ウクライナ戦争がアジアに広げている懐疑(2022年3・4月-4)

インドのスタンスは停戦後の世界情勢にも大きな影響を与える(インドのモディ首相[画面]とオンラインで会談するバイデン米大統領[左から3人目]=4月11日) (C)AFP=時事
ロシアという侵略者を正当化する言論が、中国に好都合なのは間違いない。安倍元首相は国際論壇に向けた論考で、台湾侵攻に踏み切った場合の中国が「国際法には違反しない」と主張し得る危険を指摘した。一方でインドやASEAN諸国は「反ロシア」の姿勢を明確にせず、各国の現実主義を通している。アジアの民主主義の結束にも重い課題が加わっている。(こちらの第3部から続きます)

6.ウクライナ戦争と米中関係

■注意深く見つめる中国

 ロシアによるウクライナ侵攻の開始によって、中国が台湾へと侵攻するのではないかという懸念が広がっている。アトランティック・カウンシルの中国専門家であるマイケル・シューマンは、「次は台湾か?」と題する論考のなかで、中国が台湾を武力で統一する可能性を示唆している[Michael Schuman, “Is Taiwan Next? (次は台湾か?)”, The Atlantic, February 24, 2022]。そこでは、民主主義諸国の影響力が後退する一方、権威主義諸国の主張が強まり、そのような有利な情勢の中で中国による台湾侵攻の可能性が高まっているとみるべきだと論じられる。

 とはいえ、世界的に著名な中国専門家の多くは、そのような中国による台湾の武力統一の可能性はそれほど大きくはないと見積もっている。たとえば、ジャーマン・マーシャル基金のボニー・グレイザーと東吳大学助教の陳方隅は、インタビュー記事の中で、「台湾の状況は全く違うであろう。中国が台湾に侵攻した場合は、アメリカは軍事介入を行う可能性が高い」と述べ、短期的には台湾海峡で危機が勃発する可能性は高くないことを示唆している[Bonnie S. Glaser、陳方隅(Chen Fang-Yu)「專訪: 今日烏克蘭,明日台灣?(インタビューー今日のウクライナは明日の台湾?)」、『德國之聲』、2022年2月25日]。

 また、昨年台湾問題について論じた論考が注目されたオリアナ・スカイラー・マストロも、ウクライナ侵攻は中国による台湾侵攻の可能性を大きく高めることはないと論じている[Oriana Skylar Mastro. “Invasions Are Not Contagious: Russia’s War in Ukraine Doesn’t Presage a Chinese Assault on Taiwan(侵略は伝染しない―ロシアのウクライナ戦争は、中国の台湾攻撃の前兆ではない)”, Foreign Affairs, March 3, 2022]。

 同時に、中国はウクライナ戦争の推移を注意深く見つめており、戦争の帰趨が中国の将来の行動を大きく左右するのも事実であろう。

 トマス・コーベットマ・シューピーター・シンガーは、アメリカの防衛・安全保障関連メディア『ディフェンス・ワン』に寄せた共同執筆論文で、軍事力の近代化を進めた中国の人民解放軍が、「特別軍事作戦」がうまく機能してないロシアの軍事行動や、ロシアが情報空間での優位性を確保できていないこと、SWIFT(国際銀行間通信協会)からのロシアの排除を含めた経済制裁の効果などを、自らの問題として観察していると分析する[Thomas Corbett, Ma Xiu and Peter W. Singer, “What Is China Learning from the Ukraine War? (中国はウクライナ戦争から何を学んでいるか?)”, Defense One, April 3, 2022]。そのようなウクライナ戦争の現実は、台湾侵攻をオプションの1つとする中国政府にとって、心理的および戦略的に重くのしかかっているであろう。

 他方で、アメリカのランド研究所のジェフリー・ホーナンは、「ウクライナから台湾への教訓」と題する論考の中で、台湾有事の備えを進める上でのいくつかの示唆を述べている[Jeffrey W. Hornung, “Ukraine’s Lessons for Taiwan(ウクライナから台湾への教訓)”, War on the Rocks, March 17, 2022]。

 ホーナンはまず、今回のロシアのウクライナ侵攻を事前にアメリカのインテリジェンスが把握し情報を開示していたように、中国の軍事行動の可能性についても十分にインテリジェンス能力を高めることが重要だと指摘する。また、台湾が効果的に抗戦するためには、残存性が高く比較的安価で入手しやすい兵器を大量に台湾に集積させておくことも求められる。さらに、今回ロシアに対して迅速な経済制裁を行ったように、中国に対しても同様に迅速な制裁が可能となるような準備が必要だ。中国が、ウクライナ戦争の推移から多くを学んでいるように、われわれもまた台湾防衛のためにウクライナ戦争から多くを学ぶ必要があると論じている。

