鶴岡路人×東野篤子|ウクライナはNATOに加盟できるのか――二年目に入ったウクライナ侵攻 #1-2

執筆者:鶴岡路人
執筆者:東野篤子
2023年4月9日
タグ: NATO EU ウクライナ
エリア: ヨーロッパ
[EU・ウクライナ首脳会議に臨んだゼレンスキー大統領(右)、フォン・デア・ライエン欧州委員長(左)、ミシェル欧州理事会議長(中央後ろ)=2023年2月3日、キエフ](C)EPA=時事

 ロシアによるウクライナ侵攻は二年目に入り、現在も激戦が続く。この戦争をどのように捉えればよいのか。ヨーロッパの安全保障を専門とし、新著『欧州戦争としてのウクライナ侵攻』(新潮選書)を刊行した鶴岡路人氏が、ヨーロッパの国際政治が専門で、ウクライナ研究会副会長も務める東野篤子氏とともに、ウクライナの安全を確保するための「NATO加盟」という難問を考える。

***

ヨーロッパの「仲間」ではなかったウクライナ

鶴岡路人 2022年2月のロシアによる一方的なウクライナ侵攻から一年が過ぎて、この一年の状況を見つめながら考え書いた本の中で、この戦争について「なぜ起きたか」「防げなかったのか」という視点にも触れましたが、「防げなかったのか」に関して突き詰めれば、結局、NATOにもEUにも入れなかったウクライナという事実に注目せざるをえません。

 EUにとってウクライナは、はっきりいって「仲間」ではなかった。だからこそ、侵攻以降そしてウクライナが加盟申請をしてから、「ウクライナはヨーロッパのファミリーの一部」だといういい方が、実のところは新しく浮上してきた。これはおそらくウクライナ人にとっても同様で、ようやくいってくれたということですね。とはいえ、マイダン革命以降、とりわけ2017年のEU・ウクライナ連合協定の発効を経て、EUとウクライナとの関係はかなり濃密な関係になりつつあったことも確かだと思うんです。ウクライナだって、EUからさまざまな支援を受けるのはいいことだと意識していたはずですし。

東野篤子 連合協定を始めとして、「深く包括的な自由貿易協定(DCFTA)」の締結やビザの簡素化などですね。

鶴岡路人氏(C)新潮社

鶴岡 そうです。他方で、EUと比べてNATOの方は、そもそもウクライナとそこまで深い関係を築いてこなかった。2008年4月のブカレストNATO首脳会合で、ジョージアとウクライナは将来、加盟国になると決まったわけですが、加盟に向けた具体的な進展は何もなかった。2008年から今回の侵攻が始まるまでの約14年間、オフィシャルな意味での加盟プロセスは何も進んでいない。それをロシアが「知らなかった」ということはできないですよ。

東野 あれほど「NATOコンシャス」なロシアが、この点をわかっていなかったはずは絶対にないですね。だからロシアがNATO拡大を恐れてこの侵攻に出たという人は、ある意味、ロシアをなめている。

 もう一言だけ付け加えると、2008年に私たちは2人ともブリュッセルにいて、ブカレスト首脳会合での宣言にウクライナとジョージアの将来的な加入の話を盛り込んだにもかかわらず、なぜここまで実体がないのかということをNATO事務局に聞き取りに行ったわけです。その時、NATO事務局の皆さんは声を揃えて「アメリカが無理やりに入れてきた」といった。2008年段階でNATOがウクライナ加入について言及すべきだと、それが正しい方向だと納得している人は、一人もいませんでしたよね。

鶴岡 おそらくそれは、正しい正しくないではなく、「実体がなかった」ということに尽きるのではないでしょうか。ただ、2014年のクリミア侵攻以降、NATOあるいはNATO主要国が、さまざまな形でウクライナを支援してきたのは確かです。そして支援はしたけれども、殺傷兵器の供与にはやはり徹底的に消極的だった。2022年2月の時点、アメリカがロシアは絶対に侵攻すると確信した段階でさえ、対戦車砲のジャベリンや対空砲のスティンガーなどの肩に抱えて使うような兵器しか供与していなかったわけですから。

 こうしてクリミア侵攻から22年の侵攻までと、侵攻開始から現在までを較べてみても、NATOあるいはNATO主要国の、特に武器供与という面での関与は一気に大きくなっています。EUやNATOとウクライナの関係を理解しようとする際、ロシアによる全面侵攻後にそれらが大きく変わった後の感覚を我々はつい当然の前提にしてしまいますが、実はまったくそんなことはなくて――。

