ROLESCast#008
緊迫するウクライナ情勢 – 展望と課題

執筆者:小泉悠
執筆者:山口 亮
ロシアがウクライナへ侵攻するとして、「なぜ今」「如何にして」「何を目的に」行われるのか。そして2014年のウクライナ危機では「弱腰」の制裁しか科さなかった日本は、どのような政治的なメッセージを発するべきか。東京大学の小泉悠・山口亮の両氏が議論した「先端研創発戦略研究オープンラボ(ROLES)」による動画配信「ROLESCast」第8回(1月25日収録)。

 

*お二人の対談内容をもとに編集・再構成を加えてあります。

山口 ROLESCast第8回をお届けします。今回も小泉悠専任講師と山口亮特任助教の2人で、緊迫しているウクライナ情勢について語りたいと思います。

 このチキンレースは戦争に繋がるのか、外交的に決着がつけられるのか、今後の展開に注目が集まっています。昨年3月くらいからロシアが相当数の部隊をウクライナ国境周辺に集結させていますが、ロシア軍のウクライナ侵攻は時間の問題だと言われ続けて結構時間が経ちました。今はどのような状況でしょうか。

かつて見たことのないような事態

小泉 昨年春の状況と秋以降の状況は性質が違うのではないかと思っています。

 昨年3月はアメリカでジョー・バイデン政権ができたばかりだったので、新政権に対するウクライナを使った牽制の意味合いが多分にあったはずです。

 また当時、ウクライナのウォロディミル・ゼレンスキー政権が「クリミア・プラットフォーム構想」を立ち上げて「クリミアを返せ!国際大会」を開いたり、クリミアを奪還するための国家戦略をつくったり、ロシアから見て挑発的なことをやっていたので、ウクライナに対しても妙なことを考えるんじゃないぞ、と。つまり、アメリカとウクライナ双方に対する牽制球として軍隊を集めていた。

 ところが7月にウラジーミル・プーチン大統領が「ロシアとウクライナはもともと1つの民族である。ウクライナはNATO(北大西洋条約機構)といちゃつくのをやめてロシアの方に戻って来い」という趣旨の論文を書き、そこからまた軍隊が改めて集まり始めていった。

 そして12月になるとロシア外務省はアメリカとNATOの双方に対して、NATOがこれ以上、東方拡大しないと文書にして約束しろということを突きつけた。非常に明確な外交上の要求、しかもヨーロッパの冷戦後秩序を書き換えるような要求を突きつけながら同時に軍隊を集めてくるというのが、昨年秋以降の状況です。

 11月以降、凄い数が集まっているという話がウクライナ側からアメリカなどのメディアに出てきて、私たちも衛星画像などで見てきましたが、実際にロシア軍の集結は止まらない。

 今13万人くらい集まっているだろうと推測されていますが、それはロシアの地上部隊の半分から3分の1強くらいに当たります。しかも、従来はウクライナに接している地域の西部軍管区や南部軍管区の部隊が集まっていましたが、今年に入ってから極東の部隊も入ってきて、ロシアとウクライナの国境だけでなくベラルーシとウクライナの国境にも集まっている。

 規模と言い展開範囲と言い、同時に出されている要求の壮大さと言い、かつて見たことがないような事態が起こっているというのが、外形的に把握できるところかなと思います。

なぜこのタイミングなのか

山口 気になるのはなぜこのタイミングなのかということですが、アメリカも1つの要因になっているのでしょうか。

 

小泉 実態は相当後になるまで分からないでしょうが、私はプーチンの“ロシアとウクライナは1つ”論文が出る前の6月16日にスイス・ジュネーブで行われた、プーチンとバイデンの初会談が1つの引き金だったのではないかという気がします。

 その時にプーチンは、バイデンはアメリカの世界的優位をもちろん前提にするものの、その手段は国際的な介入ではなく、アメリカが支えきれない地域からの退却だと、そういうリーダーなのだという印象を持ったのではないかと思うのです。

 その後のアフガニスタンでの展開でもその観測は裏付けられたでしょうし、実際にロシアがウクライナの周りに軍事力を集め始めた12月に行われたバイデンとプーチンのオンライン会談で、バイデンは「アメリカ単独で軍事介入することはない」とわざわざマスコミの前で言ってしまった。アメリカの大統領なら「あらゆる選択肢がテーブルの上にある」と言うべきだと思うのですが、そういうことを言ってしまった。