■「台湾をめぐる米国の戦略的曖昧性」転換論を発表した安倍元首相

 そのような危機感は、台湾の中でも共有されている。台湾の与党民進党系の『上報』紙では、大国による侵略行動を抑止するための戦争準備こそが、台湾の人々がウクライナ戦争から学ぶべきことだと論じられる[「社評:想要得到和平 就要隨時準備戰爭(社説:平和を得たいのであれば、つねに戦争の準備をせよ)」、『上報(UP MEDIA)』、2022年2月28日]。

 台湾の中でも、ウクライナ戦争をめぐってのさまざまな主張が見られる。侵略者と非侵略者の境界線を曖昧にして、侵略者の行動を正当化するような言論は、台湾にとって大きな問題である。

 チェコ共和国のプラハに拠点を置く国際言論NPO『プロジェクト・シンジケート』に向けた安倍晋三元首相による論考、「台湾をめぐるアメリカの戦略的曖昧性は解消されなければならない」は、大きな反響を呼んだ[Shinzo Abe, “US Strategic Ambiguity Over Taiwan Must End(台湾をめぐるアメリカの戦略的曖昧性は終焉させねばならない)”, Project Syndicate, April 12, 2022]。

 この論文で安倍元首相は、ウクライナ危機をふまえて、従来の戦略を転換して、アメリカは台湾防衛に対してより明確なコミットを示すときが来ていると主張する。アメリカの台湾関係法は「台湾を防衛する」と明言しない一方で、これまで保障を行ってきた。この仕組みを変えなければならない。ウクライナとは異なり、中国が台湾に侵攻しても、中国はそれを自国領土の一部で起きた反政府活動の鎮圧に必要な行動であるとして、国際法には違反していないと主張することも可能である。

 戦略的曖昧性はアメリカがそれを維持できるだけの圧倒的な力を持ち、中国が保持する軍事力と大きな格差がある場合にうまく機能してきた。だが、そのような時代は終わったのだ。アメリカの台湾に対する戦略的曖昧性は、アメリカの決意を中国に過小評価させ、台湾を不必要に不安定化させる。いまこそアメリカは、中国による侵略に対してアメリカが台湾を防衛することを明確に示すときである。安倍はこのように論じている。

 とはいえ、中国が一方的にアメリカとの衝突を望んでいるわけでも、台湾への侵攻を不可避と考えているわけでもないであろう。むしろ、台湾の人々はウクライナへの侵攻によって、中国による武力統一の危機は遠のいたと考える傾向も見られる。

 また、中国内部からも、米中協力の必要性を指摘する声も再び聞こえるようになった。3月15日付の『環球時報』紙の社説においては、前日の14日にローマでジェイク・サリバン大統領補佐官と楊潔篪中国共産党政治局委員の会談が行われ、ホワイトハウスは「米中間でのオープンなコミュニケーション・チャンネルを維持する」意向を表明したとの言及があった[「社评:华盛顿不能边打压中国,边指望中国“配合“(社説―ワシントンは中国を抑圧しながら『協力』を求めることはできない)」、『环球网』、2022年3月15日]。対話を望むならアメリカは誠意ある態度を示せとの言葉も並んでいるが、米中協力の必要性を示唆する内容だ。中国はロシアに接近しながらも、同時にアメリカとの協力の可能性も考慮に入れていることがうかがえる。

7.アジアから見たウクライナ戦争

■インドにおける民主主義への懐疑

 ウクライナ戦争の衝撃は、アジア諸国にも大きな衝撃を与えている。そのなかでも、インドがどのような位置に立ち、どのような対応をするかは、停戦後の世界情勢にも大きな影響を及ぼすであろう。なぜインドはアメリカやヨーロッパと同じ側に立ってロシアの侵略を非難することがないのであろうか。そして今後どのような動きを見せるようになるのだろうか。

 2010年から14年までインドのマンモハン・シン首相(当時)の国家安全保障担当補佐官をしていたシブシャンカール・メノンは、ウクライナ戦争がアジアに及ぼす影響は限定的だと『フォーリン・アフェアーズ』誌で論じ、多くの民主主義諸国が必ずしもロシアに制裁しているわけではなく、批判すらしていない国も多い点を指摘する[Shivshankar Menon, “The Fantasy of the Free World: Are Democracies Really United Against Russia? (自由世界の幻想ー民主主義国は本当にロシアに対して団結しているのか)”, Foreign Affairs, April 4, 2022]。

