逆張りの思考

手本は東京藝大にある

執筆者:成毛眞 2016年11月3日
タグ: アメリカ
エリア: 北米 アジア

 二宮敦人さんの『最後の秘境』で始まるタイトルの本を面白く読んだ。秘境と言っても、恐山や高千穂、アマゾンの奥地やフィリピンのエルニドのことではない。東京藝術大学のことだ。本の正式なタイトルは『最後の秘境 東京藝大 天才たちのカオスな日常』(新潮社刊)。確かに、大学の中でも藝大は孤高の別世界。創作活動という名の下、やりたい放題の学生も多いようで、その世界をルポした楽しい読み物だった。
 特に興味深かったのは入試について。藝大への入学許可を得られるのはどんな人物であるのかを記した項だ。読んで思わず納得した。とりわけ、美校(美術学部)に関してはそうだ。書籍の内容を丸々書き写すことは避けるが、藝大は美術を学びたい人ではなく、どんなときでも何かを創造しなくては気が済まない人を選んで入学させている。そして受け入れてからも、座学で単位を取らせるよりも、その創造性を発揮することに重きを置いている。
 こういった、才能での選抜とその育成はこれから増えていくと思うし、増えていかなければならないと思う。アメリカではオバマ政権が盛んにSTEM教育に力を入れてきた。STEMとはサイエンス、テクノロジー、エンジニアリング(工学)、マスマティクス(数学)の頭文字を並べたものであり、いわゆる理系教育のことだ。科学的根拠に基づいた論理的思考ができる人材を育てようとしているのだ。
 それももっともだと思う。法律学や経済学に関する知識は、実はビジネスにはあまり必要がない。法律家や公務員、あるいは企業の中の一部の専門組織に勤める人を除いて、多くの人にとって必要なのは、何という法律の何条に何が書いてあるかを覚えることではなく、何かを実現するにはどんな技術が必要で、どうしたらより効率を高められるかの仕組みを考えられる力、考えずにはいられない力だ。STEM教育は全体の底上げを図ると同時に、埋もれがちな才能をも見つけ出す。
 最近はそのSTEMにAがつくようになった。略語はSTEAM。Aはアートの頭文字だ。アートもビジネスには欠かせない。多くの商品が成熟した今、機能や性能よりもデザインを重視してものを選ぶ人が増えている。ダウンロードしたアプリやアクセスしてみたウェブサイトも、どんなにそれが便利なものであっても、デザインが悪いと使われなくなる。これまで、アプリやウェブサイトのデザインはエンジニアが行うことが多かったが、今後は技術とデザインの両方がわかる人材が求められるだろう。そして残念ながら、その才能は、ある程度のレベルを超えると、教わってどうにかなるものではない。とても才能のある人とそうでない人との差は歴然としている。
 しかし、そうでない側の人たちもがっかりすることはない。才能は、より細かく分類されるようになるだろうからだ。

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執筆者プロフィール
成毛眞(なるけまこと) 中央大学卒業後、自動車部品メーカー、株式会社アスキーなどを経て、1986年、マイクロソフト株式会社に入社。1991年、同社代表取締役社長に就任。2000年に退社後、投資コンサルティング会社「インスパイア」を設立。2011年、書評サイト「HONZ」を開設。元早稲田大学ビジネススクール客員教授。著書に『面白い本』(岩波新書)、『ビジネスマンへの歌舞伎案内』(NHK出版)、『これが「買い」だ 私のキュレーション術』(新潮社)、『amazon 世界最先端の戦略がわかる』(ダイヤモンド社)、『金のなる人 お金をどんどん働かせ資産を増やす生き方』(ポプラ社)など多数。(写真©岡倉禎志)。
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