 じゃあヨーロッパ諸国と一緒なら介入するのかというと、肝心のヨーロッパ諸国はそもそもやる気がない。イギリスも早々に「単独ではやらない」と言ってしまったし、今年に入ってから顕著なのはドイツの動きです。ロシアにエネルギーを依存していて、なおかつヨーロッパはガス危機なので、ロシアには逆らいたくない。そのためドイツは、制裁をかけるなら弱めの制裁にしておこうと言っている。

 ロシアから見ると、ウクライナに軍事力を行使してアメリカやEU(欧州連合)から制裁を食らっても、恐らくそれは耐えきれないものではないだろう、そのコストを背負い込む覚悟さえあればやれるという計算が働いてもおかしくはないです。

 ロシアがウクライナに攻め込む気でいるのかということは、最終的にプーチンに聞いてみないと分からないわけですけれども、プーチンが「今ならいける」「やるべきだ」と思ったら本当に大規模な軍事作戦ができるだけの態勢が整いつつあるというのが気になる点です。

プーチンが目指した旧ソ連版EU

山口 NATO加盟国の間でも温度差があり、対立があるので、NATO自体も試されているのではないかと思います。

 イギリスやアメリカなど西側のメディアや専門家の間では、ロシアの短期的な目標はウクライナによるドネツク・ルガンスクへの攻撃と奪還を阻止すること、中長期的な目標はウクライナのNATO加盟を阻止することだと言われている。先日イギリス政府は、ロシアがこの2つの目標を両方達成するためにキエフまで攻め込んで親ロシア傀儡政権の樹立を目指していると分析していますが、これについてはどう見ますか。

 

小泉 基本的には私もそこには同意しています。

 ロシアはソ連を復活させることまでは考えていないと思います。プーチンが2012年に首相から大統領に復帰した時に7本の長い論文を出していて、そのうちのユーラシア政策、つまり旧ソ連諸国政策に関する論文の中で、「ソ連を復活させようとするのはナイーブな考えだ」とはっきり書いている。

 でも独立した旧ソ連諸国を全くの他人だと捉えているわけでもなく、ロシアと特別な関係にあるべきだと感じている。恐らくプーチンが目指していたのは、旧ソ連版EUみたいなものだと思うんです。

 各国が主権を持ちながら外交や経済などの政策に関しては集約的なセンターをつくる。EUの場合は「みんな平等ですよ。イギリス、フランス、ドイツが圧倒的に大きいけど、本部はブリュッセルに置こうね」ということになったけれど、ロシア人の考える旧ソ連版EUは、当然本部はモスクワだろうと。

 ところが旧ソ連の国々の方は、カザフスタンはよしとするかもしれませんが、ウクライナは絶対に従わない。そして、それが2014年以降の紛争の遠因になっている。

 モスクワはその目標を諦めていないのだと思います。「ウクライナは民族的にも言語的にも宗教的にも歴史的にもほとんど我々と一体なんだ。別の存在ということ自体が不安定でよろしくない」という考えが、もともとロシアの保守派、それも極右ではなく、わりとマイルドな保守派にもあるわけです。

 それを達成するために2010年代の頭までは社会経済統合をやろうとしたけれども、ロシアは思うほど旧ソ連の民から愛されていなかった。結局、EUではなくロシアの経済連合に入りなさいよということをウクライナの大統領に呑ませたものの国民が大反発し、ロシアは2014年春以降にウクライナのあちこちに介入していった。

 有名なのはクリミアと東部ドネツク・ルガンスクのドンバス地域ですが、実はその他にもオデッサやハリコフや首都キエフなどいろいろな地域で親露派の暴動を起こそうとした。でも、ほとんどうまくいきませんでした。

 クリミアのように特にロシア人が多く、ロシア人の軍事的栄光と結びついていて、前世紀の半ばまではロシア領だったところなら諸手をあげてロシア軍を歓迎してくれたけど、その他のウクライナの本土側では、やはり思ったほど愛されていなかった。ロシア語を話せるからと言って、みんながロシア軍を歓迎してくれるわけではなかったし、ロシアに併合してもらおうという世論もまったく盛り上がらなかった。