東野 「広域欧州圏」の頃から20年間の関係が、劇的に変わったのが2022年ということですね。

鶴岡 ウクライナの安全保障に、実のところ米欧は誰もコミットしていなかった。ただ、ウクライナも2014年のクリミアのような無様なことは繰り返したくないと思っていたし、その方向をNATOあるいはアメリカ・イギリスが中心になって支えて、ウクライナ軍の近代化のための訓練を進めてきたということです。

NATO加盟という巨大な難問

鶴岡 ただ、武器供与の拡大に象徴されるNATO諸国によるウクライナへの関与の深化とNATO加盟との間には、まだ巨大なステップがある――ここもやはり重要な点です。今回の侵攻の後、昨年(2022年)3月末の停戦協議では、ウクライナがNATO加盟を諦めるという話が出たけれど、その後でブチャなどロシア占領地域における虐殺・破壊が明らかになって、呑気に停戦などといっていられない状況になった。

 停戦というのは、ロシアの占領地が存在することを当面許してしまうことですので、それでは駄目だとなったわけです。さらに昨秋、東部・南部4州が一方的に「併合なるもの」を宣言される事態に至って、ロシアとウクライナが停戦合意して戦争が正式に終わる可能性は、残念ながらほぼなくなってしまった。

 その時に、どうにかしてウクライナの安全を保証しようということで、戻ってきたのがNATO加盟の話です。この戦争――少なくとも「戦闘」が終わった後も、和平合意が成立しない状況ではまったく安心できない。ロシアがいつ再び攻めてくるかわからない。その時に安全の保証が必要であって、その究極の形はNATO加盟である――ここはみんなが了解しつつ、でもNATO加盟は簡単ではないという時に、アメリカやイギリスを筆頭にヨーロッパの主要国が安全を保証するという枠組が今、想定されているわけですよね。

 ただ、冷戦後30年間も「宙ぶらりん」にしてきた人たち、まさにその張本人たちが、今の段階であればどうしてNATO加盟に匹敵する安全の保証なるものを提供できるのか、私はいまだに懐疑的なんです。いかがですか。

東野篤子氏(C)新潮社

東野 私もそこに懐疑的なうえ、下手をすると戦闘が収まった瞬間に、安全の保証の話も先細りになってしまいかねないと思っています。ウクライナは、誰も助けてくれない状況が繰り返される恐れを肌感覚として感じている。昨年(2022年)9月にそれを避けるための枠組として「キーウ安全保障協約」を提唱したのに、議論は低調に終わりました。この協約は将来的にはNATOの加盟を睨んだもので、ある程度よくできていますし、NATOの元事務総長が書いただけあって、実行も可能といえそうな内容ですが。

   だからウクライナ側としては、安全の保証が必要だといい続けていかなければいけない。例えば、ゼレンスキー大統領が昨年(2022年)11月のG20サミットの時に出した戦争終結と平和のための10条件(「平和の公式」)の中には、この協約に関連することが入っています。しかし最近――特に年が明けてからは、こういう安全の保証についての議論が聞こえなくなった。

「安全の保証の話は尚早」がNATOの本音

鶴岡 NATO主要国の側も、安全の保証の話を避けている感がありますね。今のNATOは、「まずは武器の供与」というロジックを前面に出している。

東野 それはストルテンベルグ(NATO事務総長)がはっきりいっていた。

鶴岡 ストルテンベルグの議論は、まずはウクライナが主権を有した独立国家として勝利することが必要で、そのために武器の供与をしているというものです。まずは武器の供与が必要でしょうといわれれば、ウクライナは反対できない。ただ、その裏には、加盟どころか、安全の保証の話すらまだしたくないという現実が存在します。ロシアとの全面戦争を続けながらのNATO加盟が考えられないことを踏まえれば、まずは勝利だというのが現実論であることは事実でしょう。ただ、物事の順番という以上に、安全の保証やNATO加盟の議論を避けているのではという点には、ウクライナも当然気づいているわけです。最終的にはもちろん手続き論ではなく、アメリカがどこまでコミットできるか、なんですよね。

 その意味で、バイデン大統領の今年2月20日のキーウ訪問は重要で、「必要である限り(as long as it takes)支援を続ける」という言葉で中長期的なコミットメントの意思を強調しました。これまでの武器供与は、米軍の在庫から出すのが主でしたが、それに加えてUSAI(Ukraine Security Assistance Initiative:ウクライナ安全保障支援イニシアティブ)という資金提供の枠組を作って、防衛産業と契約し、新たに調達したものを供与することになりました。

 それでは時間がかかり実効力がないという批判もありますが、中長期的な支援が視野に入っているのが重要なんです。今年1月にドイツとアメリカの合意が成立した戦車の供与でも、実際に戦車を出すのはまだまだ先になりますが、アメリカはウクライナの防衛能力強化への長期的支援だということを強調していますよね。