 メノンによれば、今回の戦争は民主主義体制対権威主義体制という国際秩序の再編を招くわけではなく、今後の国際秩序はあくまでもアジアにおいて決定されていくであろう。そもそもロシアとのかかわりが深いインドが、米欧と同様に行動することを期待するのは非現実的だ。したがってウクライナ戦争の国際秩序全体への影響は限定的であって、それを通じて民主主義が結集することを期待するべきではない。

 おそらくはこれは、インドにおける現実的な見方を代表するものであり、そのような議論も考慮するべきであろう。

 同様にロシア極東連邦大学で地域・国際関係学部副部長のアルチョム・ルーキンとインドの独立系シンクタンクでリサーチ・アナリストを務めるアディティア・パリークが『イーストアジア・フォーラム』誌に発表した共同執筆論文によれば、インドとロシアの関係は「特別で特権的な戦略的パートナーシップ」として位置づけられている[Artyom Lukin, Aditya Pareek, “India’s aloof response to the Ukraine crisis(ウクライナ危機におけるインドの冷淡な反応)” East Asia Forum, March 5, 2022]。両国は、ユーラシア大陸で多極的な秩序を求め、勢力均衡という基本原理を共有する。さらにインドは、装備の多くをロシアから輸入している。ロシア製の装備は、インドが中国と軍事的に対抗する際には不可欠だ。さらには、アメリカが主導する自由民主主義なイデオロギーに対して、インドはやや懐疑的な立場である。

 このようにインドとロシアが歴史的にも深い繋がりを持つことは、十分に考慮に入れるべき要素である。

 他方でそれとは異なる意見も見られる。『ディプロマット』誌の南アジア担当エディターのスダ・ラーマチャンドランは、ロシアが抱く安全保障上の懸念を理解しながらも、ウクライナの主権と領土の一体性を支持するような、より慎重で微妙な立場に立つべきだとする[Sudha Ramachandran, “India’s ‘Neutrality’ on the Ukraine Conflict could Hurt It in the Long Run(ウクライナ対立におけるインドの「中立」は、長期的にそれを傷つける可能性がある)”,The Diplomat, February 25, 2022]。

 昨年来ウクライナ情勢をめぐって、インドはアメリカとロシアとの対立の中では慎重なバランスをとった立場を維持してきた。だが、この先に同様のアプローチを続けることはより難しくなり、そのような立場が長期的にインドの利益を傷つけることになるかも知れない。長年の友人であり装備の調達元であるロシアとの関係と、中国に対抗する上で協力が必要となるアメリカとの関係と、この両者の狭間にインドは立たされていると、ラーマチャンドランは指摘する。 

『環球時報』紙の社説は、インドが民主主義諸国による制裁網に加わっていないことを強調して紹介し、そのようなインドのスタンスが民主主義の結束を破綻させるだろうと論じている[「社评:印度,凸显了美国“乌克兰叙事”的漏洞社(社説:アメリカの『ウクライナ・ナラティブ』の抜け穴を浮き彫りにするインド)」、『環球時報』、 2022 年 4 月 12 日]。

 その要旨は以下のようになる。4月11日の米印オンライン首脳会談で誇示するように、アメリカ政府はインドと価値観や民主主義的な制度を共有していると主張する。ところが今回のウクライナ戦争は、アメリカとインドが異なる立場にあることを明らかにしている。アメリカがどれだけ米印の戦略的パートナーシップを強調して演出しても、そのような両国間の「巨大な軋轢」を覆い隠せるわけではない。クアッドの一員でありながらも対ロシア制裁に参加しなかったインドは、アメリカの戦略の綻びを露呈させ、アメリカの野望と一体化しているわけではない現実を示した。アメリカによる「民主主義陣営」の結束による制裁に「世界最大の民主主義国」であるインドが参加しないことは、アメリカの大きな不安の原因となっている。

 したがって、この社説によれば、「民主主義と権威主義の対決」とラベルをはるアメリカの戦略がますます不可能となるであろう。

■韓国は保守・左派メディアとも「対ロ制裁参加」を強く支持

 東南アジア諸国も今回の戦争を通じて、必ずしもアメリカと常に同調しているわけではない。中国国際問題研究院アジア太平洋研究所副所長の杜兰は、ASEAN(東南アジア諸国連合)はウクライナ戦争後に戦略的自律を高めており、より中立的な立場を取っている現実を指摘する[杜兰(Du Lan)、「俄乌冲突令东南亚国家更加警惕美国居心(ロシア・ウクライナ衝突で東南アジア諸国はアメリカの下心に警戒を強めている)」、『新华国际』、2022年4月3日]。杜兰の主張は次のような内容だ。

