【特別企画】ソウル・釜山両市長選「与党惨敗」で「視界ゼロ」になった韓国大統領選挙(下)「大統領候補」の決め手なき与野党

執筆者:平井久志 2021年4月21日
エリア: アジア
政策に変化なくレイムダック、後継者も混沌の文在寅大統領 (C)EPA=時事
 
ソウル・釜山両市長選挙の結果が突き付けたもの――それは、来年行われる大統領選挙の各党候補者選びが、決め手なく混沌とした状況になった、ということだった。

 ソウル・釜山両市長選挙の惨敗は、ようやく与党「共に民主党」内に動きを生み出し始めた。

 2020年4月の総選挙で初当選した1回生議員約50人が4月9日、緊急懇談会を持った。与党「共に民主党」所属議員174人中、当選1回生議員は81人で、そのうちの半数以上が集まった。

1回生議員が公認候補擁立を批判

 1回生議員は、これまでは党指導部の方針に黙って従う沈黙集団で、野党からは黙って賛成の手を上げるだけの「挙手機」と批判を受けてきた。

 だがこの日は、生の声が噴出した。

「人事の原則はみんな崩れた。党は青瓦台(大統領府)に『国民の目の高さに合わない人事をするな』と言わなければならない」

「いつの間にか、『共に民主党』は既得権政党になってしまった。われわれは何でもできるという過信、とりあえず計画をつくって行けばよいという安逸さ、自分たちの過去を掲げてすべての批判を遮り、自分たちだけが正義だと固執する傲慢さが民主党をこのようにした」

「岩盤支持層を意識してちゃんとした所信、勇気ある声を出せなかったと反省する」――。

 1回生議員たちは「『共に民主党』1回生議員による立場文」を発表し、

「『共に民主党』の党憲章と党規約によれば、今回の選挙では『共に民主党』は候補の公認をするべきではなかった。しかし、私たちは考えもせず、国民的な共感もなく党憲章と党規約の改正を推進し、候補を出した後は耳を塞いだ。その意思決定に参加できなかった点を強く反省する」

 とした。

「共に民主党」の党憲章や党規約では、自党の政治家が不祥事で辞任したりした場合は、候補者を立てないとしていた。しかし、ソウル市も釜山市も「共に民主党」所属の市長がセクハラで辞任したり、自殺した結果での補欠選挙であったが、李洛淵(イ・ナギョン)党代表(当時)と金太年(キム・テニョン)院内代表(同)が主導する形で党憲章や党規約を改正し、公認候補を立てた。文在寅(ムン・ジェイン)大統領までが「党憲章は固定不変ではない」とこれを承認した。当選1回の議員たちが、これを公然と批判した意味は大きかった。

「検察改革は国民の共感を失った」

 これとは別に、「共に民主党」の20~30代の当選1回の若手議員である呉永煥(オ・ヨンファン)、李素永(イ・ソヨン)、張京泰(チャン・ギョンテ)、張喆敏(チャン・チョルミン)、田溶冀(チョン・ヨンギ)議員の5人は4月9日、選挙結果について「慣行と傲慢に目をつむらず革新の主体になる」と題した声明を発表した。

 声明は、

「検察改革は多くの国民の共感を得た政策だったが、秋美愛(チュ・ミエ)―尹錫悦(ユン・ソクヨル)の葛藤で、その推進過程で国民の共感を失った。傲慢と独善と見える行動が国民に疲労と嫌気を感じさせたが、それを改革的態度だと誤って判断した」

 と批判。当初は国民の共感を得ていた検察改革が、対応の誤りで国民の共感を失っていったと批判した。さらに、

「曺国(チョ・グク)長官が検察改革の代名詞だと考えた。それで検察の不当な圧迫に押されては駄目だと判断した。しかし、その過程で、多くの国民たちが怒り、分裂し、逆に検察改革の当為性と動力を失ったのではないかと振り返り反省する」

「惨敗の原因を野党のせい、メディアのせい、国民のせい、青年のせいにする声に私たちは同意できない」

 と指摘した。

 しかし、この声明を発表した呉永煥議員のフェイスブックには、ほとんどが非難と罵倒の3000件を超える書き込みがあった。

 曺国元法相や秋美愛前法相を支持する文在寅政権の熱烈支持層からは、「政治を止めろ」「この5人組を除名しなければならない」「改革の犠牲になった人たちに何てことを言うんだ」などという批判が品のない口調で殺到した。中国の「朝鮮族(チョソンゾク)」を念頭に「初選族(チョソンゾク=初めて選ばれた族)と批判するなど、民族差別的な非難まであった。