東野 それはイギリスの戦闘機の話もまったく一緒で。

鶴岡 そうそう。イギリスが戦闘機供与を検討することには、長期的な能力へのコミットメントという意味合いを見るべきです。「キーウ安全保障協約」の一番の柱は、ウクライナ軍が戦争後にロシアを撃退ないしは抑止できるほど強力になるように何十年にわたって支援して欲しいということです。北大西洋条約第5条のような、攻撃された時には守りますという点は、あまり前面に出していない。

 ウクライナ側も、おそらく国防省系の人たちなどは、今までどれだけ懇願してもそっぽを向かれてきた経験が骨身にしみている。NATO加盟、EU加盟という表向きのレトリックとは別に、やはりまだまだ西側を信じていない部分が残っている。だから安全保障も自分たちで戦わない限り、誰かが代わりに助けてくれることはないんだと。これは非常にリアルな発想であり、実はNATOの発想とも非常に近いんですね。安全保障を頼るような国が加盟するのは、NATOにとって好ましいことではない。逆に自分で本当に戦える国だとしたら、模範的な同盟国ということになる。

東野 そこは非常に大事なポイントで、ウクライナが情けを乞い、何とかして欲しいと懇願し続けているように見えている人たちには、ウクライナの方も西側を信用していないという構図が伝わっていない。例えば先日のNHKスペシャル(2月26日放送「ウクライナ大統領府 軍事侵攻・緊迫の72時間」)で、ウクライナのレズニコフ国防大臣がインタビューで怒りを滲ませながら語っていたのは、アメリカのオースティン国防長官に武器を提供して欲しいと頼んだら、塹壕を掘って耐えてくださいといわれたと。NATO諸国もEU諸国も、そうした話はきれいに忘れて、あたかもずっと支えてきたしこれからも支えるというようなストーリーにしがちですね。しかし、あなたたちのために祈ります、でも何もできませんという当時の状況は、ウクライナにとって死刑宣告に近かったわけです。

 だから侵攻後の数日間、自分たちだけの力で戦ったというのは自信になったと同時に、西側に対する強烈な不信感に繋がってもおかしくありません。それでもウクライナが圧倒的に弱者である構図が変わらない限り、ウクライナは米欧諸国をいま一つ信用できないと思いながらも、武器の提供を求めることを繰り返していくしかない。ウクライナが1994年のブダペスト覚書を何度も俎上に載せるのは、やはり「アメリカもイギリスも裏切った」といわなければならない部分があるからです。そして実際、クリミア侵攻の時も、今の戦争でも、ブダペスト覚書に基づいて今こそ助けようというような言葉を、私はアメリカやイギリスから1回も聞いたことがない。

北欧、ポーランドとウクライナの「欧州内格差」

鶴岡 NATO拡大に関しても、フィンランドとスウェーデンの場合は、加盟を申請したらNATO側がみんなで歓迎して、加入交渉は1日で終わり、加入議定書は一瞬で署名されて30カ国の議会での承認も一気に進むと――まあ、実際はまだトルコとハンガリーが加入議定書の承認をしていませんが。(編集部注:その後、両国はフィンランドのみについて加盟を承認し、2023年4月4日にフィンランドの加盟が実現した)

東野 しかもその残った2カ国に、みんなが冷たい眼差しを注いでくれる。

鶴岡 それをキーウから見たら、どう映るかということですね。あるいは2022年11月には、ポーランドに一発ミサイルが着弾したら、すわ第三次世界大戦かぐらいの大騒ぎになった。ポーランドとウクライナにはこれほどまでに巨大な差があって、そこはウクライナも「同盟の内と外」ということで折り合いをつけつつ、だからこそNATOに入らなければという議論になるわけですが、フィンランドとスウェーデンが加盟するとなったらみんな大歓迎して一瞬でプロセスが進むのを見たら、不信感が募ってもおかしくない。これが冷徹な国際政治の現実というならその通りだけれども、ウクライナからどう見えているかを考えてみるのは大事です。

東野 差別といわれても何の申し開きもできない状態ですよね。欧州内格差ですよ。

鶴岡 故あっての格差でもあるわけだけども、やはりフィンランドとスウェーデンは……。

東野 以前から「ほぼNATO」なんですね。

鶴岡 フィンランドとスウェーデンは、冷戦時代から自由と民主主義の価値観を共有していて、NATOに入っていなかったとしても価値観として東側にあったことは一度もない。ずっと西側なわけです。1995年にはEUに入って、それからでも28年ほど経つ。ヨーロッパにとって、フィンランドとスウェーデンが「我々」の一部だった歴史は極めて長く、ウクライナとは比べ物にならないということで、このウクライナとフィンランド・スウェーデンのNATO加盟問題の差を説明することはできます。ただ、説明したところで何かの問題が解決するわけではないところが難しい。

