闘いのゴングが鳴った「6G開発競争」――中国に負けられない日米の死活問題

執筆者:山田敏弘 2021年6月27日
エリア: アジア 北米
2030年代には到来するという6Gの世界(写真はイメージです)
現実社会とデジタル空間が一体化するという「6G」時代に向けて、早くも各国の主導権争いが始まっている。強気の中国、5Gでの後れを取り戻そうと研究開発を急ぐ日米。国際安全保障をも左右する勝負の行方は――。

 

 物理学者で発明家のニコラ・テスラは、1926年のインタビューでこんな言葉を残している。

「世界中で完全にワイアレス通信が敷かれれば、世界全体が巨大な頭脳になる」

 この「予言」は100年ほどが経った今、着実に現実になりつつある。

 移動通信システムは現在、4G(第4世代移動通信システム)から5G(第5世代移動通信システム)への移行が世界でスタートしている。5Gは新型コロナウイルス感染症の蔓延などで失速した印象は否めないが、コロナ後には、IoT(モノのインターネット)などで利用が本格化していくだろう。

 そして早くも、5Gの次を行く6G(第6世代移動通信システム)の開発競争が熱を帯びている。

中国「6G白書」が見通す未来

 中国国営の新華社通信は2021年6月、中国政府系の6G推進団体「IMT-2030(6G)」が、「6G全体ビジョンと潜在的キーテクノロジー白書」を発表したと報じている(日本語記事:https://www.afpbb.com/articles/-/3350608)。

 記事では、白書についてこう書いている。「6Gは5Gを基礎に、全てのモノがつながる『Internet of Everything』が全ての知能がつながる『Intelligence of Everything』へと飛躍し、物理世界と仮想世界を結び付けるとの認識も示した。人々の生活の質を持続的に向上させ、社会の生産方式の転換と高度化を促進するほか、人類社会の持続可能な発展という究極の目標に貢献するという」

 テスラが予測した「頭脳」のイメージと重なる。

 中国科学技術省は中国国内で5Gの一般利用が始まった2019年11月1日の数日後に、国策として6G開発を進めると宣言。以降、実際に研究はかなり進められていると聞く。

 2020年11月には6Gに関係する試験衛星を軌道に打ち上げたことも判明している。

 今回の白書では、2030年頃には6Gの商用利用が可能になると見て、研究開発をさらに加速させる指針を明らかにした。

 中国共産党系の英字紙「グローバル・タイムズ」によれば、中国は6Gに関して、5Gのように通信機器を世界に売り込んでいくという方法ではなく、「中国独自に6Gという根本的なシステムそのものを構築することを狙っている」という研究者の発言を紹介している。

現実社会とデジタル空間が一体化する世界

 6Gの時代には、どんな世界が広がっているのか。それを繙くにはまず、現在サービス提供が始まったばかりの5Gについて知る必要がある。

 今主流となっている4Gと比べると、次世代の5Gでは、通信の速度が現在の100倍速くなり、扱えるデータ容量は1000倍にもなる。わかりやすい例で言うと、今なら映画1本をインターネットでダウンロードするのに5分ほどかかっているものが、5Gを使えば、3秒ということになる。

 また5Gには、通信の際の遅延がほとんどなく、数多くのデバイスと同時に接続できる。通信中のタイムラグは1ミリ秒(1000分の1秒)以下になり、電話などでも声が届くのに間が空くようなことはなくなる。さらに、1平方キロあたり、100万台の機器を同時に接続できる多接続が可能だ。データ通信も安定し、電力消費量も低い。

 そんな次世代の通信システムが当たり前のように使われるようになるのには10年ほどがかかると言われているが、その先にあるのが、5Gからさらに進化した6Gである。

 システムとしては、6Gは5Gと比べて通信速度が10倍になる。同時に接続できる機器の数も10倍になり、消費電力は100分の1になる。社会全体から身の回りのものまで何もかもが、私たちの自覚できないほどネットワークに組み込まれる。とにかくより速く、より多接続になると見られている。

 現在とは比べものにならない速度と多接続の環境になることで、VR(仮想現実)、AR(拡張現実)、MR(複合現実)などの先端技術を織り混ぜた「XR」と呼ばれる世界が当たり前になる。XRの世界では、現実社会とデジタル空間がすべてデータ化され、シームレスに一体化しているだろう。

 そうなると、現在私たちが抱えているさまざまな社会的問題を解決できるとも言われている。

 例えば、少子高齢化とそれに伴う労働人口の不足、地球温暖化などへの対応も、6Gのテクノロジーが適応していくという。リモートでのコミュニケーションやオートメーションなどが単純労働を担い、消費電力も少なくなることで電力の節約に貢献する。これらが大規模に行われれば社会的なインパクトを生むのは間違いない。

 中国の「IMT-2030(6G)」の白書は、6Gが応用されるさまざまなビジネス分野を想定している。

 例えば、巨大なクラウドを使ったXR、ホログラムを使ったコミュニケーション、神経回路への接続、知能による相互通信、デジタルツイン(実際の空間の情報を取り込んでサイバー空間上に同じものを再現すること)などを提唱。こうした技術を、デジタルトランスフォーメーション(日本では「DX」と呼ばれるが、この呼び名は世界的にはあまり使われておらず、そのままデジタルトランスフォーメーションと呼ぶのが一般的だ)で、医療分野や製造業などに組み込むという。

 6Gの時代には世界がSF映画にまた近づいているということだろう。

アップルも「6G開発」で人材募集

 日米も中国に遅れを取るまいと5G・6Gの研究開発に乗り出している。

 2021年4月に行われた日米首脳会談では、アメリカが25億ドル、日本が20億ドル、合わせて45億ドルを6G研究開発に投資することが決まり、共同声明の付属文書に明記された。