 ロシアにしてみると、だんだんと取れる手段が限られてきている。ウクライナを自国の影響下に置くべきだという考えは変わっていなくても、経済でもダメ、ロシア民族の紐帯でもダメだったとなると、強制的な手段を使うしかないという考え方に傾きつつあるのではないか。

 今回どこまでやるのか分かりませんが、何らかの形で軍事力を使ってウクライナに対してロシアと深い関係を結ぶことを呑ませる、EUやNATOとは手を切りますといった政治的合意を吞ませようとするのではないかと思います。

キエフは日本にとっての高天原

山口 ウクライナに対するロシアの特別な思想は、ロシアのルーツはキエフ・ルーシ(キエフ大公国)にあるという考え方が源にあるのでしょうか。

 

小泉 そうですね。プーチン論文もそこから説き起こしています。

 そもそもロシアは「ルーシ民族の国」という意味なわけですが、ルーシ民族が最初に国家を持ったのがキエフだった。一昨年改正されたロシアの憲法には、「ロシアは1000年の信仰に基づく国家である」と、10世紀のキエフ・ルーシの頃からキリスト教の伝統を守ってきたのだという文言が入りましたが、まさにルーシ民族がキリスト教化した地もキエフです。

 我々にしてみると「高天原が日本国内にない」というような状況なのだと思います。あそこは現に日本領なので、我々としてみれば、日本人のご先祖がここから降臨してきて最初の政権をつくったんだなという神話が持てる。ところがロシアは、いきなり「今あそこはロシアではありません」というところから始まってしまうので、そういうことに対する気持ち悪さや不安な感じがあるのだと思います。

 ただ、そういった抽象的な価値だけで戦争を始めることもないので、現ウクライナ政権との関係とかアメリカとの関係とかプーチンの任期切れがそろそろ見えてくるとかいったいろいろな要素が絡まって今の軍事的な緊張状況をつくり出していると思います。

強硬路線に変化したゼレンスキー

山口 キエフの様子は、戦争のことを意識してはいるけれども、ほぼ日常通りだという報道もありますが、ウクライナの人たちは現在の状況をどう見ているのでしょうか。

 

小泉 私はウクライナ専門ではないので、ここは弱いところなのですが、傍から見ている限り日常生活は営まれている。

 ただ、注意しないといけないのは、ウクライナは2014年からずっと戦時下にあるということです。国民を動員までして戦場に送り込み、現に今まで1万4000人くらいの死者が出ている。ある程度平穏にやってはいるのかもしれないけれども、それをもってロシアの軍事侵攻がありえないという話にはならない。真珠湾前日のハワイも独ソ開戦前日のブレストも平和だったわけで、翌日に何が起こるかは全く別の問題です。

 ウクライナについては、政治的な状況も気にしないといけないと思っています。ウクライナのゼレンスキー政権は当初、ロシアに対して強く出ない政権だと見られていました。NATO加盟を諦めるわけではないが、ポロシェンコ前政権と比べたら対話路線だろうと言われていた。

 ところが昨年春頃からロシアに厳しい姿勢をとり始めた。ビクトル・メドベドチュクというプーチンとの関係性が強いウクライナ政界の大物がいるのですが、彼に対する圧力を強めたり、先ほど申し上げた「クリミア・プラットフォーム構想」として、「クリミアを返せ!」という声を国際的に盛り上げようとしたり、予想していたよりもプーチンに厳しく出ているのではないかというのが昨年の状況でした。

 ゼレンスキーはもともとコメディアン兼俳優で、「国民の僕(しもべ)」というドラマで人気が出たんですけれども、このドラマは普通の学校の先生が大統領になって前向きな改革をしていくというもので、ドラマの通りに大統領選に立候補したら本当に通ってしまった。国民の期待を受けて誕生した大統領でしたが、現実はドラマのようにはうまくいかない。そこでゼレンスキーが対ロシアで強硬姿勢を取ることで挽回しようとしたというのはある。

 市民の生活は平穏ですし、このままどこかで妥結してロシア軍が撤退してくれたらいいですが、いま起きていること、集まってきているロシアの軍の規模やロシア側の主張の激しさを見ると、そうではない事態に備えておく他ないだろうなというのが私の考えです。

ロシアが求めるウクライナの「中立化」と「連邦化」

山口 ロシアは実際にどこまでやるつもりなのでしょうか。全面侵攻なのか限定的な侵攻なのか、正規戦なのかハイブリッド戦なのか、いろいろな可能性が論じられていますが、どう見ていますか。