 若手議員たちからようやく自己批判の声が出始めたとはいえ、当選1回の議員団の中にも「文派」と呼ばれる文在寅大統領側近勢力は依然として多い。また検察改革、司法改革、メディア改革は180議席を取った今でなくては2度とできない、という主張が党内に根強いことも事実だ。世論対策と、党内のガス抜きのために党指導部批判をさせているという側面もあるとみられた。

 だが、盧武鉉(ノ・ムヒョン)政権で青瓦台政務首席秘書官を務めた「元祖・盧武鉉派」の柳寅泰(ユ・インテ)元議員はラジオのインタビューで、

「与党が熱烈支持層の要求をすべて受け入れて、(その結果)自ら支持層を狭めた。熱烈支持層の要求にこれ以上引きずられては希望がない」

 と、文在寅政権の熱烈支持層とこれを無批判に受け入れた党指導部を批判した。

 柳寅泰氏は4月12日にも『SBSテレビ』に出演し、曺国元法相に言及して声明を出した若手5人の議員に対し、

「とても望ましいことだ。何かが起きた時に、指導部や青瓦台の顔色を見ずに所信を述べる議員が多くならなければならない」

 と激励のエールを送った。

李洛淵・元首相に候補辞退を求める声も

李洛淵前首相 (C)EPA=時事

 与党「共に民主党」はソウル・釜山両市長選挙の惨敗という結果を受け、4月8日に議員総会を開き、党指導部が総退陣することを決めた。そして5月9日に開催することにしていた党大会を1週間早めて5月2日に開催し、来年8月までの新たな執行部を選ぶことにした。

 与党「共に民主党」は4月16日に議員総会を開き、国会運営を取り仕切る党院内代表に、親文在寅派に分類される尹昊重(ユン・ホジュン)議員を選出した。尹議員は1回目の投票で169票中、過半数の104票を獲得、65票を取った非主流の朴完柱(パク・ワンジュ)議員を抑えて当選を決めた。市長選は惨敗であったが、依然として親文在寅派中心の院内活動が続くことになった。

 この選挙の惨敗で最も深刻な打撃を受けたのは、李洛淵前首相だ。

 繰り返すが、ソウル市も釜山市も「共に民主党」の市長がセクハラで辞任したり、自殺した結果の補欠選挙のため、従来の党規約に従うならば候補者を立ててはならなかった。李在明(イ・ジェミョン)京畿道知事も候補擁立に反対していた。

 しかし、李洛淵氏自身が目指す大統領選挙を1年後に控え、首都と第2の都市で不戦敗となることは大統領選に不利になると判断。党代表として党規約を改正し、候補を擁立した。さらに選挙対策委員長になり、選挙の総責任者を務めた。

 幸か不幸か、李洛淵氏夫人が4月7日に新型コロナウイルスの感染者の濃厚接触者と判断され、陰性ではあったが4月15日まで自己隔離を言い渡され、李洛淵氏も同様の措置で自己隔離せざるを得なくなった。そのため、選挙の開票からしばらくは公の場には出ることができなかった。これほどの惨敗であったが、新型コロナウイルスのおかげで、テレビカメラの前に立たなくて済んだのである。

 李洛淵氏は4月8日にフェイスブックで、

「4月7日の再補欠選挙で表された民心を謙虚に受け入れる。尊敬する国民のみなさんの決定を重く受け止める。われわれが足りなかった。国民の失望と怒りをちゃんとくみ取れなかった。国民の生活における苦痛を十分に推し量れなかった」

 と謝罪した。その上で、

「私の責任は重い。文在寅政権の最初の首相であり、党代表と選挙対策委員長として私が足りなかった」

「省察の時間を持ちたい」

 と述べた。党内の一部からは、大統領候補レースからの辞退を求める声も出た。

 李洛淵氏は昨年まで、各種世論調査で次期大統領に相応しい政治家としてトップを走り続けたが、今年になり朴槿恵(パク・クネ)、李明博(イ・ミョンバク)両前・元大統領の恩赦に言及したことで支持率を落とした。その後は李在明知事にトップの座を譲り、次第にその差も広がったのだが、選挙の惨敗によってさらに窮地に立つことになった。何か思いきった党改革や新たな政策提言を打ち出さない限り、浮上は難しくなっている。