 ASEAN諸国の多くは、「反ロシア陣営」に参加するようにというアメリカからの圧力を受けながらも、屈することはなかった。伝統的にASEANは大国間でのバランスをとっており、またロシアとも協力関係を維持しようとしている。また、いわゆる「新冷戦」がアジア太平洋に波及することを、ASEAN諸国は危惧している。インドが中立的外交を展開するなかで、ASEANも戦略的自律を高めており、ASEAN共同体としての結束を強化して、地域経済としての一体性強化を加速していくであろう。

 韓国は比較的早い段階から、ロシアに対する制裁を発動して、アメリカの行動に同調した。韓国の保守系の『中央日報』紙の2月25日付の社説では、韓国が対ロシア政策を発動するという国際社会の結束に参加したことを高く評価している。韓国政府はそのような制裁網に参加することで、「韓国は実質的なG10に加わった」と自画自賛する[「사설:우크라이나 사태 해결에 한국 정부도 적극 동참을(社説:ウクライナ事態解決に韓国政府も積極的に参加すべき)」、『中央日報』、2022年2月25日]。

 またそのような立場は、左派系の『京郷新聞』の社説でも共有されている[「사설:정부의 대러 제재 동참, 국제사회 책임 다하는 계기 삼길(社説―韓国政府の対露制裁、国際社会の責任を負う機会に)」、『京郷新聞』、2022年2月28日]。ここでは、世界を核戦争の恐怖に落ち入れたロシアに対して、韓国も国際社会と歩調を合わせる必要が指摘された。韓国政府の独自制裁は、事実上の輸出中断にも匹敵する。同時に、韓国の対外輸出全体においてロシアの割合は1.5%と限られており、韓国にとっての12番目の輸出相手国である。むしろ韓国は、ウクライナ市民への支援を重視するべきだと論じている。

 とはいえ、4月11日に韓国の国会でウクライナのウォロディミル・ゼレンスキー大統領がオンラインでの演説を行った際には、国会議員300名のうちで参加したのは60名程度であった。国会のがらんとした空席が、カメラに写されていた。そこには朴炳錫(パク・ビョンソク)国会議長の姿も見当たらなかった。『中央日報』の社説では、武器支援問題とは切り離して、ゼレンスキー大統領の訴えに耳を傾けて、自らにできることがなにかを真剣に検討するべきであったと批判し、「恥ずかしい外交」であったと論じている[「사설:젤렌스키 연설에 냉담했던 국회…국격을 떨어뜨렸다(社説:ゼレンスキーの演説に冷たかった国会、国の品格を落とした)」、『中央日報』、2022年4月13日]。

 韓国大統領選挙の結果は、保守系の尹錫悦(ユン・ソンニョル)候補の勝利に終わった。北朝鮮がミサイル実験を行い、中国がロシアのウクライナ侵略を擁護するかのような立場を取る中で、韓国の有権者は自らが自由民主主義陣営の一員であることを強く感じた結果であるかもしれない。その新政権は、大統領職引き継ぎ委員会の人事において、外交安保分科会には李明博(イ・ミョンバク)政権で外交部次官を務めた金聖翰(キム・ソンハン)と元大統領府対外戦略企画官の金泰孝(キム・テヒョ)、元国防部合同参謀本部次長の李鐘燮(イ・ジョンソプ)を任命した。金聖翰氏と金泰孝氏は李明博政権時の外交ブレーンであり、保守系の『東亜日報』紙は、李明博政権時の「実用主義外交」の復活が予想されると論じる[ジョ・アラ記者「인수위 외교라인에 ‘MB맨’ 김성한-김태효… 실용외교 예고(外交安保担当に金聖翰や金泰孝など李明博政権高官起用、実用主義外交の予告)」、『東亜日報』、2022年3月16日]。

 民主主義陣営が結束を強める上で、韓国がアメリカや日本との関係を強化することは望ましい。韓国は、自らがアジアにおけるアメリカの重要な同盟国であり、自由民主主義陣営の一員であることをあらためて示すことになるであろう。 (3・4月、了)

カテゴリ: 政治 軍事・防衛
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