 

小泉 今のロシア軍のワレリー・ゲラシモフ参謀総長の好きな言葉に「戦争にはテンプレートがない」というのがあります。戦前のソ連の軍事理論家のアレクサンドル・スヴェーチンが残した言葉なのですが、戦争の1つ1つに文脈があるのであって、こんな風に始まってこう進行するというテンプレートはないという意味です。今回紛争になるのであれば、その紛争なりの文脈に従って推移するのだろうと思いますが、外形的には、ロシアがやろうと思えば小規模な軍事衝突からキエフを占拠するような大作戦まで一通りできる能力が揃っていることは分かります。

 ただウクライナはデカい。日本の1.6倍の広さがありますし、人口も旧ソ連の中ではロシアに次ぐ第2位で4000万人くらいいる。軍隊も大きく、ウクライナ危機前でも十数万人いました。戦争が始まってから動員したので、現状では20万人ちょっとです。

 仮にウクライナ国境周辺にいる十数万人のロシア軍がなだれ込んだとして、ロシア軍の方が装備や訓練や火力では優秀なので、戦場でウクライナ軍を負かすことはできると思いますが、長期的にあの広大な国を全面的に占領することは難しい。パルチザンが始まり、後方でのゲリラ戦に苦しめられるからです。これはまさにロシアがヒトラーやナポレオンに対して行った戦術なので、パルチザン戦の恐ろしさはロシア人自身分かっていると思う。

 ロシアは長期的に占拠して苦しめられるのを避けたいので、やるなら短期間でやろうとするのは間違いない。とすると、電撃的に機甲部隊や空挺部隊でキエフやハリコフのような重要拠点を占拠してしまうとか、一部の軍事専門家が指摘し始めているように、相当多数のミサイルやロケット砲を集めてきているので、地上部隊を送り込まずに火力だけでやろうとするのではないかとか、いろいろな見方あります。

 そういう方法を取ることで、ロシアとしては一時的にウクライナ政府にとって受け入れ難い状況をつくり出したい。それはキエフが占拠されることなのかもしれませんし、どこかの地域に親ロ派武装勢力の領土ができることなのかもしれないし、長距離精密攻撃で重要施設が破壊されるのかもしれない。いずれにせよ、それを「人質」にして、「原状回復して欲しいのであれば、こういうことを呑め」という話をするのではないかと思います。

 2014年9月の第1次ミンスク合意を結んだ時も、2015年2月の第2次ミンスク合意を結んだ時も、まさにそうでした。ウクライナ軍部隊をロシア軍が包囲して、「全滅か、ロシアに有利な停戦合意を呑むか」を迫った。

 今回はそれの大規模版になる可能性が高いですし。そこで何を呑ませるのかと言うと、1つはロシアが追求してきたウクライナ中立化。「憲法改正して中立条項を入れろ」「NATOに加盟しないことを約束しろ」と。

 これはロシアが第2次ミンスク合意をつくったときに追加議定書として盛り込もうとして、ウクライナが突っぱねたものです。これがロシアには最低ラインとしてあるでしょう。

 もう1つはウクライナを分裂させてしまう。ロシアは「連邦化」という言い方をしますが、これもロシアがずっと追求していたことです。ウクライナを4つくらいの地域に分裂させて、ロシアに逆らえない小さい国の集まりにしてしまえばいい、と。

 ただ、ウクライナの国家解体みたいな話なので、まず普通には呑まない。ここまで呑ませたいと思うなら相当大規模な軍事作戦をして深刻な損害を与える、あるいは与えうる態勢をつくらないといけない。これだけ軍事力を集めているので、視野には入っているのではないかと思います。

台湾との「同時有事」議論

山口 国際社会はどのように反応していくのでしょうか。ここで大規模な戦争が起きると、得をするのは中国ではないかという分析もありますが、いかがですか。

 

小泉 中国とロシアが同盟国として肩を並べて戦うことはあり得ません。お互いに地政学的な重心が東と西にあって、お互いにそこには関心がない。ロシアは台湾のことに関心がないし、中国もクリミアやベラルーシの問題に巻き込まれたくない。そういう意味では軍事同盟として振舞うことはできない。