 日本は5Gの開発でまったくと言っていいほど存在感を示すことができなかったという反省があり、日米首脳会談よりずっと前から6Gの研究開発には乗り出していた。

 例えば、日本政府は2020年6月に6G戦略となる「Beyond 5G推進戦略」というロードマップをまとめ、12月に産官学連携で100の企業や組織が参加するコンソーシアムを設立。このコンソーシアムは、フィンランドのオウル大学が進める6G研と協定を結んでいる。

 また、民間でもNTTと富士通が6Gの研究開発などを含む業務提携を2020年4月に発表している。

 日本同様に5Gで遅れをとったアメリカも、 例えばニューヨーク大学ワイアレス研究所で6Gの研究を行っている。ここを率いるトム・マルゼッタ氏は、5Gの中心的な技術となっている大規模MIMO(大量のデータ送受信接続を可能にする技術)を開発した人物の1人である。この研究所には政府も、インターネットを開発したDARPA(国防高等研究計画局)や全米科学財団をはじめ、陸軍や海軍の技術研究所などを介して資金を提供している。

 また全米科学財団はフィンランドのノキアも参加する「RINGS」プロジェクトを立ち上げ、6G時代にWi-Fiや衛星などあらゆる通信を使った次世代の通信世界の構築などを標榜して積極的に動いている。

 メディアも6Gをめぐる動きに敏感になっており、アップルが6G開発のための人材を募集していると、ブルームバーグ通信が報じている。

サムソンは2028年の商業利用を目指す

  ただ、こうした日米の動きに、中国側は上から目線だ。

 日米首脳会談を受けてグローバル・タイムズは、日米が第1世代、第2世代の移動通信システムでは優位に立っていたが、「6Gで勝ちたいならまず5Gで中国に追い付かないといけないね」と挑発している。

 中国が強気なのは、5Gの世界的な基地局のシェアを見れば当然である。中国企業(通信機大手ファーウェイやZTE)が4割を占め、残りはスウェーデンのエリクソン、フィンランドのノキア、韓国のサムスン電子が分け合っており、日米企業が付け入る隙はない。

 筆者が以前取材した米情報機関関係者は、「5Gでファーウェイは排除されるが、代替となるアメリカ企業はない。その代わりに、米情報機関の判断でサムスンは推進してオッケーだとの判断が出ている」と言っていたくらいで、本格的に開発競争で戦える米メーカーはなかった。

 ちなみに、サムスンは2028年頃までには他よりも先に6Gの商業利用を開始するとしており、研究開発を進めている。

 日米、中国以外の通信機器メーカーも積極的に動いており、ノキアは米政府とも共同開発を開始し、エリクソンはノキアとともにEU(欧州連合)が資金拠出する6G研究プロジェクト「Hexa-X」を主導。

 まさに全世界的な開発競争の様相を呈している。

安全保障に繋がる死活問題

 各国が6Gの主導権を握ろうと必死になるのは、それが安全保障に繋がる死活問題になるからだ。

 例えば、中国企業のファーウェイやZTEは、中国政府の国策による多大な援助によって、経済圏構想「一帯一路」に絡む国々を中心に世界各地に中国製の機器を広め、5Gで通信インフラの世界的シェアを広げようと動いてきた。

 データが「21世紀の石油」だと言われる時代に、中国のような強権国家が通信インフラを牛耳ることは大きな脅威となる。中国政府の影響が及ぶ中国企業が世界の通信機器を支配すると、彼らは世界中の通信を監視したり、他国の機密情報や知的財産などを盗んだりできるようになる可能性がある。それが他国の国力を低下させることにも繋がる。

 事実、ファーウェイは通信機器から他国の個人情報などを盗んできた疑惑(オーストラリア、アフリカ、ヨーロッパでこれまで問題になってきた)が指摘されている。

 さらに、中国企業の導入シェアが世界的に大きくなることで、世界の通信システムやルールに対する発言力も増すことになる。アメリカがこれまで支配してきたサイバー空間や、通信・デジタルインフラなどで、中国が自分たちの価値観を推進するための影響力を行使できるようになり、中国が通信の技術や国際的なルール形成でも中心的な存在になり得る。そうなれば、監視や検閲から人権蹂躙までがまかり通るサイバー空間が世界中で許されてしまうことにもなりかねない。

 ここまで見てきた通り、6Gの開発をめぐる争いは単なる技術力競争ではない。世界の勢力図にも影響を及ぼすものなのである。6G時代を誰が支配するのかをめぐって、2030年頃まで熾烈な競争は続くことになる。

 

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執筆者プロフィール
山田敏弘(やまだとしひろ) 国際情勢アナリスト、国際ジャーナリスト、日本大学客員研究員。講談社、ロイター通信社、ニューズウィーク日本版、MIT(マサチューセッツ工科大学)フルブライトフェローを経てフリーに。著書に『モンスター 暗躍する次のアルカイダ』(中央公論新社)、『ハリウッド検視ファイル トーマス野口の遺言』(新潮社)、『ゼロデイ 米中露サイバー戦争が世界を破壊する』(文藝春秋)、『CIAスパイ養成官』(新潮社)、『サイバー戦争の今』(KKベストセラーズ)、『世界のスパイから喰いモノにされる日本』(講談社)、『死体格差 異状死17万人の衝撃』(新潮社)、『プーチンと習近平 独裁者のサイバー戦争』(文春新書)。公式YouTube「山田敏弘 SPYチャンネル」 (https://www.youtube.com/channel/UCVITNlkbLneMV-C9FxzMmEA)も更新中
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