 李洛淵氏はコロナ隔離が明けた4月15日、議員約20人との会合で、

「私は文在寅政府で長く首相を務めた」

「死ぬことがあっても文大統領を守っていく」

 と述べた。李洛淵氏自身は、元々は文派ではない。だが、与党内最大勢力の「文派」の候補がいないため、文大統領の支持率が低下を続ける中でも、文大統領を批判したり、距離を置いたりすることは得策ではないと判断したようだ。

“党内1強”李在明・京畿道知事も赤信号

李在明京畿道知事 (C)EPA=時事

 与党惨敗の中で、比較的打撃が軽かったとみられているのが、李在明京畿道知事だ。党規約を改正しての候補者擁立にも反対し、韓国では公職者は直接選挙運動ができないため、選挙にも直接的には関与しなかった。

「共に民主党」の大統領候補争いでは李洛淵前首相と「2頭レース」を続けてきたが、今回の選挙で李洛淵氏が致命的な打撃を受けたために、与党内では「李在明1強」の動きが強まるとの見方が優勢だ。

 しかし、選挙で与党勢力自体が国民から不信任を突き付けられたために、与党大統領候補への基板は固まったが、肝心の本選挙で保守勢力に負ける可能性が高まったともいえる。

 幸いに、野党には求心点になる政治家が、政治経験のない尹錫悦前検事総長しかいないため、保守勢力がどこまで政治勢力の強化、拡大に成功するかは未知数だ。もっとも、「共に民主党」の惨敗を受けて、李在明知事の全般的な選挙情勢が苦しくなったことは間違いない。

“コロナ対策司令塔”丁世均前首相も参戦へ

 また、与党勢力が李在明知事で決まりかというと、状況はそう簡単ではない。李在明知事は党内では非主流であり、盧武鉉、文在寅元・現大統領の支持勢力とは距離を置いてきた「外様」だ。その点では李洛淵氏も「旗本」ではないのである。

大統領選レースに参加する丁世均前首相 (C)EPA=時事
 

 こうした中で、韓国政府のコロナ対策の司令塔の役割を果たしてきた丁世均(チョン・セギュン)首相が辞意を表明し、与党の大統領候補レースに参戦した。

 丁世均前首相は1950年生まれの70歳。高麗大を卒業して双龍グループに勤務したが、1996年の総選挙で新政治国民会議候補として全羅北道から立候補して当選し政界入り。その後、韓国で「政治1番地」といわれるソウル市鍾路区に選挙区を移した。連続6回当選で2016年から2018年まで国会議長も務めた。2020年の総選挙では、ソウル市鍾路区の選挙区を李洛淵氏に譲り政界を退いた。

 2019年12月、李洛淵氏が首相を退くと、文在寅大統領は丁世均氏を首相に起用した。李洛淵氏が今回の選挙惨敗で大きな痛手を受けると、その空白を埋める形で大統領候補レースに参加した。李洛淵氏も丁世均氏も全羅道出身で、丁世均氏がレースに参加すれば李洛淵氏はさらに状況が不利になるとみられている。

「文派の候補擁立」は党分裂の火種にも

 李在明知事が「共に民主党」の主流ではないだけに、盧武鉉―文在寅両大統領の系譜を引く「文派」では、今回の選挙の惨敗にもかかわらず、候補擁立の動きもある。むしろこのような困難な状況だからこそ、「文派」から大統領候補を立てて正面突破すべきという意見もあり、秋美愛前法相、金慶洙(キム・ギョンス)慶尚南道知事、任鍾晳(イム・ジョンソク)元大統領秘書室長、李光宰(イ・グァンジェ)議員、柳時敏(ユ・シミン)盧武鉉財団理事長などの名前が挙がっている。

 一部では尹錫悦前検事総長と激しく対立した秋美愛前法相を立てて、大統領選で再び正面対決という極端な意見もあり、秋美愛氏は求められるなら応じるという姿勢すら見せている。

 しかし、「共に民主党」重鎮の薛勳(ソル・フン)議員はテレビに出演し、

「本人がやると言っても党員たちが受け入れないといけない。ものごとには時というものがある」

 と語り、ソウル・釜山両市長選挙で惨敗し、文在寅政権が「ノー」を突きつけられた状況で、秋美愛氏のような人物が出ることができる状況ではないと一蹴した。

 しかし、今までは「大統領選挙には出ない」と言っていた柳時敏理事長が最近、「信念は変わるもの」と語るなど、大統領選挙への態度を変える可能性を示唆して注目を集めている。

