中露関係強化を予測できず:トランプ政権下で萎縮する米インテリジェンス機関

執筆者:春名幹男 2020年9月16日
 

 月刊の国際政治経済情報誌として1990年3月に誕生した『フォーサイト』は2010年9月にWEB版として生まれ変わり、この9月で10周年を迎えました。

 これを記念し、月刊誌の時代から『フォーサイト』にて各国・地域・テーマの最先端の動きを分析し続けてきた常連筆者10名の方々に、この10年の情勢の変化を簡潔にまとめていただきました。題して「フォーサイトで辿る変遷10年」。平日正午に順次アップロードしていきます(筆者名で50音順)。

 第8回は【インテリジェンス】春名幹男さんです。

 

 21世紀の米国の戦略的失敗。それは中国とロシアの関係緊密化を阻止できなかったことだ。さらに、世界をリードしてきた自由陣営に中露が挑戦する時代の到来も世界最強の米インテリジェンス機関は予測できなかった。

 中露が今後も世界で米国と覇権を競うのは必至。しかし、ドナルド・トランプ米大統領が再選されれば、中露に対抗する「自由主義陣営」の隊列は構築できないだろう。

 このように世界の戦略地図を一変させる分水嶺となったのは2014年のことだ。

 米国の17情報機関を束ねる国家情報長官(DNI)が毎年1月に上院情報特別委員会に提出していた「世界脅威評価」報告書の2014年版と2015年版を比較するとその前後で情勢が激変したことが分かる。

 中国では前年の2013年に習近平国家主席が就任、バラク・オバマ大統領(当時)との会談で「新しいタイプの大国関係」の構築を提案した。この時点で米中間の覇権争いは見えない。

 他方ロシアには、「本格的な戦力投入能力」の意図はない、と2014年版報告書はみた。

 しかし、ウラジーミル・プーチン露大統領は2014年、ウクライナに侵攻、クリミア半島を併合し、傲慢な「大国」の立場を押し出した。これに対し、オバマ米政権は西欧同盟諸国と対露制裁を実施、関係が悪化した。

 中国は、米国の人事管理局(OPM)コンピューターにサイバー攻撃し、実に2210万人の個人特定情報(PII)を窃取した。この中に情報機関員ら機密情報取り扱い資格を持つ連邦政府職員も含まれており、米中央情報局(CIA)は中国駐在工作員らを引き揚げるなどの騒ぎになった。さらに、中国による南シナ海の「軍事化」もこの年始まった。

 さらに2016年米大統領選挙にロシア軍参謀本部情報総局(GRU)が介入し、民主党本部などにサイバー攻撃を仕掛けて、計数万通のメールを盗んだ。ロシアはほぼ同時に、フェイスブックなどを使ってトランプ大統領に有利になる情報を流した。米情報機関はこうした「SNSの兵器化」を同年中に探知できなかった。

 ロシアは英国の欧州連合(EU)離脱を誘導する工作もしたと伝えられ、自由陣営の「分断」を謀るさまざまな工作を行ったようだ。

 トランプ大統領は2018年7月のヘルシンキでのプーチン大統領との1対1の会談で通訳にメモを取らせなかった、とジョン・ボルトン元補佐官は自著に書いており、トランプ大統領とロシアの「秘密の関係」が疑われている。

 2019年版「世界脅威評価」は軍事・技術分野での「中露の協力拡大」を初めて指摘した。しかし、これを最後に次年度版は発表されていない。トランプ大統領と米情報機関の関係は悪く、情報機関は萎縮しているようだ。

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カテゴリ: 政治 軍事・防衛
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執筆者プロフィール
春名幹男(はるなみきお) 1946年京都市生れ。国際アナリスト、NPO法人インテリジェンス研究所理事。大阪外国語大学(現大阪大学)ドイツ語学科卒。共同通信社に入社し、大阪社会部、本社外信部、ニューヨーク支局、ワシントン支局を経て93年ワシントン支局長。2004年特別編集委員。07年退社。名古屋大学大学院教授、早稲田大学客員教授を歴任。95年ボーン・上田記念国際記者賞、04年日本記者クラブ賞受賞。著書に『核地政学入門』(日刊工業新聞社)、『ヒバクシャ・イン・USA』(岩波新書)、『スクリュー音が消えた』(新潮社)、『秘密のファイル』(新潮文庫)、『米中冷戦と日本』(PHP)、『仮面の日米同盟』(文春新書)などがある。
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