韓国「禁輸」石巻名物「ホヤ」復活を目指す「若手漁師」らの奮闘

執筆者:寺島英弥 2019年1月29日
エリア: 日本
ホヤの種苗を付ける原盤を積み込んで(筆者撮影、以下同)

 

「見下して煙突なき町の夕まぐれ ホヤは人間以前の香りする」

 歌人の土屋文明が宮城県の三陸の町を訪ねた折、特産のホヤの味に太古の生き物を思い浮かべた――という58年前の歌だ(『青南集』所収)。文明は海のない群馬県の出身で、東京で暮らした人。その「未知なる珍味」というホヤの印象を、今も全国の消費者が抱いているのではないか。

 そうした現状に、地元の生産者らは焦りを募らせている。大消費地の韓国が東京電力福島第1原子力発電所の事故後、東北など8県の水産物を輸入禁止にし、出荷の大半を担った宮城のホヤは販路を失って久しい。ホヤを知らない消費者に味をどう伝え、「うまい」と食べてもらえるか。若手の漁師たち、彼らを応援する料理店主ら、地元の熱い発信が始まっている。 

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執筆者プロフィール
寺島英弥 ジャーナリスト。1957年福島県生れ。早稲田大学法学部卒。河北新報元編集委員。河北新報で「こころの伏流水 北の祈り」(新聞協会賞)、「オリザの環」(同)、「時よ語れ 東北の20世紀」などの連載に携わり、2011年から東日本大震災、福島第1原発事故を取材。フルブライト奨学生として2002-03年、米デューク大に留学。主著に『シビック・ジャーナリズムの挑戦 コミュニティとつながる米国の地方紙』(日本評論社)、『海よ里よ、いつの日に還る』(明石書店)『東日本大震災 何も終わらない福島の5年 飯舘・南相馬から』『福島第1原発事故7年 避難指示解除後を生きる』(同)。3.11以降、被災地における「人間」の記録を綴ったブログ「余震の中で新聞を作る」を書き続けた。
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