「文派」が急進的な左派の動きを強めれば、金鍾仁(キム・ジョンイン)氏が予言したように与党が分裂する可能性がないわけではない。穏健的な進歩勢力が、有権者の支持を失った「文派」との決別を選ぶ可能性もあるということだ。

 世論調査会社「韓国ギャラップ」が4月13~15日に行った世論調査(16日発表)では、文在寅大統領の支持率は2週間前に比べて2ポイント下落し、これまでで最低の30%を記録した。不支持は4ポイント上昇し、62%だった。

 政党の支持率でも与党「共に民主党」が31%、野党「国民の力」が30%で、同社の調査では文在寅政権発足以来、両党の支持率が最も縮まった。

 次期大統領に相応しい人物では、尹錫悦前検事総長が2週間前より1ポイント上昇し25%、李在明京畿道知事が2週間前と同じ24%、李洛淵前元首相が2ポイント下がって5%にまで下落した。このほかでは、安哲秀(アン・チョルス)「国民の党」代表が4%、無所属の洪準杓(ホン・ジュンピョ)議員が2%、呉世勲(オ・セフン)ソウル市長が2%、丁世均前首相が1%だった。

 次期大統領選では「現政権のため野党候補が当選する方が良い」が55%で、「現政権を維持するために与党候補が当選する方が良い」は34%だった。

 別の世論調査会社「リアルメーター」が4月12~16日に行った調査(19日発表)では、尹錫悦前検事総長が37.2%、李在明知事が21.0%、李洛淵元首相が11.0%だった。

 次期大統領選挙で、与党候補と尹錫悦氏が一騎打ちで対決した場合を尋ねた調査では、尹錫悦氏と李在明知事では尹氏が51.1%、李在明氏が32.3%、尹氏と李洛淵氏の対決では尹氏が51.6%、李洛淵氏が30.1%で、いずれも尹氏が与党候補に大差を付けた。

新首相に「地域主義打破」の金富謙氏

金富謙新首相 (C)EPA=時事

 文在寅大統領は4月16日、大統領選挙候補出馬のために辞意を表明した丁世均首相の後任に金富謙(キム・ブギョム)元行政安全部長官を指名した。また、国土交通部長官に盧炯旭(ノ・ヒョンウク)前国務調整室長、科学技術情報通信部長官には女性の林恵淑(イム・ヘスク)国家科学技術研究会理事長、産業通商部長官には文勝煜(ムン・スンウク)国務調整室国務第2次長、雇用労働部長官には安庚徳(アン・ギョンドク)経済社会労働委員会常任委員、海洋水産部長官には同部の朴俊泳(パク・ジュンヨン)次官をそれぞれ指名した。

 新首相に指名された金富謙氏は慶尚北道出身で、韓国では「地域主義打破の騎手」で知られる人物だ。

 ソウル大学在学中から朴正煕(パク・チョンヒ)政権の維新体制に反対して逮捕され、除籍と復学を繰り返した。民主統一民衆運動連合(民統連)幹事を務めるなど在野運動を続け、1987年の民主化後、ようやくソウル大政治学科を卒業。政界に身を投じ、「民主党」副スポークスマンを務めるなど野党に身を置いたが、2000年に保守の「ハンナラ党」から京畿道軍浦選挙区に立候補して当選した。

「ハンナラ党」内で進歩的な主張を繰り返し、2003年に脱党。その後、無所属を経て進歩政党「開かれたウリ党」に身を移して2004年、2008年の総選挙でも京畿道軍浦で当選した。

 2012年の総選挙で、「地域主義の打破」を掲げ、固い支持基盤を持つ軍浦選挙区からの立候補を放棄し、保守の強固な地盤である大邱市の選挙区から立候補し苦杯をなめた。

 その後も「大邱で進歩勢力が勝利しなければ地域主義を打破できない」と主張し、2016年の3度目の挑戦でようやく当選を果たした。文在寅政権のスタートともに日本の自治省に相当する行政安全部の長官を務めたが、2020年4月の総選挙では落選した。

 文在寅政権では李洛淵、丁世均首相と全羅道出身の首相が続いたため、文大統領は大邱・慶尚北道(TK)出身の金富謙氏を政権末期の1年を担う首相に選んだ。

 韓国では、政権末期の首相は官僚出身者など非政治家を起用することが多かった。だが、文大統領がソウル・釜山両選挙の惨敗という逆風の中で、金富謙氏を起用したのは、4選議員で「非文在寅系」に分類される金氏を指名することで、非主流派を巻き込んで政権運営の動力を維持しようとする意図とみられた。首相以外は官僚や専門家を起用した。

