【特別コラム】近代という「神話」の終焉(6)
「孤立する個人」を生み出す「近代社会」の限界

執筆者:内山節 2022年8月20日
タグ: 日本
エリア: アジア ヨーロッパ
 

 1789年に起こったフランス革命に対して、ドイツの哲学者ヘーゲルは次のような記述を残している。

「これは輝かしい日の出であった。思惟をもつ限りのすべての者は共にこの新紀元を祝った。崇高な感激がこの時代を支配し、精神の熱狂は、恰も神的なものと世界との実際の宥和がここにはじめて成就されたかのように、世界を震撼させたのであった」(『歴史哲学』下巻、武市健人訳、岩波書店)

 劣悪な惰性が支配する時代から、崇高な理念が社会をつくる時代へ。普遍的な真理が社会を覆う時代へ。ヘーゲルもまた、そんな転換をフランス革命に感じとっていた1人だった。この文章には、理性が社会を支配する時代の到来への喜びがあふれている。

渇望したはずの「近代社会」への絶望

 だが、フランス革命以降の歴史は、たちまち近代社会の矛盾を露呈するようになる。そして、この近代の矛盾のとらえ方はさまざまだった。当時の労働者からは、賃労働の矛盾が提起されていた。それまで職人として生きていた人たちが没落し、企業で賃金労働者として働くようになる。自分の仕事に誇りをもっていた職人たちが、お金のために命令される、労働をする人間に変わったのである。職人時代につくられていた職人同士の結びつきもなくなり、自分の労働力を売るだけの個人になっていった。このことへの怒りは、後に社会主義的な運動を生みだしていくことになる。

カテゴリ: カルチャー 社会
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執筆者プロフィール
内山節(うちやまたかし) 哲学者。1950年、東京生まれ。群馬県上野村と東京を往復しながら暮らしている。著書に『「里」という思想』(新潮選書)、『新・幸福論』(新潮選書)、『日本人はなぜキツネにだまされなくなったのか』(講談社現代新書)、『修験道という生き方』(共著、新潮選書)、『いのちの場所』(岩波書店)、『内山節著作集』(全15巻、農山漁村文化協会)など多数。
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