 でも、ロシアが西で、中国が東でアメリカと揉めているという状況は、お互いにとって悪くない。真正面からアメリカの国力全部を受け止めるのはしんどい、と中国でさえ思うし、ましてやロシアはしんどい。そこでアメリカの軍事力をユーラシアの東西に二分すれば局所的には優位をつくれるかもしれない、と考えるのは当然のことです。

 いま日本でウクライナと台湾の同時有事という話が盛んにされていて、これは確かに最悪のシナリオとしてはあると思いますが、現にそうはなっていない。ロシアがウクライナの周りにこれだけ兵力を集めていますが、同時有事をやるなら今頃中国も台湾の周りにこのくらいの軍事力を集めていないとおかしい。でもそうなってはいません。可能性の領域にとどまっている。

 でも、ユーラシアの東西両方に緊張状況をつくっておいてアメリカの抑止力を分散させるという目的はすでに達成されている。

 プーチンと習近平は、中露で示し合わせて「うちは何月頃にウクライナやりますんで、おたくもよろしく」みたいな話ができる関係ではないと思いますが、お互いに「中国さん、アメリカと揉めていますね」「モスクワの方もアメリカとバチバチやっていますね」「じゃあそこんところはひとつお互い利用させてもらいましょう」というくらいの関係性にはなっていると思います。

 そういう緩い感じの関係性という尺度をある程度導入しないと、ユーラシアの国家間関係はなかなか分かりにくい。日本人は同盟関係を、非常に緊密なもので、意思疎通もしっかりやってお互いに損になるようなことは絶対にしないものだと考えますが、プーチンと習近平やプーチンとトルコのエルドアンの関係は全然違う。

 仲よくはしている。けれども時には裏切るし、相手のメンツを丸つぶしにするようなこともする。しかしそのことをレバレッジとして次の瞬間には握手をしているような関係性です。そういう相場観で見ないと、中露関係も分からないと思います。

 少し前までは「中露は実は仲が悪い論」が幅を利かせていたのですが、今度は「中露は完全に一枚岩論」になってしまっている。でもそうではない。そういう妥協しようのない、後戻りできない関係ではなく、どちらでもないグレーな領域こそが、ユーラシアの国家間のよくあるパターンなのだと思います。

日本が発するべきメッセージ

山口 ロシア、中国、北朝鮮の関係は本当にそうですよね。急に接近したかと思えばあっという間に離れることもある。

 私も中国はそこまで派手なことはできないと思います。ただ、アメリカや日本の隙を探している。

 最後にロシアがウクライナ侵攻を強行した場合に日本はどうすべきか、ということについて議論したいと思います。

 米ランド研究所のジェフリー・ホーナン先生が言っているのは、日本が兵を出すのは無理だけど何らかのアクションを起こして欲しいという期待がアメリカ側にあるということ。インド太平洋地域の問題ではないけれども、同盟国として国際政治の秩序のために何らかの貢献をするなり、アクションを起こすなり、少なくともポーズは示すべきだ、と。

 

小泉 完全に同意ですね。

 昨年はヨーロッパの国々が、イギリスの空母クイーン・エリザベスをはじめとして日本、アジアに艦隊を送ってくれました。台湾有事の時に彼らが日米同盟と一緒に戦ってくれるわけではないのでしょうけれど、中国の力による現状変更を認めないという政治的意思を軍艦という形で送った。

 あるいはリトアニアのように中国とはやっていかないということを政治的な態度で示している国もある。リトアニアのように中国に睨まれたら干上がってしまうような小国がそのような態度を取っているのは、いま台湾で起こり得ることが明日のヨーロッパで起きるかもしれないという危機感を持っているからです。

 それに対して、今ヨーロッパで起きていることが明日の台湾で起きるかもしれないという危機感を我々はちゃんと持てているのかというと、非常に弱い。遠いヨーロッパの出来事という感じがしている。

 でも、ユーラシアの東西にせっかく価値観を同じくする民主主義陣営の国がいて、力による現状変更は認められないという点でも一致できているのであれば、政治的メッセージを今度は東側から西側に対して送るべきだと思います。

 イギリスがやったことになぞらえるなら空母いずもを黒海に送ることになりますが、これは凄く挑発的で、今後10年はロシアとの関係が冷え込むので、さすがにできないでしょう。

 ただ、今起きていることに対する「日本政府としては認められませんよ」という何らかのメッセージは送るべきだと思いますし、仮にロシアが本当にウクライナに軍事侵攻した場合にもちゃんとメッセージを出すべきだと思います。