東野 むしろ説明すればするほど、だからウクライナは違う、置いておかれても仕方がない、となってしまう。

鶴岡 では今回の戦争で、ヨーロッパにおけるウクライナ認識が本当に不可逆的に変わるのか、あるいは変わったのか。いま現実に侵攻されていて、助けなければというモラル的な部分と、これを放置してロシアが勝つようなことになったらヨーロッパ自身の利益にも関わるから支援せざるを得ない、したいかどうかは別として支援せざるを得ないという部分があり、今はヨーロッパの結束は相当なレベルなわけです。しかし、もし戦闘が終わったら、この緊迫感が一気になくなって、やはりウクライナは違うという話に戻りかねない。ただし2022年2月24日以前の認識まで戻ってしまうとも考えられないでしょう。ではどこまで戻るのか。「ウクライナ問題」はまだまだこれからの課題です。 (この回終わり)

*【以下の記事もあわせてお読みいただけます】

鶴岡路人×東野篤子|「宙ぶらりんのウクライナ」問題をどうするか――二年目に入ったウクライナ侵攻 #1‐1

鶴岡路人×東野篤子|凍結か、早期終戦か? 「戦争の出口」を探る――二年目に入ったウクライナ侵攻 #2

鶴岡路人×東野篤子|ヨーロッパはどこに向かうのか――二年目に入ったウクライナ侵攻 #3

*この対談は2023年3月3日に行われました

 

◎鶴岡路人(つるおか・みちと)

慶應義塾大学総合政策学部准教授。1975年東京生まれ。専門は現代欧州政治、国際安全保障など。慶應義塾大学法学部卒業後、同大学院法学研究科、米ジョージタウン大学を経て、英ロンドン大学キングス・カレッジで博士号取得(PhD in War Studies)。在ベルギー日本大使館専門調査員(NATO担当)、米ジャーマン・マーシャル基金(GMF)研究員、防衛省防衛研究所主任研究官、防衛省防衛政策局国際政策課部員、英王立防衛・安全保障研究所(RUSI)訪問研究員などを歴任。著書に『EU離脱――イギリスとヨーロッパの地殻変動』(ちくま新書、2020年)、『欧州戦争としてのウクライナ侵攻』(新潮選書、2023年)など。

鶴岡路人著『欧州戦争としてのウクライナ侵攻』(新潮選書)

◎東野篤子(ひがしの・あつこ)

筑波大学教授。1971年生まれ。専門は国際関係論、欧州国際政治。主な研究領域はEUの拡大、対外関係。慶應義塾大学法学部卒業。英バーミンガム大学政治・国際関係学部博士課程修了、Ph.D.(政治学)取得。同大学専任講師、OECD日本政府代表部専門調査員、広島市立大学准教授などを経て現職。ウクライナ研究会副会長。著書に『解体後のユーゴスラヴィア』(共著・晃洋書房、2017年)、『共振する国際政治学と地域研究』(共著・勁草書房、2018年)など、訳書に『ヨーロッパ統合の理論』(勁草書房、2010年)がある。

カテゴリ: 政治 軍事・防衛
フォーサイト最新記事のお知らせを受け取れます。
執筆者プロフィール
鶴岡路人(つるおかみちと) 慶應義塾大学総合政策学部准教授、戦略構想センター・副センタ―長 1975年東京生まれ。専門は現代欧州政治、国際安全保障など。慶應義塾大学法学部卒業後、同大学院法学研究科、米ジョージタウン大学を経て、英ロンドン大学キングス・カレッジで博士号取得(PhD in War Studies)。在ベルギー日本大使館専門調査員(NATO担当)、米ジャーマン・マーシャル基金(GMF)研究員、防衛省防衛研究所主任研究官、防衛省防衛政策局国際政策課部員、英王立防衛・安全保障研究所(RUSI)訪問研究員などを歴任。著書に『EU離脱――イギリスとヨーロッパの地殻変動』(ちくま新書、2020年)、『欧州戦争としてのウクライナ侵攻』(新潮選書、2023年)など。
執筆者プロフィール
東野篤子(ひがしのあつこ) 筑波大学教授。1971年生まれ。専門は国際関係論、欧州国際政治。主な研究領域はEUの拡大、対外関係。慶應義塾大学法学部卒業。英バーミンガム大学政治・国際関係学部博士課程修了、Ph.D.(政治学)取得。同大学専任講師、OECD日本政府代表部専門調査員、広島市立大学准教授などを経て現職。ウクライナ研究会副会長。著書に『解体後のユーゴスラヴィア』(共著・晃洋書房、2017年)、『共振する国際政治学と地域研究』(共著・勁草書房、2018年)など、訳書に『ヨーロッパ統合の理論』(勁草書房、2010年)がある。
  • 24時間
  • 1週間
  • f
back to top