
バブル崩壊後の「失われた30年」の間、米ゼネラル・エレクトリック(GE)のジャック・ウェルチ(1935〜2020年)に匹敵する「スター経営者」の称号を得た日本人として、まずリストアップされるのはキヤノンの御手洗冨士夫(87)かもしれない。
御手洗は1989年の専務就任まで米国駐在が23年に及んだ。ウェルチの知己を得て親しい関係にあることを匂わせながら「選択と集中」に代表される“ウェルチ流”を自社に導入。「おおらかな研究開発型」だったキヤノンの社風を「収益至上主義」へ一変させた。
株主たちは喜んだが、社内は風通しが悪くなり、御手洗のワンマン経営がやがて30年になろうかという昨今では閉塞感に苛まれている。ウェルチと御手洗。コンプレックスに満ちた青年期や経営者として成功した後の毀誉褒貶の激しさなど、この2人には共通点が多い。
あわや不信任の株主総会
3月30日、東京・下丸子の本社で開かれたキヤノンの2023年株主総会。第2号議案「取締役5名選任の件」になって「異変」が起きた。社長就任以来28年間トップとして君臨している御手洗の再任に対する賛成比率が50.59%と前年(2022年)総会の75.3%から急落したのである。議決権数で見ると、賛成が約376万に対し、反対が約366万。その差はわずか10万であり、まさに薄氷を履む思いで御手洗は「会長兼社長兼最高経営責任者(CEO)」という大仰な肩書を守ったということになる。
「キヤノンの天皇」をあわや不信任に追い込んだのは米インスティテューショナル・シェアホルダー・サービシーズ(ISS)をはじめとする一部の議決権行使助言会社とその助言に従った機関投資家である。ISSは取締役に女性がいない企業のトップの選任に反対推奨する基準を設けており、またキヤノンの実質大株主(保有比率3.43%)である野村アセットマネジメントも2022年11月に「女性の取締役がいない場合、会長・社長等の選任議案に反対」へと議決権行使基準を改定している。市場関係者によると、他に日興アセットマネジメント(同1.66%)や大和アセットマネジメント(同1.63%)などが同じ理由で反対票を投じたと見られている。
実は、御手洗が取締役選任議案で冷や汗をかいたのは初めてではない。……

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