 前回の2014年の時は、一応アメリカとEUと日本はロシアに経済制裁を科したのですが、日本の制裁はスカスカだった。アメリカやEUのように、「ロシアの経済の根幹であるエネルギー産業に対して資金を投資しません」とか「エネルギー資源を掘るための技術を提供しません」という制裁ではなく、まったく形式的なものだった。

 当時の安倍晋三首相としては、「そこで誠意を見せたので、領土交渉で引き続き……」ということだったのだと思いますが、プーチンは安倍さんとの交渉の場で、「形式的なものであってもロシアに制裁を科すなんて許せん!」と言ったという話もある。西側の中では日本だけがロシアに弱腰だという評価になってしまい、そこまでやったのにプーチンからは感謝してもらえなかった。

 だったら西側陣営の一員という意識を持って、次はきちんと実効的な制裁を科すべきだと思いますし、それが嫌なら「やるなよ」ということを今のうちから言っておくべきだと思います。

改訂「国家安全保障戦略」でのロシアの位置づけ

小泉 いま日本では国家安全保障戦略を年内に改定しようということになっているので、この話は日本の外交安全保障サークルも無関心ではありません。特に年内の改定となると早い段階で論点をまとめて具体的な政策としての落とし込み作業に入らないといけないので、永田町・霞が関・市ヶ谷界隈では、そのあたりの議論を現在進行形で行っている。私も端っこの方に入ってロシアに関する話をするのですが、2013年につくった今の安全保障戦略のままではロシアの位置づけがマズイというコンセンサスがほぼできている。

 ロシアは隣国ではあるので断交というわけにはいかないですし、関係を悪くすることが目的ではなくロシアの行動を改めさせることが目標のはずなので、それをどういう表現で入れていくのかが、これから2、3カ月の間に我々が知恵を絞って考えないといけない重大課題だと思います。

 

山口 日本が立場をはっきりさせるべきだという点は同感です。日米同盟はインド太平洋限定の問題ではなく国際政治の秩序のためのアセットであると考えないといけないと思います。日本としても強いジェスチャーを出していくのが重要だと思います。

 

小泉 我々はいま試されているという自覚を持って、ウクライナでの事態に当たるべきだと思います。

 

山口 ウクライナ情勢だけでなく、ロシアや中国、朝鮮半島も含めて日本の戦略をどうつくっていくのか注目ですね。

 

小泉 ROLESの役割が高まっていると思いますので、我々の研究活動をこういう形で発信していくことも含めてやっていきましょう。

 

山口 ガンガンやっていきましょう。今回も小泉・山口コンビでお伝えしました。

カテゴリ: 政治 軍事・防衛
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執筆者プロフィール
小泉悠(こいずみゆう) 東京大学先端科学技術研究センター准教授 1982年千葉県生まれ。早稲田大学大学院政治学研究科修了。民間企業勤務を経て、外務省専門分析員、ロシア科学アカデミー世界経済国際関係研究所客員研究員として2009年~2011年ロシアに滞在。公益財団法人「未来工学研究所」で客員研究員を務めたのち、2019年3月から現職。専門はロシアの軍事・安全保障。主著に『軍事大国ロシア 新たな世界戦略と行動原理』(作品社)、『プーチンの国家戦略 岐路に立つ「強国」ロシア』(東京堂出版)、『「帝国」ロシアの地政学 「勢力圏」で読むユーラシア戦略』(同)。ロシア専門家としてメディア出演多数。
執筆者プロフィール
山口 亮(やまぐちりょう) 東京大学先端科学技術研究センター特任助教。アトランティック・カウンシル(米)スコウクロフト戦略安全保障センター上席客員フェロー、パシフィック・フォーラム(米)上席客員フェローも兼任。長野県佐久市出身。ニューサウスウェールズ大学(豪)キャンベラ校人文社会研究科博士課程修了。パシフィック・フォーラム(米)研究フェロー、ムハマディア大学(インドネシア)マラン校客員講師、釜山大学校経済通商大学(韓)国際学部客員教授を経て、2021年8月より現職。主著に『Defense Planning and Readiness of North Korea: Armed to Rule』(Routledge, 2021)。専門は安全保障論、国際政治論、比較政治論、交通政策論、東アジア地域研究。Twitter: @tigerrhy
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