 金富謙氏は、

「4月7日の選挙で明確になった国民のお叱りにしっかりと応えます」

 と抱負を述べた。

青瓦台も首席秘書官などが交代

 青瓦台(大統領府)でも、新たな政務首席秘書官に「共に民主党」の李哲熙(イ・チョルヒ)元国会議員、社会首席秘書官に李泰翰(イ・テハン)国民健康保険公団常任監事をそれぞれ任命した。また、康珉碩(カン・ミンソク)青瓦台報道官に代わり、朴炅美(パク・ギョンミ)教育秘書官を起用した。新型コロナの感染拡大防止と関連し新設した防疫企画官には、奇牡丹(キ・モラン)国立がんセンター教授を起用した。

 李哲熙元議員は慶尚北道浦項出身で、元々は政治評論家だったが、文大統領が党代表時代の2016年の総選挙で、比例区に迎え入れた。2020年の総選挙では「政治が情けない」と不出馬を決めた人物だ。親文派ではないが、政治に嫌気が差したという人物を再び青瓦台に迎え入れたことで、野党からは批判も予想される。また、これまで親文派が続いた政務首席秘書官に、非文派を初めて起用したことも注目される。

人事はするが政策変化のない文在寅政権

 文在寅大統領は選挙翌日の4月8日、青瓦台報道官を通じて、

「国民の叱責を重く受け止め、低い姿勢で国政に臨む」

 との談話を発表した。4月9日には韓国が独自に開発を進めている戦闘機「KF21」の試作機を披露する式典に参加し、

「私たちの手でつくった超音速の戦闘機を持つことになった。世界で8番目の快挙で自主国防の新しい時代が開かれた」

 と成果を強調して上機嫌だった。

 しかし、内政、外交を含めて政策の方向性を変える兆しはなく、このまま現状を維持して進むように見える。韓国の世論調査会社が4月5~7日に行った、文在寅政権の国政運営の方向性についての調査では、「これまでの基調を維持し、一部政策は修正すべきだ」が51%、「これまでの国政運営方向を全面的に修正すべきだ」が35%だった。大統領の残り任期は1年、その間に国民の多くは何らかの形での政策変更を期待しているが、その兆しは見えない。

 文在寅大統領は4月19日、青瓦台首席秘書官・補佐官会議で、

「国民の叱責を苦薬として国政全般を振り返り、新たな出発の転機にしたい」

「任期の最後の日まで揺れることなく、国民と歴史が付与した責務を尽くそうという決意を新たにしている。成果は一層発展させ、不足しているものは埋めて直す」

 と述べた。

 ソウル・釜山両市長選挙から12日目にして、ようやく大統領自身の口から出た反省と決意の言葉であった。

 しかし、この日の言葉は自分の業績の部分に多くを割き、「不足しているもの」が何であり、それをどのように「埋めて直す」かについての言及はなかった。政策の転換よりは、既存の路線の仕上げを強調するものであった。「苦薬」はあまり、効能を発揮していないようだ。

 与党の大統領候補を目指す人物は、文在寅政権との政策的な差を明確にし、次期政権の明確なビジョンを示さなければ勝てないだろう。一方、野党の保守勢力は早く求心点となる候補者をつくり出し、明確な対抗軸を構築しなければならない。進歩勢力には次の時代を担う政策がなく、保守には人物すらまだいないのだ。次期大統領選挙レースは視界ゼロとなっている。(了)

 

カテゴリ: 政治 社会
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執筆者プロフィール
平井久志 ジャーナリスト。1952年香川県生れ。75年早稲田大学法学部卒業、共同通信社に入社。外信部、ソウル支局長、北京特派員、編集委員兼論説委員などを経て2012年3月に定年退社。現在、共同通信客員論説委員。2002年、瀋陽事件報道で新聞協会賞受賞。同年、瀋陽事件や北朝鮮経済改革などの朝鮮問題報道でボーン・上田賞受賞。 著書に『ソウル打令―反日と嫌韓の谷間で―』『日韓子育て戦争―「虹」と「星」が架ける橋―』(共に徳間書店)、『コリア打令―あまりにダイナミックな韓国人の現住所―』(ビジネス社)、『なぜ北朝鮮は孤立するのか 金正日 破局へ向かう「先軍体制」』(新潮選書)『北朝鮮の指導体制と後継 金正日から金正恩へ』(岩波現代文庫)など。
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