用預金と定期預金などを合わせ、預金者1人当たり1000万円までの預金を保護する制度。
 わが国に預金保険機構が設立され、預金保険制度が発足したのは1971年。すでに40年近い歴史がある。この間、同機構が経営破綻した金融機関を処理した件数は181件(日本振興銀行が182件目)に上る。しかし、この181件の破綻処理では1度もペイオフが発動されたことはない。
 預金保険制度発足から96年までは「預金の定額保護」が続いた。預金保険制度発足当時は預金元本100万円までだった保護が、74年には300万円に引き上げられ、86年には現在と同額の1000万円に引き上げられた。当時は、「金融機関不倒神話」の時期で、金融機関は潰れないと信じられており、行政も金融機関の経営を徹底的に保護していた。
 91年に東邦相互銀行が金融機関初の経営破綻を起こした時も、ペイオフ発動ではなく、健全な金融機関(伊予銀行)に東邦相互銀行を引き受け(合併)させることで処理した。それは、「金融機関破綻の連鎖を回避する狙いと、ペイオフを実施する実務的なノウハウがなかった」(金融庁元幹部)ためだった。
 金融庁や日銀など監督官庁の関係者は、「当時から、いつでもペイオフが実施できるようにマニュアルはあった。しかし、実務のノウハウがなかったため、適度な実験案件になる金融機関の破綻待ちの状態だった」(日銀元幹部)ことを明らかにしている。

カテゴリ: 経済・ビジネス
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執筆者プロフィール
鷲尾香一(わしおこういち) 金融ジャーナリスト。本名は鈴木透。元ロイター通信編集委員。外国為替、債券、短期金融、株式の各市場を担当後、財務省、経済産業省、国土交通省、金融庁、検察庁、日本銀行、東京証券取引所などを担当。マクロ経済政策から企業ニュース、政治問題から社会問題まで様々な分野で取材・執筆活動を行っている。
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